お付き合いの作法
 縋ったときの空閑君の身体、感触と熱が脳裏を過っては、恥ずかしさに悶えて布団でのたうち回る。そうしているうちに、あっという間に夜が明けてしまった。
 送っていくと言ってもらえた以上、行かないという選択肢はない。とはいえ、空閑君と顔を合わせるにも心の準備がしたい。だからと寄った玉狛支部では、こっそりと地下訓練場に向かう。ソファに深く腰掛けて――ため息。

――気をつけないと、危ないぞ

 背中を撫でられた感触を思い出しては、顔から火が出てしまいそうだ。あれほど近づいたのは堪らなく恥ずかしくて、でも……いっそ、身を預けてしまいたいと思った。

「……はしたない、かな……」

 こういうの、なんて言えばいいんだろう。女の子でそういう気持ちを持つって……変、なのかな。恥ずかしいことなのかも。
 空閑君はあのときも平気そうにしていたし、自然に距離を取られてしまった。だから私がこんな……抱きしめてほしい、と思うような気持ちがあると知ったら、どう思うんだろう。空閑君にとっての好きって、私と手を繋ぎたい、それだけなんだろうか。
 そんな邪な考えを戒めるかのように、りんとエレベーターの到着音が鳴る。我に返ってそちらを見ると、下りてきたのは三雲君だった。

「水沢先輩?」
「……お疲れさま。データ解析かな?」

 三雲君は先客がいたことに少し驚いた様子で、私は慌てて表情を取り繕う。その甲斐あってか、三雲君はいたって普通に端末へと向かうと「使っても大丈夫ですか?」と声をかけてくれた。私が頷いて肯定すれば、そのままデスクに腰掛けて作業を始める。
 ……本当は、頑張る三雲君の邪魔はしたくはない。だけど今の私は藁にもすがりたい思いなので、申し訳ないながらも声をかけてみることに。

「……三雲君、あの、ちょっと邪魔してもいい?」
「はい? なにか……?」
「ちょっと恋愛相談したいんだけど、駄目かな」

 すると三雲君は、一瞬言葉に詰まったと思ったらげほ、ごほ、とむせこんでしまった。驚かせたようで「だ、大丈夫?」と声をかければ、手のひらで大丈夫だと示される。むせたからか、はたまた恋愛というワードが気恥ずかしかったのか、三雲君の顔が赤くなってしまっている。

「けほ……ええと、その」
「あのね、三雲君ならどう考えるかなって、参考にしたくて」

 どうやら予想していたより、私の提案はハードルが低かったらしい。不思議そうに「ぼくの考えですか……?」と確認されたので頷けば、考える様子を見せた三雲君。少しして「そのくらいなら、構いませんが……」と了承してくれた。ならば、と私はさっそく三雲君の話を聞いてみることに。

「三雲君とか、周りの人達でもいいんだけど……彼女に興味あったりする?」

 中三くらいの男の子って、どれくらい恋愛に興味があるものなんだろうか。三雲君は少し考えて「あまり……」と顔が赤いながらも否定しそうな様子。ならば。

「……空閑君とかも、そんな感じ?」

 三雲君からは、空閑君ってそういうことに興味があるように見えてるのかな。個人名を言うのはどうかと思ったけれど、三雲君は特に気にした様子はなく「そういえば……」なんて話をしてくれる。

「……前に空閑から、千佳と付き合ってるのかって聞かれたことがあります」
「えっ、付き合ってるの!?」
「ええ!? 水沢先輩までなに言ってるんですか!?」

 まさかの展開か、と驚いていると、顔を赤くしながらも三雲君に即座に否定されてしまった。照れた様子ではあるけれど「そういうことはありません!」としっかり否定されたので、どうにもウソではないのだろう。せっかく話を聞いているのに、からかうのはよくないと気持ちを切り替える。

「ご、ごめん。さすがにびっくりしちゃった……」
「いえ……まぁ、そんな感じで、空閑はわりと、人のことには興味がありそうでしたけど……」

 三雲君は一度視線を彷徨わせて、それから私をうかがうようにしつつ口を開く。

「……あんまり、自分が付き合うだとかは考えてないみたいでした」
「へぇ……そうなんだ」
「はい。なのであの、ぼくらくらいだとあまり、彼女っていうのに現実感がないというか……身近なものじゃない、と思います」

 三雲君はあたふたと補足してくれるが、たしかに、人によっては彼女だとか好きな人だとかが縁遠く感じることはあるだろう。私自身、自分に彼氏がどうとかって、空閑君を好きになるまではイメージができなかったし……。

「ただ、その……」

 考えていると、おずおずと言わんばかりに三雲君が口を挟んできた。どうしたんだろうと様子を見れば、ずいぶんと顔を赤くしたままで。

「空閑が、あんな風に……その、手を繋いでるのは、水沢先輩以外に見たことがないので……」
「……えっ、と……?」
「ぼくからしたら、空閑と水沢先輩のほうが……」

 ――かっと頬が熱くなったような気がする。

「え、えっと、ごめん、変なところ見せたよね」
「いえ、あの、ぼくは別に構わないんですが、空閑が迷惑になってないか……」
「全然、それは大丈夫! あの、えっとね……」

