レプリカ先生のトリガー講座
「こんにちはー」

 そっと玉狛支部の扉を開く。陽太郎の出迎えがないのは珍しいと辺りを探していれば、よ、と空閑君が団欒室の扉から顔を出す。

「皆は?」
「今はおれと、レプリカと」
「実力派エリートだけだよ」

 ひょこ、とトーテムポールみたく空閑君の頭ひとつ上に迅さんの顔が現れた。いたんですか、と声をかければ実力派エリートですから、と一言。この人たまにこれ言いたいだけだろって時あるよなぁ。空閑君はこちらを伺うようにくりくりとした瞳を向ける。

「どうする?」
「……迅さんだから大丈夫」

 迅さんは私の体調を気にしてか早く、と急かして室内へと招き入れてくれる。ソファーにかけさせられたと思ったらことりと置かれるマグカップ。迅さんと空閑君もそれぞれソファーにかけて、ぷかぷかとレプリカが寄ってきた。

『……では、あくまで推論の域をでないのだが……』

 そう前置きをしてからレプリカによるトリガーの考察が始まった。



 ――まず、トリオンの吸収、蓄積、放出の性能について考えよう。

 普通、起動するのに必要なトリオン量はトリガーにごとに決まっている。しかし和音のトリガーがトリオンを蓄積した状態を維持しているということは、常にトリガーが起動している状態だと考えた方が正しいのだろう。
 つまり、和音がトリガーを起動したと表す状況は、正確に言えば、起動中のトリガーが機能し、蓄積されたトリオンを使用して戦闘体を形成したということなのだろう。



「え、ちょっと待ってレプリカ」

 私はレプリカの解釈を遮って話を切り出す。換装を行う第一起動段階。トリオン吸収の第二起動段階。トリオン放出の第三起動段階。少なくともボーダーの解析結果は性能をそうやって定義づけていたはずだ。

『うむ、戦闘時における性能はそうなのだろう』
「……と、いうと」
『今話しているのは、いわば普段における性能のことだ』

 普段の性能という考え方がイマイチわからなくて思わず眉根を寄せる。すると、レプリカは一度空閑君を見るような仕草をしてから解説をしてくれた。

 例えば。空閑君のブラックトリガーは常に空閑君の生身を保管し、空閑君のトリオン体を司っている。そういう機能を持っている。それが私にとって、トリオンの蓄積という機能なのだろうということらしい。腑に落ちたのがわかったのか、改めてレプリカは考察を続ける。



 ――つまり、トリオン体を生成する機能がトリガーの一部である以上、起動者である和音のトリオン器官の出力に応じた性能を有しているはずだと考えられる。

 だが、何らかの要因で和音の意志とは別に切替えを行う場合があるのなら。起動者の意思よりトリガーに定められた既定量の出力を求められてしまうのではないだろうか。恐らく、既定量は本来なら和音のトリオン器官で賄える出力ではないのだろう。無理矢理器官を酷使することが恐らく肉体への負担に繋がっている結果として和音の意識がない、ひいては記憶がないという現象が起きるのだろう。

 つまり能動的な機能の切り替えを行うと使用者にかかる負担は免れられない。開発の過程において、とても見過ごせる結果ではない。だが、現実にはこの機能が採用されている。ならば、能動的にトリオン量を調整する機能も持ち合わせているのではないかと考えた。



「なんとなくはわかる、けど……?」
「その機構ってヒューズとかアースとか、そういう感じか?」
『そうだな、どちらかあるいは両方の機構があるのだろう』
「ひゅーずとかあーすってなに?」

 私は私でレプリカの解説を理解しようと必死に頭を動かす。けれど迅さんは心当たりがあるようでこちらの技術的な話を始めた。レプリカはそれに同意するけど空閑君は不思議そうに首を傾げていて、迅さんはなんて説明するかな、と一度視線を宙に浮かせる。

「ヒューズは器官の橋番みたいな感じかな。大群が来たら橋を自分で壊して中に入れなくする」
「おぉ、なるほど」
「アースってのは連絡通路の裏口か。いざって時に逃げられる道のことだよ」

 どう? と迅さんがレプリカを伺うとうむ、と一度頷く様に動いた。それからそのふたつの機能について話しはじめる。


 ――蓄積許容量を満たした段階で、吸収機能は停止する必要がある。それがヒューズ機構と考えられるだろう。吸収を遮断する。だが、そうなると一つ別の問題が浮上する。
 許容量がどの程度かにもよるが、高エネルギー体は不安定だ。高エネルギー状態を維持し続けるというのは本来、非常に難しい。つまり、放出の制御ができなくなる可能性がある。ということは、トリガーの使用が制限されてしまうのではないだろうか。

