過去を預ける選択を
「和音?」

 栞の声にふと我に返る。気付けば小南と空閑君が八本目の決着を着けたところだった。カタカタと再設定をし終えた栞が私を心配そうに見つめている。

「怒ってるわけじゃないよ。寂しかっただけ」

 栞はそういってへへ、と照れくさそうに笑う。それでも優しい表情を浮かべる栞にじわりと安堵が広がった。同時に罪悪感からまた視線を逸らしてしまうと栞は優しい声を落とす。

「事情はわからなくても、アタシは和音の事友達だと思ってるよ」

 ディスプレイには二人が切り結ぶ刃が何度も煌いているのが映っている。空閑君が振るうスコーピオンがきらきらと瞬いていて、だからきっと昔の迅さんとの事を思い出したんだな。

「そりゃあ教えてくれたら嬉しいけど、でも」

 九本目の決着もついて栞はカタンと十本目の設定を済ませた。ディスプレイにうっすら映りこむ私の顔と、表情は伺えないが同じように画面を覗く栞の顔が並ぶ。

「知らなくても、友達でいるのに何の問題もないでしょう?」

 優しい、心の奥底まで染みるような言葉。私はその温かさにすがるようにそっと栞の肩に頭を乗せた。ふふ、と照れた笑いを漏らして和音は? と私に問う栞。

「……栞が、友達になってくれてよかった」

 ありがとう、と素直に言葉にすれば、どういたしまして、とおどけたような明るい言葉が返ってくる。面倒見の良い栞はこんな面倒くさい私にすら笑顔をくれるから、私もこうやって温かさを分けてあげられる人になりたいなぁと思うのだ。

「あ、終わったね」

 最後の決着もついてシュン、と訓練室のドアがひらく。栞の肩に寄りかかったままの私はぼんやりとそれを眺めていると、ぱちりと小南が目を瞬いて瞬時に怒りの表情を浮かべた。

「ちょっと! 何あたしを除け者にしてるのよ!」

 ばたばたと慌しく駆け寄ってきた小南は私と栞の首に両腕を巻きつける。まとめて抱き込むようにした小南は私達の間に顔を割り込ませて怒るのだ。

「あんたもねぇ、そんなに栞が好きなら玉狛に来ればいいのよ!」
「それができたら苦労しないよ〜」

 城戸司令とした約束がある以上私はどうあっても城戸派の駒だ。使わないと宣言していても私がブラックトリガーを持っている以上、玉狛への転属は決して認められないだろう。

「それに」

 言葉を切って、小南を見つめる。突然視線を向けられた本人はきょとりとした後少し顔を顰めながらも、なによ、とぶっきらぼうな言葉を返してくる。頬を少し赤らめるその姿は初対面からは想像も出来なかった。

「小南だって好きだよ、私」

 そう告げれば、小南はかぁと頬を赤くした。と、とうぜん、でしょ! とどもりながらも何時もどおりの強気な台詞。最初はあんなに苦手だと思っていたのに、時の流れは不思議なものだ。
 迅さんより長くボーダーに所属して、ずっと強さを求めてきたその姿。彼女のその誇りが弱い奴は嫌いだという言葉に繋がることに気付いて、事実それを体現する彼女に対しても、栞とは違う憧れを持っている。

「うむ、この場合いちばんの除け者はおれじゃないのか?」

 拗ねたように唇を尖らせそう告げる空閑君の言葉を聞いて、私達は思わず顔を見合わせて吹き出してしまった。
 空閑君もくる? と私が両腕を広げると、いいのか? と呆けた空閑君。調子に乗らない! 来ていいのは女子だけよ! と小南に怒られていた。
 ひとしきり笑いあった後で、さて、と小南が声をあげる。訓練室を一度閉めて皆で一階へ上がった。小南はもう帰るとのことでそれを見送って、レイジさん達が帰ってくる前に栞が一足先に風呂に入るとの事。
 自然と二人残された私と空閑君は互いにちらりと視線を合わせると、空閑君が先導してなんとなく屋上への扉を開いた。



「ねぇ、空閑君」
「なんだ?」

 空閑君は返事をしながらもするりと縁へ腰掛ける。私も縁に身体を預けて視線を空閑君へ向けた。

「私のトリガー、機密事項じゃなくなるの」

 ふむ? と小さく頷く表情はきょとりとしていて、私の伝えたいことがわからずに続きを待っている様子だ。

「ブラックトリガーでボーダーに所属するなら、力を持つ者として責任を果たさなきゃ」

 一度言葉を区切って深呼吸する。
 私は力を持つ覚悟を、力を奮う意志を決めなきゃいけない。これまで城戸司令も迅さんもその時間を十分にくれていた。誰かを殺せる力は、私が意志を持てば、誰かを守る力にできる。だから、

「ちょっと、昔話聞いてくれないかな」

 事情を知らなくても各々が私を受け入れてくれる事を知った。私が思っている以上に人はそれぞれ相手の事情を案じてくれる。関係ないと割り切ってくれる人も、黙って全部飲み込んでくれる人もいる。
 だから、空閑君に話してみたいと思った。
 空閑君なら私の話をきちんと“本当”として聞いてくれる。たとえ途中で言葉に躓きそうになったとしても、透き通ったその赤い瞳で私の背中を押してくれると思ったから。

「おれが聞いていいの?」

 そう尋ねる空閑君に私は笑顔を返す。ふむ、とそれに応えた空閑君は身体をこちらへ向けてくれた。聞こうとする姿勢を整えてくれたその様子にまた自然と笑顔になる。
 私はもう一度深呼吸すると、ゆっくりと昔話を始めたのだ。



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サヨナラの引力

 

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