翌日、無事に防衛任務を兼ねた検証が行われ、問題なく任務を終えられた。結果として、鬼怒田さんのほうで確たる原因を追究できたわけではないが、安全性が確保できると思しき週に一度のみ、ブラックトリガーの訓練としての防衛任務が許されるらしい。
ともかく無事に終わってよかった、と帰宅すると、今度は遊真からのメッセージが目に留まった。
『明日、玉狛に来られるか?』
どうしたのだろう、と不思議に思う。ここしばらく、ヒュース君にも引かれるほど、玉狛にお邪魔してるんだけどな……なんて。とりあえずは『夜なら大丈夫だよ』と送れば、少しして――着信。
「え、も、もしもし?」
『すまん、説明を打つのがめんどくなった』
と、開口一番そんなことを言うものだから、思わず笑ってしまった。どういう事情であれ電話できるのも嬉しいので、気にしてないよと言えば『そうか』と安堵したような声が耳元で響く。
話を聞くと、どうやら今日、ヒュース君の入隊に関してひと悶着あったらしい。それで情報共有をしたいから一度会って説明をしたいが、明日の日中から夜まで遊真が不在にしているらしい。
『夕飯食べたら玉狛に戻るから、それくらいでもいいか?』
「うん、大丈夫」
『よろしくな。夜は送ってくから』
「……うん、ありがとう」
今回は事情もあるからか、遊真は『それじゃあ』と呆気なく通話を切ってしまった。余韻で呆けてしまうものの……離れていても話せる電話っていいものだな、なんて。
§
「こんばんは〜」
「あ、和音、やっと来た!」
タブレットから顔を上げた栞と、その隣でパソコンを操作している千佳ちゃん。ディスプレイを覗き込む陽太郎とヒュース君というメンバーの視線が一斉に私へと集まった。ともかく「遅くなってごめん」とは答えるものの、約束していたはずの遊真の姿がない。
「えっと、みんなは次の試合の準備かな?」
「そうそう、記録探しててさ〜」
へぇ、と相槌を打ちつつ、栞の持つタブレットを覗きこむ。最終戦まで時間がないからと、時間を惜しんで情報収集からの対策を練っているらしい。
さすがに邪魔をするのも悪いので、用件をさっさとすませてしまいたい。とはいえ、遊真のほうがひと息つくまでは……なんて考えていたら、唐突にヒュース君に呼ばれてしまう。
「ちょうどいい。和音も付き合え」
え、と動揺したのも束の間「おまえにも手伝ってもらいたい」とのこと。ランク戦の戦術の相談だろうに、役に立てるかどうか。しかもヒュース君は私の用事のことも知っているようで「遊真も今、作戦室で情報収集中だ」と付け足してくる。
「オレの話も知らないだろう。ついでに手伝ってもらおう」
「たのむ、和音!」
「まぁ、私で手伝えるならいいけど……」
ヒュース君の圧力に頷けば、栞が心配そうに「大丈夫?」と声をかけてくれる。時間も気にするほどではないし「平気」と頷きつつ、私はなにを手伝おうかと考えていたら――
「……それで、戦術の話をする前に、ひとつ確認したいことがある」
なんだろうと視線をヒュース君に向けるも、ヒュース君の視線は千佳ちゃんに向けられていた。案の定「千佳」と名指しされて、千佳ちゃんもまたヒュース君を見る。
「おまえ本当は人を撃てるんじゃないのか?」
千佳ちゃんと栞が驚いたような声を上げる。ヒュース君の圧力とも言うべきか、なんとも言えない空気から守ろうとしたのか、栞が「千佳ちゃんは撃てないって知ってるでしょ!?」と反論する。
けれどなんのその、ヒュース君は淡々とさらなる反論を返し、最終的に告げるのだ。
「オレは、千佳は人を撃てると思っている」
ヒュース君が言うには、千佳ちゃんが撃てるかどうかによって戦術が大きく変わるという。千佳ちゃんの恵まれたトリオン能力があれば、人を撃てる、というだけで選択肢が広がるというのだ。
「千佳は撃てると、おまえが思う根拠はなんだ? ヒュース」
いつの間にか出入り口の前にはレイジさんが立っていた。どことなく空気が張り詰めているような気配がするが、ヒュース君は怖気づくこともなく「根拠はない」と言ってのけた。それでも撃てると確信しているようで、逆になぜ撃てないと思っているのかと問い返す始末。そして、なにより――
「実際の戦場では、千佳が敵を撃たなければ、遊真や修が死ぬ場合もある」
――空気が止まったような気がした。
同時にフラッシュバックする記憶。自分が生き残ったあと、目の前に敵が倒れていたあの瞬間のこと。ヒュース君が淡々と述べることは事実で、戦場では撃たなければ死ぬのだろう。
