花開く変化は時を待つ
 本部に帰還した私は鬼怒田さんから指示を受けて、大人しく計測を受けるべくいつものベッドに寝転ぶ。

「……うむ、低水域で安定していそうだ」

 ブラックトリガー内のトリオン量の測定は難しいらしい。鬼怒田さん曰く最大値が常に変動しているからだと言っていた。ブラックトリガーの調子を推測できるのは鬼怒田さんだからこそで、ディスプレイをみて満足そうに頷くと計測機器の電源を落す。

「ここ一年、問題なく運用できているな」
「鬼怒田さんの管理のお陰ですね」
「そんなことはわかっとる!」

 一応褒めたのに、鬼怒田さんは当然と言わんばかりに憤慨している。鬼怒田さんはきっと遠まわしにもっとその力を奮えといいたいのだろう。使える駒は多いにこしたことはないし、ブラックトリガーならなおさらだ。

「まだ報告会の途中だろう。水沢も行くぞ」
「はい」

 連れられて本日二度目の会議室に入れば、太刀川隊の二人と迅さん、城戸司令だけがそこにいた。私服に戻った太刀川さんは私の姿を捉えるとにたりと笑う。

「きたなぁ腹黒」
「……え、私の事ですか」
「B級の腹になんつーもん隠してやがる」

 太刀川さんの瞳がぎらりと鋭く光った。おそらく太刀川さんも、私がブラックトリガー使いだと推測しているのだろう。最後の一撃のトリオン反応はノーマルトリガーの比ではない。そうでなくても最近はトリオンを溜め込み過ぎていたのだから相当の威力を持っていた筈だ。城戸司令は太刀川さんと出水君へ視線を遣ってから私を見据えて問う。

「制御できたのだろうな」
「今回は無事でした」

 第三起動段階まで手順を踏んだし成功と言っていいだろう。私が一番懸念しているのはその先の第四起動段階へ移行してしまうこと。鬼怒田さんの定義によると、意識で管理できる量を上回るトリオンが供給されてしまう段階だ。
 無論それは上層部としても望ましくない事態であり、だからこその計測の義務と、トリオン量の管理を求められている。

「水沢の件は他言無用だ。時が来るまで待て」
「「了解」」

 城戸司令直々の緘口令に太刀川さんと出水君は間髪いれずに了承を示す。それを最後に隊員である私達は退室を求められた。

「腹黒、今度は本気出せよ」
「……はぁ」
「水沢、また学校でな」

 追求も無く二人は足早にその場を去っていく。私も早く帰って休みたいとだるい体を引きずって歩いていると、するりと迅さんが隣に寄ってきて声をかけられた。

「な? 大丈夫だったろう?」
「……立会いお疲れ様でした」

 お疲れ、といってぼんち揚げを差し出してくる迅さんは本当に隙がない。甘んじてそれを受け取って咀嚼すれば隣からもぼりぼりと音が響いてくる。

「なんで、出水君だったんですかね?」

 “出水じゃないと、こうはならなかったんだ”
 模擬戦闘終了後の迅さんの言葉を思い出して試しに聞いてみれば、さぁね、と平然として次のぼんち揚げを口に運んでいる。

「時間経過以外にも段階を移行させる要素があるんだろ」
「それはわかってますけど……」
「本当、複雑なトリガーだよなぁ」

 それはまるで私の母に向けられたような言葉だ、と内心で笑う。普段は優しくていつも笑っていて、怒るより悲しんでいたようなひとが、自らの命を投げ出すと決めたあの瞬間の眼差しを思い出す。

「とりあえずは一安心だから、明日はゆっくりしな」

 迅さんはそう告げてから早く帰って休んだ方がいいよと私の一歩先を歩き始めた。私も急激にトリオンを消耗して少し疲れたし体はだるいし正直しんどい。明日は一日家でのんびりしようと心に決めて、私も帰路に着くことにした。


§


「おはよう、水沢」
「……おは、よう」

 そうして休日を挟んだ今日。学校に着いて早々に交わされる挨拶。何時もより心なしか何かを含んだ笑顔の出水君は早急に用件を告げた。

「今日昼飯一緒に食おうぜ?」

 屋上で、と最後に付け足された言葉にひくりと頬が引き攣る。これは完全に模擬戦闘の事を根にもっているじゃないか。そう腰が引けていると背後からぽん、と背中を叩く誰か。

「仕事の話だし、いいよな」

 米屋君の闇色の瞳が私に拒否する言葉を選ばせない。尋ねるようでいて完全にそれは断定だ。

「「な?」」

 どうやら私が了承を告げるまでこの脅し……いや交渉は続きそうだ。渋々と首を縦に振れば逃げるなよ、という言葉を最後にひらりと離れて行く。出水君、緘口令の意味知ってる? 喋るなってことだよ? 朝から憂鬱な気分を抱えながら私は大人しく席に着いた。



