未来視の青年が信じるもの
「体調悪くなったらすぐに言えよ?」
「大丈夫ですよ、そんなに心配しなくて」

 迅さんと二人で本部への道をのろのろと歩く。先程の件もあってかやけに心配してくれる迅さんに笑顔を返しながら、私はそういえば、と思い出したことを告げる。

「この前はお見舞いありがとうございました」
「あぁ、構わない」

 ゼリーを選ぶセンスはあったんですね、と茶化してみれば、今度はぼんち揚げ一箱にしてやろうかと返された。
さすがに病人にそれはなぁ、と苦笑していると、迅さんはふと優しい笑顔で口を開く。

「おれの言った通りだったろ?」

 迅さんが脈絡もなくそんなことを言うものだから、何のことかと顔を見上げればにやりとした勝気な笑みを見せている。

「遊真はお前にとって悪くない仲間だって」

 あぁ、確かにそんなことを言われていた。告げられた名前に少しだけ心が震えたのには気付かないフリをして、悪くないという点に関しては否定する必要性も感じられず素直に頷く。

「最近、お前の未来がよく視えるんだ」
「……へぇ」

 どこか遠くへ視線を飛ばした迅さんの横顔を見つめる。いつだったか、迅さんの未来視の話を聞いた時に言われた事があった。和音の未来は難しいな、と。
 聞けば実現の可能性の高低によってどの程度先まで見通せるかが違うらしい。その点私にはそういった先の未来が殆ど見えないといっていた。つまり私の遠い未来はまだ何も確定していない空白のような状態だったようだ。だけど迅さんの今の感じだとその遠い未来がひとつ定まってきているのだろう。ふぅ、と息を吐くと迅さんはゆったりとした笑顔で私を見る。

「未来はもう動きだしてる」

 その瞳は力強く私を見据える。眼差しに心臓がどぐりと軋んだ音を立てた。

「おれはお前の選択を信じてるよ」

 迅さんはそう言って私の頭をさらりと撫でる。この人がそんな風に気安く頭を撫でるようになったのはいつからだろう。そんな話をした時も確か迅さんは滲んだ笑顔を浮かべていた。



 ――おれは和音に甘えてるのかもな。

 未来視のサイドエフェクトを駆使して奔走する迅さん。どこまで情報を広げるか、伝えるか。はたまた黙っておくか、隠しておくか。無限にある選択肢の中から一つずつ捨てて未来を選んでいく。

 迅さんと初めて出会ったのはいつのことだったのだろうか。存在自体は知っていたような気がするし、だけど会ったのは入隊してからのような気もしている。
 迅さんの方は上層部から私に注意するよう指示があったらしくて、だから入隊後の私に声をかけてくれたんだと後になって教えてもらった。当時の私の未来がどこまで迅さんに見えていたのかは知らないけれど、訓練をしてくれてからはそれなりに挨拶を交わす仲にはなっていた筈だ。

 そうして私は少しずつ玉狛支部に連れて行かれるようになって、栞や小南と打ち解けてきてからは自分から訪ねることも増えた。本部のいかにも食堂といった空気とは違って、玉狛はまるで家族で食卓を囲んでいるような温かさがある。その温もりを求めて訪ねる日は必ず迅さんがいたような気がする。
 
 食後はよく迅さんに玉狛にくるか? などとこっそり誘われたものだ。私が玉狛支部に転属することなど出来ないと知っているだろうに、それでも都度そう尋ねる迅さんを見て不思議に思ったのだと思う。S級エリートと自ら名乗り忙しく奔走する姿を見ていたから純粋に、どうして私に構うのかと尋ねたのだった。それに返ってきた言葉が冒頭の一句だ。

「和音さ、どうしてノーマルトリガーで入隊したの?」
「入隊時の最終会議で決まったからですよ」
「違うな。もっと前からこの未来は視えていたよ」

 その回答に思い浮かんだのはあの夜とトリオン兵の残骸。ブラックトリガーが人の命を奪う兵器なのだと気付いた夜。
 決めたというには余りにも中途半端な自分の選択だ。ブラックトリガーを使わないと決めたわけでも、これを自らの力とする覚悟を決めたわけでもないのだから。
 だけど迅さんは私を咎めるでも慰めるでもなく、黙ったまま優しい視線を私に向ける。その場しのぎにも等しいそれを選択と呼ぶのなら、理由はただの私の感情が望んだだけのこと。つまり。

「……勘ですかね」

 私のその返答に迅さんはへらりと気の抜けた笑みを浮かべたと思うと、ははは、と小さく息を吐くように笑った。

「……女の勘は怖いねぇ」

 だけど、と一度言葉を切ってから迅さんはぽふぽふと頭を撫でてくれる。普段の茶化すような雰囲気ではないそれに驚いていると、お陰で助かるよ、と迅さんは小さく優しく呟いたのだ。私は何もしてませんよと言えば迅さんはゆるりと首を振る。

「和音はね、多分いつも最善を選んでる」

 迅さんはそういって目を細める。それはまるで泣きそうにも見えて戸惑っていると、もう一度ゆるゆると首を振って瞳を閉じた。

「たとえ悪手に感じられても、長く見ればそれはやっぱり最善なんだ」

 人間万事塞翁が馬。物事の良し悪しはその結果だけで判別できるものではない。だから安易に喜んだり悲しんだりなんてのは些細なことだ。ひとつの結果に拘るよりも大きい視点で物事をみることが大切だと古人は言う。

「そうした和音の未来に、おれは助けられてるよ」

 本当だろうか、と少しだけ疑問が湧いた。それならどうして迅さんはそんなにも耐えるような表情をしているのだろう。だけど当時の私はそんな言葉を投げかける勇気が持てなくて、そうですか。と冷たいような言葉しか返せなかった。

 ――今なら、私は何と言えただろうか。



「迅さんが、信じてくれるから」

 ぽろりと零れた言葉は不覚にも本人に届いてしまう。え、と戸惑ったような声が聞こえてそれに気付くも、ここまできたのならとそのまま言葉を続けた。

「私は私の選択を信じてるけど、それは迅さんも理由のひとつです」

 私が私の選択を、本能を疑わずに信じられるのは。勿論第一は自分を信じたいという願いにも似た気持ちが起点だ。

 ――もしあの時、私が自分を信じてトリオン兵の手を取らなければ。

 きっとあれは“失敗”だったのだろうと思う。だから私は心の強さを願うきっかけになったその失敗を、同時に私を信じる理由に決めたのだ。
 それだけならくじけてしまったかもしれない私の選択を、迅さんは笑って信じているよと背中を押してくれるから。それが迅さんの視る未来の光に少しでもなるのならと思える。
 あまり詳細を告げるのは恥ずかしいから出来ないけれど、だけど私の言葉だけで迅さんはある程度察してくれたらしい。

「……ありがとな」

 迅さんはそういって優しく笑う。この人はもっとそうやって笑っていればいいのに。
 本部はもう目の前だ。それから私達は言葉少なにその道をただ歩いた。だけどそれは嫌な沈黙ではなくて、優しいものだった。



[19/109]

 

サヨナラの引力

 

ALICE+