そうして歩く帰り道。他愛のない会話の中で空閑君が「そういえば」と口にする。
「これって和音ちゃんにも送れないのか?」
唐突に空閑君が取り出した端末には、メッセージのやりとりをするアプリが表示されている。私自身も使っているもので「送れなくはないけど……」と、言いかけて気づく。
……私、今まで空閑君の連絡先知らなかったな、と。
「……あ、のさ」
「うん?」
「…………連絡先聞いてもいい?」
「もちろん。なんか、いまさらだな」
同じことを考えたようで、空閑君が面白そうに笑っている。これまで玉狛で顔を合わせることが多くて、わざわざ連絡先の話題に触れることもなかった。
空閑君から「任せた」と端末を手渡されたので、そそくさと操作をすませる。新たに作られたトークルームを確認して空閑君に返せば、空閑君はさっそくと言わんばかりにスタンプをひとつ、ぽん、と送ってくれた。
「……ふふ、どうしたのこれ」
「しゅんにもらった」
「…………緑川くん?」
いつの間にか名前で呼び合う仲になっていたらしい。この前は村上先輩ともランク戦していたようだし、空閑君って交友関係が広いんだなぁ。もしかしたら、すでに顔の広さでは負けちゃってるかも。
あっという間に家に着いてしまい、玉狛に戻る空閑君の背中を見送って家へと入る。ほう、とひと息。端末を取り出せば、自然と指が動いて空閑君とのトークルームへ。
「……ふふ……」
たったスタンプひとつだけのトークルームなのに、見ているだけで幸せな気持ちになってしまう。いけない、頬が緩みっぱなしだ。調子に乗ってメッセージを送りすぎたりして、空閑君に面倒をかけないようにしないと。
……でも、画面を眺めてるだけなら別にいいかな。なんて。
「……好きだなぁ」
我ながら浮かれているとは思う。けれど、浮かれてしまうのもしょうがないと言い訳くらいはさせて欲しい。さて、どうやったら迷惑にならないようにメッセージを送れるか考えなくては。そうしているうちに、あっという間に夜は更けていった。
§
そうしてトークルームを眺めるだけの数日を経て、火曜日。私は学校を終えて、いったん開発室へと顔を出す。
そろそろ検証結果も予測できるようになりつつあり、防衛任務がてら訓練を再開する頃合いか、なんて話題になった。とはいえ鬼怒田さんからは口酸っぱく「緊急時以外はトリガーを使うな」と言いつけられるばかり。今日も耳にタコのお小言を聞き終えて、別の仕事に戻る鬼怒田さんを見送る。
さて、そろそろ帰ろうか……と考えていたら、ふいに端末が震えた。なんだろうと見て――空閑君からのメッセージと気づき、慌てて内容を確認する。
『今日、本部にいるか?』
簡潔なメッセージなのに、それだけで頬が緩んでしまう。手早く『開発室にいるよ』と返せば、少ししてすぐに『待ってて』と受信。
「……ここで?」
思わず声に出したものの、もちろん返事があるわけもない。空閑君はたぶんランク戦ロビーに来ているのだろう。しかし、前に本部内で迷っていたような気がするし、迎えにいったほうがいいのでは? でも、待っててと言われてしまったし……。
悩んでいると、背後から「水沢?」の声がかかったので慌てて振り返る。席の近くで突っ立ってしまって、邪魔だったのだろう。
「雷蔵さん、すみません」
「いいけど……なんかあった?」
「いえ……」
避けた私に声をかけつつ、雷蔵さんは「よっこいしょ」なんて声を出しながら椅子に腰を下ろす。愛飲しているコーラをデスクに置いたあたり、飲み物を買いに出ていたようだ。
そのままデスクに向かうのかと思いきや、体は私に向いたまま。どうやら話を聞いてくれるつもりらしい。
「あの……空閑ってB級隊員がいるんですけど」
「うん、あの白いのでしょ」
「え? あ、はい。開発室にいるって言ったら、待っててって言われて……場所わかるかなって……」
雷蔵さんはコーラを煽ってひと息。すぐに「大丈夫でしょ」と返ってきたので、どうしてかとつい首を傾げてしまうと話が続けられた。
「最近は、夜たまにエネドラと話しにきてるから」
「……エネドラ?」
聞きなれない名前をオウム返しすれば「あれ」といって雷蔵さんが指さすので視線で追う。電気の付いていない実験室の中に置かれた、黒い小型近界民が一匹。
「水沢は知らなかったっけ。あれ、トリオンいれると前の侵攻の時に捕まえたやつが起きるんだよ」
「へ、へぇ……?」
「たまに聞き取り調査してるんだ。空閑にも協力してもらってる」
