そうして空閑君――いや、遊真は帰り道の途中でなんでもないことのように言う。
「和音は明日、防衛任務だったな」
まるで、忘れてたとでも続きそうな声色だ。私のほうも、そういえばと思って声をかける。
「……もしかして、明日は……」
「昼の部だよ」
夜の部だったらいいのにと期待していたのが外れてしまったらしい。覚悟はしていたものの、やはりブッキングしてしまうとがっかりしてしまう。普通の防衛任務ならまだしも、今回はブラックトリガーの検証も兼ねているもので、さすがに直前で予定の調整も難しい。
「……ごめんね、見にいけなくて」
「任務なら仕方ないだろ。ま、明日も勝つから大丈夫だ」
「うん、……頑張って」
間が悪いものだ、と息をつく。せっかく遊真も、私が応援にくるかどうか気にしてくれているのに。先週も同じように見にいけないと言って、それでも応援の言葉を言えば笑顔を返してくれたのは記憶に新しい。
――あれ、と引っ掛かりを覚える。
よくよく思い返してみれば、その前も一緒に帰ろうと誘われて、帰り道でランク戦の話題になったはずだ。偶然かもしれない。けれど、一緒に帰ろうと誘われる日はいつも、同じことを聞かれていたような気がして。
「……もしかして、なんだけどさ」
「うん?」
「一緒に帰ろうって誘ってくれるの、ランク戦どうするのか聞くため……?」
半信半疑で訊ねてみれば、きょとんと目を丸くした遊真は「バレたか」といたずらな笑みで笑う。
「和音が来るのかどうか、聞いたほうが早いと思って」
「べ、別にメッセとかで聞いてくれればいいのに……」
そもそも、今日会えるかどうかだってメッセージで聞かれたくらいだ。連絡先を交換してからのメッセージのやり取りは、今どこにいるかとか、玉狛に来られるかくらいなもの。あくまで会うための前振りのような話題がほとんどだ。
……あれ? と気づくと同時に空閑君も「ま、それもタテマエで」と話し続ける。
「そういう理由があったほうが誘いやすかったから」
――え、と今度は私が目を丸くする番だった。
「……空閑君も、そういうこと考えるの?」
「戻ってるぞ」
「え? ……あ、ゆ、遊真も」
「まぁ、すこしは」
私は単純に誘ってくれて嬉しいと思っていたけれど、遊真はそれなりに考えて理由を用意したうえで、私を誘っていてくれたと。それはやっぱり遊真にとっても、なんであれ誘うことって勇気のいることなのかな、なんて考える。
……そうして、会いたいと思ってくれていたのかな。なんて都合がよすぎるだろうか。胸がいっぱいになるのを堪えていれば、遊真はくつりと笑う。
「まぁ、だから見にこれなくてもいいんだ。……たぶん、見ないほうがいいんだろうし」
「……どうして?」
どういう意味だろうか。驚いてしまいながらも理由を訊ねると、遊真は「うぅん……」と言いにくそうに唸る。
「和音は、ランク戦でもおれが怪我……いや、怪我ってわけじゃないんだが……ともかく、そういうの見るの嫌なんだろ」
「……、え、と……」
「別に、無理して見るもんでも――」
「無理じゃ、ないよ」
思わず話を遮ってしまったのがよくなかったのか、遊真がピタリと足を止めた。まるで確かめているように覗きこまれて、私は繋いだ手に力をこめながら口を開く。
「だってトリオン体なんだから、平気でしょ?」
――今もトリオン体なのに? と冷静な私が呟く。
「……つまんないウソつくね」
はっと気づけば、遊真は私を見て困ったように笑っていた。ウソ、だったのか。胸の奥がざわついていて、誤魔化す言葉も見つからない。
「…………見逃してくれればいいのに」
「んん? ウソを?」
「……そうしたら、平気なんだって自分を騙せるのに」
ああ、また自分を嫌いになりそうだとため息しか出ない。彼氏の応援を嫌がるなんてとんでもない。ましてや、遊真はレプリカのこともあって、遠征部隊を目指し頑張っているのだ。そう頑張っていることを、応援できない彼女なんて――
「……和音は、ちゃんと聞かないと、いろいろ隠すんだってのがよくわかったからな」
わずかに低い声は、どことなく怒気を孕んでいるような気がした。
でも、なんだかおかしい。だって遊真が怒っているのは、私が応援もろくにできないからではないように聞こえる。
「か、隠し事はしてないよ……?」
「ふうん? ま、わかってないからウソじゃないんだろうけど」
心当たりはないし、遊真の口ぶりからもウソをついているわけではないらしい。それならやっぱり隠していることなんてないし、だから、遊真が怒るようなことだってないはず。