けれど「実戦で遊真や修が危機に陥れば、千佳は撃つはずだ」と言うヒュース君に、千佳ちゃんは答えなかった。いや、答えられなかったのだろう。気づけば顔色が悪くなっていて、呼吸すらも危うくなっているじゃないか。
いち早く気づいたらしい栞がすぐに千佳ちゃんの肩を支えるが、やはり呼吸もままならない。ヒュース君はそんな姿に見切りをつけたのだろう、「答えを聞くのはしばらく無理そうだな」と呟く。
「データ集めはオレと陽太郎と……和音で進めておく。無理なら無理で構わない。早めに返事をくれ」
さりげなく私を頭数に入れられて、思わずヒュース君を見てしまった。一瞬ちらりと視線があったが、問題なかろう、と言わんばかりの表情。そりゃまぁ、用事が終わってないから帰るに帰れないけど。
真っ先にレイジさんが「屋上で待ってろ」と切り出した。さすがに、このまま同じ部屋で過ごすのはマズいと判断したのだろう。栞が「千佳ちゃん」と優しく声をかけ、千佳ちゃんは弱々しく頷くと栞に支えられながら階段を上がっていく。残ったレイジさんはキッチンへ向かって、冷蔵庫を開けているあたり……なにか、温かい飲み物でも持っていくのだろう。
そうして今度、ヒュース君が私へと顔を向ける。
「和音、おまえも操作はできるだろう」
「え、まぁ、うん」
「頼む」
「……わかった」
私へそう依頼をするヒュース君に、こうなる可能性があるとわかっていたのかな、と思った。これからの話をする上で千佳ちゃんの『人を撃てない』という話に突っ込む必要がある。場合によりログを見返すどころの話ではなくなってしまうかもしれない。だからこその補助要員として私に付き合えと言ったのかも。
陽太郎に勧められて、私はさっきまで千佳ちゃんが座っていた席を拝借する。まだほんのりと温かくて、背筋がぞわりと逆立つような嫌な心地だ。まるで、千佳ちゃんの緊張や恐怖がそのまま残されているような。
「……水沢は、大丈夫か」
キッチンからレイジさんの声が飛んできて、はっとする。思わず顔を向ければ、こちらを心配して見つめるレイジさんと目があった。雰囲気に当てられたように見えたのだろうか。
「……大丈夫ですよ。びっくりはしましたけど」
「それならいいが……」
レイジさんは視線をそれとなくヒュース君に向けている。気づいているのだろうか、ヒュース君は違和感を覚えたようで「おまえも」と視線が私へと向けられる。
「チカと同じように、人を撃てなかったのか」
「……撃てないってほどじゃないかな。ただ、戦うのが苦手だっただけ」
「なるほど、そうだろうな」
ヒュース君が納得と言わんばかりに頷くので、逆に驚いてしまった。ヒュース君の前で戦うことはなかったはずだし、苦手というのがどうして理解できるのだろう。だからと、自然に「そう見えた?」と訊ねれば、ヒュース君は色のない声で呟くのだ。
「和音は弱いと思っていた」
聞き慣れた言葉。弱そうだとか、実際に弱いと言われていたこともあるし、事実自分を強いとも思っていない。だけど、さっきからの流れでヒュース君の容赦のない言葉に敏感になっているのだろう、レイジさんが咎めるようにヒュース君を呼び止める。
「ヒュース、おまえ……」
「勘違いするな。戦いにおける話ではなく、もっと根本的なところだ」
嵐の前の静けさとでも言うのか、嫌な予感だけはするのに身体は冷え切っている。私は今どんな表情をして、どんな格好で座っているだろうか。平気なフリができていればいいけれど、平衡感覚すらもあやふやで自信がない。
それでも、ちゃんと意識は外に向いている。ヒュース君を不安そうに見上げる陽太郎の姿も、カウンター越しに私達を注視するレイジさんも見えている。
「……レイジさん、お湯、沸いてますよ」
思っていたよりはしっかりした声が出て、ひっそりと安堵する。なにかを言いかけていたようなレイジさんがぴくりと動き、コンロの火を止めたようだ。それでも気は逸れなかったようで、レイジさんの鋭い視線が再びヒュース君へと向けられる。
「どうして水沢を弱いと思ったんだ?」
「死にたがりだからな」
……どうしてだろう。なんで私は、ヒュース君にお母さんの面影を見ているんだろう。
「普通なら、自身に危険が及べば抵抗するものだが……和音にはそれがなかった。身の安全に執着しないのは、はたから見れば、死にたがっているのと同じだ」
ヒュース君の言葉を補足するように、自然と湧いてきた言葉が私の口から零れる。
「――そうして、殺してほしかったんだね」
たった一言零しただけで、驚くほど自分の心が軽くなるのを感じた。それが如実に、本心だと告げているようで、なんだか悲しかった。