「模擬戦闘自体が秘匿事項って太刀川さんがすっかり忘れてて」
「ずりーぞ太刀川隊ばっか。三輪隊は?」
「任務の直前に水沢と戦うって話してたんだよな」

 ポンコツか。つい年上に対して失礼な言葉が浮かぶ。隊長なんだからしっかりしてよ……と思いつつ、その後に城戸司令に口止めされてたのは聞かなかったことになってるのか。

「んで、バレてるついでに負けたって報告もして」
「A級一位がやられるとあったら答えは1つじゃん?」

 はっきりとブラックトリガーと口にしないのは緘口令への配慮なのだろう。それでも二人の視線は当然わかるだろ? とでも言いたげだ。好奇心を隠そうともしないクラスメイトに肩を落とす他ない。

「一応私側にも秘匿義務があるんだけど」
「いーじゃん。クラスメイトのよしみでさぁ」

 ぎらぎらとした瞳はあからさまに戦いたいと言わんばかりに輝いていて、これをかわすのはさすがにしんどい、と深く息を吐く。詳細はこっちが不利になるから秘密だよ、と一応念をおした。

「なぁ、弾バカをキューブの海に沈めたってマジ?」
「やべーぞあれ、マジ死んだと思った」
「……その割りに耐えてたよね」
「まぁ正直追加弾ギリギリだったのと、前の太刀川さんが壁になってた」

 出水君の背中が寄りかかってかしゃんとフェンスを鳴らす。いやーあれは綺麗だったー、と心なしか楽しそうに笑う出水君は、ずずずと紙パックを鳴らす米屋君にさすが弾バカ、と笑われている。

「水沢のトリオン量って実際どうなわけ?」
「可もなく不可もなく」
「あっもしかしてあれ目くらましか?」

 出水君は目をぱちりと開けてこちらを見る。確かにあれだけの弾を広げるには並大抵のトリオン量じゃ無理だ。本当に戦闘に関してはどうにもこの二人は鋭い。その察しの良さと思考力を勉強にも生かせばいいのに。

「今度試してみるといいよ」
「よっしゃ、今度はおれがキューブの海に落としてやる」
「なんだよ水沢も弾バカ族かよー」

 米屋君がつまらなそうに紙パックをぐしゃりと潰した。何が不満なのかと聞けば迅さんの弟子って聞いてたのに、との事。なるほど、だから本当は近距離スタイルだと思っていたのか。

「私、元々メインはバイパーだよ?」
「実はスコーピオン使うと最強! みたいなさ」
「なんだその少年漫画みてーなの」

 米屋君の短絡的な発想を聞いて出水君がけたけたと笑う。迅さんには基本的な身のこなしを教わっただけだよ、と付け足せば、ふーん? と不思議そうにしながらも納得したらしい。

「んで? いつバトってくれるんだ?」
「……戦わずに済めばそれが一番なんだけどなぁ」

 私がそう思うのは一重に母親の教育の賜物なんだろう。奴らだって命を狙ってこないのであれば手出ししないのにというのが本音だ。私がブラックトリガーを手放せば話しは終わるのかもしれない。
 だけどそうできない理由も、そうできない現実もある。

「なんだよ、つれないこというじゃん?」

 米屋君は眉間に皺を寄せながらもゆったりと笑う。それに続いてはは、と乾いた笑い声を響かせたのは出水君だ。

「おれは昨日の水沢結構好きだけど?」
「へ?」
「お前普段は結構へらへらしてっけど」

 本気で戦う時って無表情なのな。と続けられた言葉。無自覚だったそれに驚くと米屋君がへぇえ、と感嘆を漏らす。

「人畜無害そうな顔してるのはフリか?」
「……と、思うじゃん?」

 口癖を真似てみればおお、と二人が食いつく。予想以上に興味深々な眼差しについ気後れして冗談、と誤魔化した。

「人畜無害だよ。やられっぱなしにはなれないだけ」
「そりゃな」
「でもそうやって返り討ちとかかっけーよなー」

 不穏な発言もありながらも青空の下予鈴が響く。すっかりと話しこんでしまったようでもう午後が始まる時間だ。

「ま、細かい事情は知らねーけど」

 真っ先に腰をあげた米屋君が太陽を背にして笑う。

「バトる約束、覚えとけよ?」

 それに続いて出水君が立ち上がって、いつもの強気な笑顔を浮かべて私を指差す。

「もう猫被りする必要ないからな、次は思いっきりやろーぜ」

 さー行くべ、と二人は言いたいことだけ言ってさっさと屋上から去ろうとする。私も片付けを済ませて慌てて二人の背中を追いかけた。恐らく二人は私の事情にさして興味は無いし戦いたいだけなのだろう。そうにしても変わらず屈託の無い笑顔を向けられることに安堵する。

「水沢、急げー」
「はーい」

 このトリガーはなるべく使いたくなかった。それが多分、お母さんの意思だと思うから。
 だけどこれまで私の選択を尊重してくれていた迅さんが、私のブラックトリガーも一つの手段として未来を見ているなら。きっとそれが必要になる事態が起こるんだろう。

 だから迅さんはこうやって少しずつ準備をしてくれているんだ。私がブラックトリガーを力として認めるための準備を。



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サヨナラの引力

 

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