引いて引かれて焦れったい
 結局、そのまま会議の直前まで聞き取り調査が行われ、時間だといって解放された頃にはすっかりお昼を過ぎていた。とはいえ会議の後にまた来いと言われてしまったので、そのまま本部内の食堂で昼食を摂り、開発局にトンボ帰りして時間を潰す。
 そうして戻ってきた鬼怒田さんから告げられたのは――

「し、始末書ですか……」
「逃げた近界民を追うのに換装もせず、しかも侵攻中の敵と接触しおって怪我までしたんだ、当然だろう!」

 鬼怒田さんは胸元に掲げた書類をぺしぺしと叩いて強調してみせる。さきほど医師に診てもらった所見が書いてあるものだ。

「あとは報告書もだ。玉狛の子どもに書かせるわけにもいかん。捕虜と敵国近界民のやりとりからきっちりとまとめろ」
「……期日は……」
「今からやれぃ! 反省せんか!」

 今日は非番だったはずなんですが……なんて今の鬼怒田さんに言えば、間違いなく雷が落ちるだろう。私は渋々開発局の空いたデスクを借りて始末書、報告書の作成にとりかかることにする。まずは事の顛末をまとめたほうがいいだろうと、報告書から。
 ――最中、端末が震えてメッセージを受信する。

『まだ、きぬたさんトコにいるか?』

 疲れた頭の息抜きに『いるよ』と返す。続けて『夕方まではいると思う』と送れば、空閑君からは『りょうかい』と返事。待ってて、とかそういう話ではなかったのが残念だな……なんて、贅沢なため息をつく。
 結局、夕飯時も目前になってようやく鬼怒田さんに提出ができた。急な出来事ばかりで一日潰れてしまって、なんだか徒労感だけが残る。疲れてしまったし、夕飯も本部の食堂で食べていこうかと考えつつ端末を覗くが、空閑君からメッセージはない。
 今日は会えないか……と思っていたら、トン、と背中を叩かれたので振り返ると同時に――ズキリ、打ち身が痛む。

「……っ、た」
「だ、大丈夫か?」

 反射で呻いてしまったので、さすがに驚いたのだろう。背中を叩いたらしい張本人の空閑君が、慌てて私の前へと周りこんできた。会えて嬉しいのに、お互いに動揺してしまっている。

「すまん、そんなに強くしたつもりはないんだが……」
「ご、ごめん、昨日――」

 ぶつけたところが打ち身になってて……なんて馬鹿正直に言いかけ、慌てて言葉を切る。さすがに口を滑らせるのはまずいだろう。
 とはいえ、目の前にいるのは空閑君だ。ウソはバレるわけで、どうしようかと焦りはじめた頃――こちらを見る眼差しがすぅと鋭くなったような。やばいと思ったのも束の間、空閑君は普段どおりの声色で「迎えに来たんだ」と呟く。

「今日、このあと時間あるか?」

 表情は笑みを象ってはいるのだけど、妙な圧を感じる。というか、痛がることにわざとらしく触れないのが、どうにも怖い。
 おずおずと頷けば「じゃあ行こう」と指を絡め、優しく私を引いて歩きだす空閑君。連絡通路から外へ向かってすたすた歩き、ようやく人気がなくなったからだろう、空閑君は足を止めて私へと振り返る。

「それで?」
「な、なに?」
「ヒュースに蹴られたって?」
「え? 違うよ、蹴られたわけじゃ――」

 焦って反論しようとしたのだが、鋭い眼差しで私を見る空閑君に怯んで言葉を止める。まずい、今の言い方では少なくとも、原因がヒュース君であることは誤魔化しようがない。
 さすがにウソをつくわけにもいかないが、言葉を濁すにも無理があるだろう。これは腹を括るしかないと、ひと呼吸をおく。

「……あの、大前提として始末書も書いたくらいだから、ヒュース君が悪いわけじゃないんだけど……」
「ヒュースに踏みつけられて捕まったんだろ」

 ハッキリと告げる空閑君にびく、と身体が震えてしまった。低く抑揚のない声は、少なからず怒気をはらんでいるような。

「きぬたさんに聞いたよ。まぁ、陽太郎も人質にしようとした近界民をダマすために仕方なくって話だったけど」
「そ、そうだよ。私が換装してなかったのが悪いし、その……」
「きぬたさんからトリガー使うなって言われてたんだって?」
「……うん……そう、です」

 すべて知っていると言わんばかりに話を先回りされ、私としても項垂れるしかない。もしかして、ヒュース君を入隊させたいという会議には空閑君も参加していたのだろうか。鬼怒田さんは思いのほか私の希望どおりの話をしてくれたらしい。

