いよいよランク戦の日、水曜日。とはいえ、今日も鬼怒田さんに呼ばれていたので開発室へと顔を出す。少し検証作業をしたと思えば、鬼怒田さんは「防衛任務の件だが」と切り出した。
「今、迅と日程を相談しておる。おまえとも調整してもらうから、そのつもりでな」
「……はい」
なんとなく違和感。迅さん、忙しいのかな。普段なら、次の迅さんの防衛任務がいつだから……と、トントン拍子に予定を組みそうなものだけど。
とはいえ異論はなかったので頷けば、いつもどおり「緊急時以外はトリガーを使うなよ」とのお小言を最後に、今日は終わりと指示される。開放されたので、さっそく玉狛に向かおうとしたのだが――
「お、和音。ちょうどよかった」
帰ろうとした背中に迅さんの声がかかったので足を止める。ウワサをすれば影とはこのことだろうか。なにか用だろうかと「どうしました?」と声をかければ、迅さんは普段どおりにへらりと笑う。
「今日のランク戦、ウチで見るよな?」
「……そのつもりでしたけど……」
「陽太郎たちが留守番しててさ。そっち行ってやってもらえると助かるなーって」
――そういえば私、迅さんにその話ってしたんだっけ?
とはいえ、行くこと自体は問題ないようだ。さらには陽太郎たち……つまりはヒュース君と二人が留守番しているらしい。捕虜の身とあっては玉狛支部から出ることもないだろうが……留守番というのが気にかかる。もしかして、二人だけで玉狛にいるのかな。
「迅さんは……」
「今日も本部に用があってさ。じゃ、よろしく」
迅さんはそう言って踝を返す――と思いきや、「そうだ」と足を止めて。
「あいつも、たぶん悪いやつじゃないよ」
「え?」
ひらりと手を振った迅さんは、今度こそ技術開発局から去っていった。あいつ、とは誰だろうか。陽太郎を指しているわけがないだろうし、そうなると必然的に――
「……どういう意味ですか」
答えてくれたはずの人は、もう廊下の向こうに行ってしまった。迅さんにはどんな未来が視えて、わざわざ私にそうと声をかけたのだろう。
連絡通路から玉狛に一番近い出入り口を通って足早に玉狛支部へ。警戒区域にゲートが開くのを尻目に、今日の防衛任務の担当は誰だろうかと考えつつ、試合開始に間に合うようにと足を急がせるばかり。
ようやく玉狛支部へと着いた――と、遠くに人影が見えることに気づいた。薄暗くて確信は持てないが、どこか見覚えのある背中がどんどん遠くなっていく。あぁ、もしかしてと思い至った瞬間、すっと背筋が冷えた。
「…………陽太郎」
気持ちが張り詰めて、即座に駆け出す。陽太郎は今、どうしてるだろうか。
慌てて玉狛支部へと駆け込むが、人の気配がしない。どこにいるのかと廊下を駆け上がれば、食堂の扉から光が漏れ出ている。
「――陽太郎!」
足を踏み入れて、横になっている姿を見つけて血の気が引く。まさか、と思って駆け寄るも……のんびりと寝息を立てているだけのようだ。
「……よかった……」
まさかとは思ったが、やはり争って出ていったわけではないようだ。陽太郎の無事な姿を見て大きく息を吐く。
とはいえ、このまま寝かしておくわけにもいかないだろう。毛布を持ってきたほうがいいか、それともベッドに運んであげるほうがいいか。どうしようかと悩んでいるうちに陽太郎がふっと目を開けた。
「……かずね?」
「うん。おはよ、陽太郎」
私がいるのに驚いたのだろう。陽太郎は眠そうに目をぐしぐしと擦り、それから辺りを見回す。
「……ヒュース……?」
「……一緒にいたの?」
こくり、と眠そうながらも応える陽太郎。なるほど、ヒュース君は陽太郎が寝たタイミングで玉狛支部を後にしたようだ。
けれど、陽太郎はのそのそと身体を起こし「さがすぞ……!」と宣言した。玉狛支部を手分けして探すというので、言われるがままに手伝う。そうして玉狛支部にいないとわかると、陽太郎は――
「ヒュースをおいかけるぞ!」
「え、……え!?」
「あいつのわすれものを、とどけてやらねばならん!」
陽太郎は雷神丸に跨って、もう一度私に「いくぞ!」と声をかける。迫力に圧されて頷けば、雷神丸は陽太郎の指さすほうへと走りだし、私は身一つで駆け出した。さっきの人影とは反対の方に向かおうとした陽太郎を見て、思わず――
「陽太郎、たぶん、あっち!」
「らいじん丸、いけ!」
警戒区域のほうを指させば、陽太郎はそのとおり、雷神丸と一緒に駆け出した。
後を追いつつ、これはヒュース君と再び接触することになりそうだと考える。少なくとも、出ていったということは帰るための宛があるはず。アフトクラトルが来たのだとしたら警報がなりそうなものだが、緊急招集はない。ならば、密かにヒュース君を迎えにきた誰かがいる?