 である以上、なるべく普遍的な状況下で負荷を軽減する方法が望ましい。つまりはアース機構にあたる性能だ。蓄積し過ぎたトリオンを放出するなら理に適っている。ブラックトリガーも恐らくこちらを主機構としているだろう。



「……ね、空閑君」
「うん、はい」

 声をかけて見れば空閑君はわかっていたかのように手を差し出す。迅さんがきょとりとそれを眺めているのを横目に見ながら、私は一度深呼吸して心を落ち着かせてからそっとその掌に触れた。
 ぶわりと体内の熱が一気に冷める感覚。握った空閑君の掌がやけに熱く感じるそれは、この前の夜に経験したのと同じ感覚だ。

「つまり、これがあーすという奴か」

 空閑君はそっと手を離すとぐっぱと握って開いてを繰り返す。その光景に呆けていた迅さんがなるほど、と脱力したように肩を落とした。レプリカはそうだろう、と今の反応について結論付ける。

『ユーマに発動する理由は不明だ。本来、トリオンを供給する性能を保持していないのならなおさら。何か鍵があるのだろうな』

 莫大なトリオンをトリガー内部に宿す私は間違い無く“資源”だ。それを悪用しない為の枷も同時に備えているというのか。

『さて、この話を急いだ理由をまとめると、アース機構が発動しているという事実から推測するに、和音の蓄積するトリオン量は現在かなり限界値に近いはずだ』

 ふわふわとレプリカが私の目の前へと漂ってくる。私を案じるような柔らかい声色で体調は大丈夫か、と尋ねてくれて、ひとまず今は元気だから大丈夫だよ、とそれに返す。

「もしかして、和音が熱出したのって」
『アース機能によるトリオン放出で肉体に負荷がかかった反動かもしれない』

 ふむ、ということは今も放出しただろうから、明日もまた熱が出て寝込んだりしてしまうのだろうか。それは明日になってみないとわからないけどそうだとしたら嫌だなぁ。どうせなら今浮かんだ事を試して見てもいいだろうか。

「ねぇレプリカ、ちょっと触ってもいい?」

 唐突な私の発言に空閑君と迅さんがきょとんとした表情を浮かべ、声をかけられた本人(人?)はうむ、構わないが、と返事をする。その言葉に甘えて私はレプリカを掴むとそのままぎゅうと抱き込んだ。

「……レプリカにトリオン行ってる?」
『いや、そういう反応はない』
「だよね。レプリカにもアースは発動しないんだ」
「……なーんかレプリカ先生役得じゃない?」

 迅さんが呆れたようなジト目をレプリカに向けるが、普段色んな人のお尻触ってるのも十分役得じゃないんですか? と問えば、それはそれ、これはこれと返された。

「どちらにせよ、あまり無理はしない方がいい」
「わかった。ありがとうねレプリカ」

 心配の言葉を素直に受け取って私はレプリカを開放する。ここ数日で急激に得た情報はどれも有力なものだ。情報の持つ力も侮る事は出来ないし鬼怒田さんに伝えるべきだろうか。

「和音、悪いけどこの件一旦俺に預けてくれない?」

 そんな私の思考を先読みしたのか迅さんが私に待ったをかける。どうして、と迅さんを見ればうーん、と頭をかいてからレプリカを指した。

「その情報源はどこだって話しになるだろ? 遊真の正式入隊もまだだしレプリカ先生の話も伏せると無理がある」
「……あぁ、なるほど」

 迅さんの言い方からするとまだレプリカの存在は切り札にしておきたいんだ。言い換えればこの先で使いたい状況があるんだなとそれを理解する。

「その時が来たら教えてください」
「あぁ。まぁでも本部には行くぞ」

 迅さんはそういって立ち上がった。引っ張られるように立たされて何かと伺えば、計測データは残しとけ、とのお達し。丁度玄関からは戻ったぞ、とレイジさんの声が聞こえてくる。

「お、オサム達帰ってきたな」
「じゃあこれでおれ達は解散だ」

 空閑君にもありがとう、と告げればいえいえと得意気な笑みが返ってくる。ここ数日でブラックトリガーのこともたくさんわかってきて、まるでそうなることが決まっていたかのように順調だ。
 これも視えていたのかな、と横目で迅さんを眺めると、何も言わずににこりと笑顔が返ってきた。



[18/109]

 

サヨナラの引力

 

ALICE+