 さすがに本人がいないところで、空閑君と付き合ってます、なんて言っていいものか。というか空閑君って三雲君にそういう話はしないのかな。だとしたら私が話してしまうのも変かと、あたふたしてしまう。
 三雲君と二人でわたわたしていると、再びりん、とエレベーターが下りてきた。天の助けか、この空気を変えてくれる誰かを求めて視線をやれば――

「……どうしたんだ?」
「く、空閑!」
「や、えっと、お疲れ様……!」

 まさか、この状況で空閑君が来てしまうとは。平然と「おつかれ」と返されるが、三雲君も私も焦っている様子に違和感を覚えたようで、なにやら首を傾げている。

「……なんの話してたんだ?」
「え、えっと、三雲君と千佳ちゃんが付き合ってる疑惑について……?」
「せ、先輩! 違いますからね!?」
「わかってる、わかってるって!」

 二人であたふたとしていると、空閑君は不審そうにじい、と私達を見比べている。とはいえ追求する気はないようで、ふいに「オサム」と声をかけている。

「おれ、夕飯の前に和音ちゃん送ってくる」
「あ、ああ……構わない」
「和音ちゃんも、もういいか?」
「うん、大丈夫」

 私は慌てて荷物を手にとり、ソファから立ち上がる。すると空閑君がこちらへと歩いてきて――当然のように、私の手をするりと絡め取った。

「じゃ、行ってくる」
「……ああ」
「……三雲君、またね」

 なんとなく、三雲君と妙なアイコンタクトをしてしまったような……。いや、だって三雲君がやっぱり……? と疑惑の目でこちらを見るものだから。私としても、空閑君がここで堂々と手を繋いでくるとは思っていなかったもので。
 エレベーターへと引きずり込まれ、あっという間に扉が閉まった。ぐん、と浮遊感。上につくまでの、ちょっとした間。

「……空閑君は、三雲君に私達のこと話してないの?」
「そういえば言ってないかも」
「……そりゃあ、びっくりしちゃうよね……」

 私が握る手に緩く力をこめたことで、空閑君は意図を察したらしい。すぐにしれっと「なるほど、そりゃ悪かったな」と口にする。そうしてエレベーターは一階へと到着した。
 そのまま二人、玄関を出て外へ。やけに風が冷たく感じるのは、さっきまで話していた内容が内容だからだろうか。けれど頬の熱が冷めきる前に空閑君の声があがる。

「……話してたの、それだけか?」

 え、と声がこぼれたが、見れば空閑君は表情を変えず私を見つめ返している。さっきの説明では納得できなかったのか、はたまたウソが混じっていたか。後者の場合、心当たりがあるとすれば……私と空閑君の話になりました、と言っていいものか。
 とはいえ、自分の知らないところで自分の話をされるのも気分がいいものではないだろう。私はおそるおそる「あのね」と話を切り出す。

「その、三雲君から見たら……私と空閑君のほうが……付き合ってるんじゃないか、みたいに聞かれそうになったというか」
「……あぁ、なるほど」

 ようやく疑問が晴れたようで、空閑君は少し考えて「あとで話しとく」と。別に言わなきゃいけないようなことでもないし、慌てて「いいの?」と訊ねるが、空閑君はけろりとした顔のままだ。

「別に、話しちゃダメなことでもないだろ」
「それはそうかもだけど……」

 ――付き合ってるって見られるってことは、たとえば……

「おい」

 呼ばれると同時に、ぐん、と強く手を引っ張られた。足を止めて見れば、うっかり別れ道を間違えそうになっていたらしい。

「ご、ごめん」

 慌てて正しい道に戻ろうと振り返れば、紅。いつの間にか目の前にある空閑君の顔に驚いてしまって息を呑む。

「……どうかしたか?」
「…………ごめん、ぼーっとしてた……」

 果たして、私の言葉にはどれくらいウソが混じっているのだろうか。自分でもわからないままだけど、空閑君は特に咎めることなく「気をつけなよ」と口にする。空閑君が再び歩き出し、手を引かれるままに歩くと、またちょっとだけ開いた距離。

 ――キスとか、そういうことをしてる二人だって、見られるのかな。

 手を繋いでいるところは散々に見られているけど、それ以上のことをしているわけではない。だからもどかしいような、けれど求めてしまうことは恥ずかしいような、どっちつかずの気持ちで揺れる。
 でも、手を繋いでいられる距離でいられるだけで、贅沢なのになぁ。もっと近づきたい気持ちを堪えるように、私は空閑君に手を引かれるまま、帰り道を進むのだった。


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サヨナラの引力

 

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