「ヒュースはおひるにカレーを食った。そこにヒントがある」
私の考えなど知る由もなく、陽太郎は雷神丸に指示を出しながらヒュース君を追おうとしている。
もし私の考えが当たってしまうのだとしたら、敵性近界民と遭遇する可能性もゼロじゃない。陽太郎を止めるべきかとも思うが、忘れ物を届けたいらしい真剣な陽太郎を止めるのも心苦しい。
ポケットにあるトリガーを確認して、ひと息。緊急時であれば、トリガーを使っても許されるはず。最悪の場合でも盾くらいにはなれるだろう、と覚悟を決めて、駆ける雷神丸の後を追う。
少しして、遠くに人影。まさか、と思うより先に陽太郎が反応した。
「ヒュース!」
大声が響き、ヒュース君と思しき人影がこちらを振り返った。その奥に、もう一人の姿を確認する。足元に犬のような近界民らしき影も何体か見える。
あれはヒュース君が呼んだ仲間なのだろうか。こちらに敵対するかどうか慎重に様子をうかがっていると、向こうは状況がわかっていないのか動く気配がない。ヒュース君だけが、自分を探しに来たと察したのだろう、陽太郎をじいっと見つめている。
「わすれものだ」
ごそごそとポシェットを漁って取り出したブレスレットのような……トリガーだろうか。ヒュース君が反応しているところを見るに、もしかしたら捕虜になるときに没収されたトリガーなのかもしれない。
「ヒュースがかえるならわたせって、迅からあずかってた」
陽太郎は、ヒュース君が帰ろうとしていることをわかっていて、だからこそこれを届けにきたらしい。固唾をのんで見守っていると、ヒュース君はそっと歩み寄って差し出されたトリガーを受け取った。不意に私を一瞥したものの、ヒュース君の視線はまた陽太郎へと向けられていて、別れを惜しんでいるように見える。
これは、黙ってヒュース君を見守っていればいいのだろうか。事の成り行きをうかがっていると、唐突に鋭い一声が走った。
「エリン家のヒュース」
ヒュース君をはじめ、私達の視線を一身に受けたその人が硬い表情のまま告げる。
「悪いが、あんたを遠征艇に乗せるわけにはいかない」
いわく、どうやら彼らの任務に不具合が生じたようだ。隠密か、襲撃か、どちらかは知らないがボーダーに妨げられたらしい。近界民は、国を売ったのではないか、という疑問をヒュース君へと投げかける。
当のヒュース君は「……なんだと?」と心外と言わんばかりの返答だ。ヒュース君の捕虜としての詳細を知らないばかりに傍観するしかなく、けれど次の瞬間、背筋が凍る。
「そいつらを人質として、自分の手で掴まえて連れてこい」
近界民のさす指は、陽太郎に向けられていた。