……ヒュース君の仲間のトリオン兵、ということだろうか。レプリカみたいな……? ともかく「そうだったんですか」と相槌を打つと、雷蔵さんは「うるさいから、用がないときは寝かせてるんだ」なんて言ってのける。
「水沢は……まぁわかってるだろうけど、あんま変なのに触るなよ」
「大丈夫です」
さすがに昔から通っているもので、実験中の場合もあるからむやみやたらに触るなと、鬼怒田さんに口が酸っぱくなるほど言いつけられている。この小型近界民だって、どこかの研究チームが作業中なのだと、さして気にもとめなかったくらいだし。
素直に頷けば雷蔵さんも「よし」と頷く。しかし、空閑君がここに足を運んでいるとは……と、雷蔵さんの視線がふいに出入り口へと移る。
「ほら、言ったとおり」
「へ?」
言われて、私も視線を向けた先。白い頭がふわふわと揺れて、紅い瞳と視線がかちあった。ひょいひょいと軽い足取りでやってくるのは間違いなく空閑君だ。
「和音ちゃんみっけ。雷蔵さんもこんにちは」
「おつかれ。水沢に用だって?」
「うん、そう」
空閑君は私をうかがうように首を傾げていて、暗にもう帰れるかと問うているようだ。用事はとっくに終わっていたもので、私は慌ててまとめていた鞄を手に持ち立ちあがる。
「私のほうは大丈夫」
「じゃ、行くか」
空閑君はいつの間に雷蔵さんとも知り合っていたんだろう。本当に顔が広くて驚きだ。今も、帰るのに「それじゃ、また」と手を振っているし、雷蔵さんも「またよろしく」と応えて手を振り返している。
雷蔵さんがデスクへと向き直って仕事に戻るのだろう姿を見送り、私は空閑君と一緒に開発局を後にした。
「……空閑君、開発局にも知り合いができたんだね」
「おう。道も覚えてきた」
「…………気をつけてね……」
ボーダー本部内は迷いやすいみたいだし心配だ。でも、顔の広い空閑君なら誰かが助けてくれるのだろうな。
他愛もない会話をしているうちにあっという間に連絡通路を抜けて、外へ。そうして――ようやく絡まる指。いつ、手を繋ぐのかとそわそわしていた私は、不意打ちのようなそれに肩が震えてしまう。
「……どうした?」
「や、えっと……びっくりした、みたいな」
「いまさらだな」
呆れたような笑顔を向けられ、それですら胸がきゅんと跳ねるのだから重症だ。手を繋ぐと自然と距離が縮まるし、絡まった指の間を空閑君の指でくすぐられているようで気恥ずかしい。心臓があっという間に忙しくなって、ついつい空閑君から目を逸らしてしまう。
「前は、そんなに照れてなかったのに」
「う……だ、だって……」
「……彼氏というのも得なものだな」
彼氏、と改めて言われると余計に恥ずかしくなるというのに。そっと横目で空閑君の様子をうかがえば、満足そうに私を見つめる眼差しに気づいて、すぐに目を逸らす。どうしよう。顔も熱くなってきてるし、赤くなってしまってるの、見られてるのかも。
「…………あんまり、見ないで……」
「ふむ、かわいいのに」
ぎゅん、と心臓が縮んで苦しくなってしまう。いきなりそういうのは……ずるい。ついつい顔を背けてしまったのだが、手を繋いでいるので離れられるわけはなく。
「……あ、あのさ……」
「うん」
「…………ちょっと、あの、違う話しよう……?」
これ以上は私の心臓が限界なので、どうにか話題を変えたくて懇願する。空閑君は「そうだなぁ……」と声を上げるので、再び横目で伺えばようやく視線が外れていてほっとした。見られるのが嫌なわけではないが、恥ずかしくて堪らないのは……ちょっと、心臓がもたない。
どうにか心臓を落ち着けていると、空閑君はようやく「それじゃあ」と話題を変えてくれた。
「和音ちゃん、明日も玉狛でランク戦見るのか?」
「……そう、だね。誰かいればだけど」
「陽太郎とヒュースはいるだろ、たぶん」
自然な流れで出てきた名前に、今度は心臓が嫌な鳴り方をする。陽太郎はともかくとして、ヒュース君は……まだ、動くときではないようだ。
大勢の訓練生がいる本部で観戦するか、ヒュース君がいる玉狛で観戦するか、考えたら選ぶのは後者しかない。私が「また応援するね」と声をかければ、空閑君は満足気に「おう」と頷いてくれる。
――今度は、空閑君が危ないところ、あんまり見たくないな。
なんて、戦うというのに贅沢な考えだ。さすがに無傷で勝てるほど甘くないのはわかっているが、それでも、攻められて削られていく空閑君を見るのは心臓に悪い。空閑君が「次は勝つぞ」と言い切っているのを見ながら、私は明日に思いを馳せた。