だというのに遊真は私の腰へと手を回し、逃がさないとばかりにじりじりと距離を詰めてくる。紅い眼差しに真っすぐ見つめられて、私は成すすべなく立ちすくむばかり。
「ヒュースとの取引のこと、バレるまで黙ってたのは誰だっけ?」
「……え、……と……それは、ごめん……」
やっぱり、取引のことを最後まで黙っていたのが尾を引いていたようだ。別に隠そうと思っていたわけではないのだけど、玉狛第二に加入すると決まってからは、ヒュース君について迂闊なことは口にできなかった。謝るものの、遊真の眼差しは鋭いままだ。
「それで? オサムにも彼女がどうのって話をこっそり聞いてたんだろ?」
「え、えっと……?」
怒っているらしいことはわかったけれど、なんとなく意味合いが違うように聞こえる。三雲君に彼女がいるかどうか、みたいなのを聞いたわけではないし……。私はおずおずと口を開く。
「三雲君と話したのは……その……遊真が……平気そうで」
「……平気って、なにが?」
少しだけ、声色が落ち着いた気がする。だから私は、なるべく正直に話そうと恥ずかしさを堪えながら告白を続ける。
「……遊真、近くにいても照れたりしないし、その……だから、私ばっかり……キス、とか、抱きしめて……ほしい、みたいに思ってるのかなって……」
「……んん? そんなの、オサムに聞いてどうするつもりだったんだ?」
「そ、そもそも聞いてないよ! ちがくて、男の子ってあんまり……彼女とそういうこと、とか、考えないのかなって……参考にしたくて……三雲君に、彼女とか興味あるの? って……聞いただけ」
要約はしているが、およそ一から十まで話せたはずだ。これで誤解は解けるだろうかと顔色をうかがえば、遊真はむうと唇を尖らせていた。なんで、と聞くより先に「おまえなあ」と呆れたような声が上がる。
「オサムだからよかったけど、ほかのやつにはそういう聞き方はやめろ」
「え、っと……?」
「オサムに気があるように見えるぞ」
「……ええ……!?」
遊真はしみじみと「あいつは、そういうの気にしないだろうけど」と言うので、三雲君へ誤解はさせずにすんだのだろうか。ともかく、遊真がハッキリと“やめろ”と言い切るのは珍しく、私はおずおずと「気をつけます……」と答えるしかない。それを聞いて遊真は、ふう、と息をついている。
「そもそも、おれにして欲しいことがあるなら、おれに言えばいいだろ」
「え、いや、遊真にそういうつもりがない、なら……わがまま、かなって……」
「ちょっとくらいわがままでもいいだろ。彼女なんだから」
急に、彼女だからと強調されてしまって「えっ」と声が裏返ってしまった。遊真は不満そうに「なんだ?」と私をうかがうので、おそるおそる「い、いいのかな」と返す。遊真は鼻を鳴らして「いいよ」と繰り返し「それに」と言葉を重ねていく。
「キスしてほしいとか、抱きしめてほしいと言われて放っておけるほど、おれも我慢強いほうじゃないぞ」
――あ、と気づいたときには近づく気配。瞼を伏せれば唇が重なる。柔らかく吸いつかれているようで、ちゅ、ちゅ、と小さな音がして、キスをされるごとに腰が震えてしまう。そこに回された遊真の腕にも伝わってしまってるのだろうと思うと、たまらなく恥ずかしい。
けれど繰り返されるキスが嬉しくて、幸せで、身体から力が抜けてしまいそう。だめだ、と私はすぐそばにある遊真の身体に――抱きすがる。
「……ご、め」
「和音」
唇が触れ合う距離で、低くなった声が微かに、私の名前を呼ぶ。
それだけで胸が弾んで、飛び出してしまいそうなそれを抑えつけるように、勢いのまま遊真へと抱きつく力をこめる。頬をくすぐるような遊真の指先に促されるまま、顔を向ければまた重なる唇。
――じゃり、と音がする。
ハッとしたのは遊真も同じようで、同時に遊真が私をぎゅうと歩道の隅に押さえつけた。どこの誰とも知らない自転車が、さっさとそばを通りすぎていく。
「……まったく、かなわん」
「え?」
「歩けるか?」
「え、あ、だい、じょうぶ……」
いまさらながら、往来でなんてことをしていたんだろうか。いくら人通りの少ない道だからといって、夢中になってキスをしてしまうなんて。
だというのに私ときたら、遊真がすっと離れていくことに堪らない寂しさを感じる。もっと抱きしめてほしかった、なんて。そんなの往来ですることではないと、わかっているのに。
「……帰るか」
「…………うん」
もっと欲しい、と思う気持ちを押し込めて頷く。遊真、これはウソだって見抜いてくれないのかな。