「……あの、ヒュース君って……」
「入隊の許可は下りたよ」
「そっか、よかった……」

 隊員の一人を足蹴にしただなんて心象が悪かったろうに、無事に入隊が決まったのならよかった。私のことで足を引っ張らずにすんで良かったと、胸を撫で下ろす。
 けれど空閑君は、低く静かな声で「なんで?」と問うのだ。

「怪我させられたんだし、ヒュースをかばう必要ないだろ」
「でも、ヒュース君が玉狛第二に入れなかったら困るでしょう?」
「……だれが?」
「……え? 皆困る、よね……? 遠征部隊を目指すのに必要だから、三雲君だって部隊に入れようと頑張ったんじゃないの……?」

 ヒュース君を入隊させるのに苦労する、と言われていたけど、それでも入れようとするくらいには三雲君にだって必要な人材だったのだろう。なら、それは結果として空閑君が必要としているのと同じようなこと。

「空閑君だって、ヒュース君が二人目のエースになってくれたほうが安心だよね……?」

 少なくともヒュース君の戦術眼がたしかなことは、一緒にランク戦を見ていてわかった。戦いぶりを知っているわけではないが、あのとき陽太郎と私を守って一瞬で近界民を倒したくらいには強いのだろう。自身で『二人目のエースになってやる』と言い切るくらいには実力があるように見える。
 違ったのだろうか、と返事を待っていると、空閑君は呆れたように息をついた。

「おれ、そこまで心配されるほど弱くはないつもりなんだがな」
「え、っと、強いとは思ってるけど……」
「あいつがボーダーのトリガーでどこまでやれるか、まだわからんし」

 空閑君は納得してくれたのだろうか。さっきまでの怖い雰囲気がなくなったかな……と、安堵したからか、思わずくしゃみが出てしまった。反動で背中がずきん、と痛むのをどうにか堪えていると、空閑君がきょとんと驚いたような顔をする。

「……すまん、長く話しすぎた」
「ううん、大丈夫」
「手も、まだ痛いか?」
「手はほとんど平気なんだ。背中……だけ、捻ると痛い、かな?」

 お医者さんにも一週間程度で治るだろうと言われているくらいだし、本当に平気なのだけど……。と、説明を繰り返せば空閑君は少し考えて、なにやらハッキリとしない様子で口を開く。

「おれ、ちょっとは包丁が使えるようになった」
「……へ?」
「だから教えてくれたら、おれが夕飯つくるけど……どうだ?」

 こてん、と首を傾げる空閑君だが、どうして急に……と考えて気づく。そういえば、玉狛第二も始動したことで夕飯当番も始まったのかな、とか。皆で協力して練習しているのかな……とか。

「……今日は、訓練とか大丈夫なの?」
「うん」
「…………家に来てても大丈夫ってこと?」
「そう」

 こういうのをお家デートと言うんだろうか。ともかく、ゆっくり過ごせる時間があるなら嬉しいとふたつ返事で了承し、さっそく夕飯のメニューを決めるついでに買い出しをすませるべく、最寄りのスーパーへ向かう。
 出入り口のカゴをさっそく取り、自動ドアをくぐってこちらを振り向く空閑君はどうする? と言わんばかりだ。

「……どうしようかな……」

 さて、私がしなければならないのは今日の夕飯の献立を決めること。前提として空閑君も一緒に作れるような料理で……もっと言えば、不器用な包丁さばきでもどうにかなる食材を使うこと。となると、いい案がすぐに浮かぶわけもない。

「とりあえず、野菜売り場に行こう」
「ほう?」
「そこで食べてみたいの教えて。それから考える」

 言えば、空閑君は眼前にある青果売り場を順に眺めながら歩く。私も後を追えば、空閑君はさっそく気になる野菜を見つけたらしい。

「……大根かぁ」
「うむ。やはり白というのは目立つな」
「空閑君の髪と同じだねぇ」

 冬に大根というのは、なかなかいいチョイスだ。丸々一本あれば包丁が使いたい空閑君の要望にもちょうどいい相手だろう。問題は献立。空閑君と一緒に作ることもあるし、時間も時間だから、あんまり手の込んでない奴がいいな。たとえば、切って煮込むだけくらいの。

「……えーっと、とりあえず卵は家にまだあるから……」
「お、夕飯は決まったか?」
「うん。よし、ちゃっちゃと買い物すませちゃおう」

 次々に目移りする空閑君をどうにか引き止めて買出しをすませる。荷物は軽々と持ってくれる空閑君に任せて、私達は空腹に急かされるように帰り道を急ぐのだった。


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