私と組織の決まり事
 夜の闇は冷たい風を伴って私達を包む。空閑君はただ静かに私を見つめて話の続きを待ってくれていた。怖がりはしないのかとすこしだけ緊張が解けて、改めて口を開く。

「……その後、私はすぐに開発局に連れて行かれたの」

 冷たい空気を肺一杯に吸い込んでから、体の熱を全部押し出すようにそれを吐き出した。



「この街で、私の許可なくトリガーを使うことは許さない」

 城戸司令はそういってベッドに伏せる私を見下ろす。計測機器をつけて身動きのとれなくなっている私は、確かな恐怖に張り付いたように動けなくなった。
 同時に計測機器からの警告音がけたたましく鳴り始める。トリオン反応に異常、危険ですぞ、と鬼怒田さんが声を荒げる。だというのに目の前のこの人は平然と私を見下ろしていて、その胆力にどくりと心臓が呻いた。

「一部のネイバーはお前を狙っているようだな。……お前を殺せば奴らはここへ来なくなるか」

 どぐん、と心臓がうるさく騒ぐ。彼は私に言葉を落とすばかりで刃をつきつけたりはしない。それが逆に静かで恐ろしかった。

「きど、しれい」

 そうして恐怖に震える程に、別の怖さが私を襲う。私の中にあるブラックトリガーが刃を向けるのではと。そうしたら私はまた誰かを殺してしまうのだろうか。

 ――私があなたを守る力になる。

 襲いかかるトリオン兵も簡単に残骸に変えてしまう。その力は人の命すら容易に奪える力だ。
 どうしてそんな強大な力を私が持たねばならないのか。なぜお母さんはそんな力が私に必要だと考えたのだろう。力がなければ彼らは私なんて気にもかけないだろうに。
 でも、力がなければ私は奴らに殺されていたのだろうか。

 ――悪意を飲み込みそれを跳ね除ける力を。

 黙って殺されるわけにはいかない。私の命を守ろうとしたお母さんの意志に背きたくない。だけどこんな強大な力は今の私ではとても扱いきれない。だから。

「私を、ボーダーに入れてください」

 言えば、城戸司令は僅かにぴくりと眉を動かした。しばし私を見つめた後に小さくそれは、と問う。

「ブラックトリガー使いとして、私の駒になるということか」

 城戸司令は鋭く細めた瞳で肯定を待っている。それが私を保護し、懐柔し続けた目的なのだと悟った。
 だけど私はそれに首を横にふって拒絶する。

「これは奴らにしか、使いません」
「……私が許可をするとでも?」
「それなら私はネイバーに行きます」

 城戸司令の眉間に深い皺が刻まれる。私は最初から決めていたかのようにすらすらと言葉を紡ぐ。

「お望みどおり、出て行きます。そうすれば奴らはここには来ないでしょう」
「今度はお前がこちらを襲うのか」
「そうかもしれませんね」

 人を射殺せそうなその鋭い視線を一身に受けて、だけど私の心はその視線を受けて次第に凪いでいく。あぁ、この人も守りたいものがあるのだと、気付いてしまえば簡単な話だ。

「ブラックトリガーに頼らない強さが必要なんです」

 お母さんはきっと奴らからの殺意と戦っていた。人知れず戦うことだってあったのかもしれない。
 だからお母さんは耐えていたのか。せめて、奴ら以外の人間からは疎まれないように。好かれなくとも気に留められなくなるように。深入りさせず、それでも笑顔を返してもらえるように。
 意志を持って悪意を飲み込む、そういう戦いをしていた。そうできる程、母は強い人だったんだ。

 私も、そうありたいと願った。武器としての力でなく心の強さを求めたのだ。


 無言での睨み合いが続いた後、城戸司令はその条件をのんでくれた。奴らの襲撃時にのみブラックトリガーの使用を許可すること。ただし発動前後必ず城戸司令に報告をすること。また、ブラックトリガーの存在は引き続き秘匿事項にするということ。無用な混乱を避ける為にそうすると言っていた。

 またもう一つ、ブラックトリガーの能力の解析に協力すること。私の意志に反して起動する可能性は当初から危険視されており、ボーダーがこのトリガーへの対応策を練る必要があったからだ。
 結果トリガーの性能が複数解明される。バイパーやハウンドのようなトリオン弾を放つ力。トリオン体やトリオン構成物からトリオンを吸収し、ブラックトリガー内部に蓄積、保管する力。特定条件化で蓄積したトリオンを開放する力。
 そうして安定したブラックトリガーの運用を認められてから、私は無事にボーダーに入隊することになったのだ。



「ううむ、和音ちゃんはネイバーなのか?」
「お母さんは自分がネイバーだとは言わなかったし、……本当のところはよくわからないかな」

 素直に答えれば空閑君はそうか、と頷いた。話してしまったという言葉にならない脱力感が私を襲うが、空閑君の赤い瞳はまだ探るように私の瞳の奥一点を見つめる。

「そいつらにトリガーを使った時のこと、何にも覚えていないのか」

 確認するような空閑君の言葉に小さな声でうん、と肯定する。以降こちらに現れるトリオン兵は問題なく抗戦しているし、第四起動段階を発動した例はまだないのだ。空閑君は少し悩んだ後に左手を差し出して口を開いた。

「レプリカ」
『心得た』

 その人差指の黒い指輪からにゅるん、と同じ色の球が飛び出す。それは次第に何かを象ってぷかりと浮いた。

『初めまして和音。私の名はレプリカ。ユーマのお目付け役だ』
「……はじ、めまして」

 突然に話しかけられて面食らうが、空閑君は平然としているし、レプリカと名乗ったそれはふよふよと目の前を漂っている。レプリカさんは少し間を置いてから話を切り出した。

『和音を追う奴らに心当たりがある』
「……本当ですか?」
『うむ。望むのなら話すことができるが』
「教えてください、レプリカさん!」

 え、と声をあげたのは空閑君だ。駄目なのかと顔を向ければ何故か緩んだ表情の空閑君。それに戸惑っていると空閑君は小さく笑って口を開いた。

「レプリカ、さん、って呼ぶ奴初めて見た」
「うむ」
「え、あ、えっと……?」

 いけないのかと戸惑っていると畏まる必要はないと言葉を重ねられる。わかった、と砕けた口調で再度頷けば満足気な唸り声が返ってきて、改めて私は姿勢を正してレプリカに向き直った。

「私はユーマとその父ユーゴが旅をしてきた、ネイバーフッドの記録を持っている。それによれば――」

 こくり、唾を飲み込む。レプリカを挟んで向かいにいる空閑君も見つめる中、ゆっくりと、奴らの話が始まった。



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サヨナラの引力

 

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