「……ありがとうレプリカ」
『うむ』
「空閑君にも、大丈夫って伝えて」
『それは本人に直接伝えるといい』
ぷわん、とレプリカの分身がさらに分裂する。黒い球体の顔はどこか見覚えのあるそれ。というか、直接って言った?
『うん? 呼んだか?』
いつもより数段高い声。これは何? なんでまた分身したレプリカが話しているんだ? と、考えてその球体はまた高い声で呼びかける。
『和音ちゃん?』
それは、空閑君の呼び方だ。まさかと思うがこれって通信機能を持ってるのか。
「これ、空閑君と話せるの?」
『今私を介して和音の声をユーマに届けている』
『うん、和音ちゃんの声聞こえてるよ』
しかもこれリアルタイム? あれさっきまでの会話って空閑君に聞かれてたのかな。そう思っているとレプリカは私のその戸惑いに気付いたのか、今繋げたばかりだ、と一言断りが入った。
「ええと、空閑君?」
『うん。なんだ和音ちゃん』
「話してて大丈夫なの?」
『大丈夫だよ。休憩中だったし』
休憩中ということは修行の合間にこうして通信を繋げてるのか。冬休みに突入した今は朝からずっと玉狛に行って修行をしてるんだろうな。時間も惜しいだろうし早く用件だけでも伝えなければと自分を奮い立たせる。
「あの、レプリカの分身ありがとね」
『身体は大丈夫か?』
「平気だよ」
レプリカを通しているから声色を全て読み取ることは出来ないけど、いつもどおりの声の調子のようで少し安心する。顔が見えないから感情を深読みすることもなくて、私は気負わずにするすると言葉を吐き出すことができた。
「昨日は、変なとこ見せてごめん」
『変なとこ?』
「……色々気が動転しちゃって、えっと」
どうやっても誤魔化す言葉が見つからなくて、私は悩んだ末にそのままを告げる。
「私何も覚えてないの」
自分の声なのに情け無く震えるのを止めることが出来なかった。言い終わって、その言葉の意味を自覚してじわりと涙が浮かぶ。私、本当に大丈夫だったのかな。レプリカはああ言ってくれたけど、空閑君怖くなかったかな。
涙の粒が溢れる寸前、時間にして数秒足らず。空閑君はすぐに大丈夫だよ、と静かな声を返してくれた。
『どんな能力かよくわからなくて残念だったけど』
「……怖く、なかった?」
『なんで? 和音ちゃんは普通にトリガー使って戦ってただけだろ?』
空閑君の声には怯えや恐怖どころか嫌悪すらも存在していないように感じる。あまりにあっけらかんとしている空閑君に悩んでた筈の思考が吹き飛んだ。私が恐れていることは、そんなに些細なことだったろうか。
『そんなの気にしてたの?』
「そ、そんなのって事では、ないんじゃ……」
『こっちの世界だとそうかもしれないけど、向こうじゃ案外普通だぞ』
さっきのレプリカの言葉が脳裏に蘇る。生き残るための術を、知恵を。空閑君はどうしてこちらの世界にきたのだろう。それもひとつのお父さんから教わった生き残る術なのだろうか。空閑君がけろりとしているその理由と、お父さんの考えの根本は、向こうだと争いの耐えない世界だからということなのか?
『おれだって』
その言葉で私の思考は散り散りに消えて、空閑君の声が意識を現実に引き戻す。
『ずっとトリガー使いの“人間”と戦ってきた』
いつもと変わらない声の調子で告げられた告白。感情の起伏なく告げられたそれは間違いなく事実なんだろう。
私はあの日トリガーを使ったことにまだ怯えているのに、空閑君はずっと、人間相手にトリガーを使って戦ってきたんだ。それがボーダーでの訓練のような対人戦闘ではないことが、声色でわかる。私が奴らと命のやりとりをするような、そういうトリガーの戦いなんだ。
「……そっか」
『おれのこと、怖い?』
「ううん」
『なんで?』
「……え?」
『おれ、人を殺せるよ。どうして怖くないの?』
空閑君は逆に私に問いかける。答えは案外簡単に浮かんできて、考えるより先につるりと滑り出た返答。
「空閑君は、私の敵じゃないでしょう」
少し、図々しい答えだったのかもしれない。レプリカを通じて聞こえた微かな吐息は、笑っていた気がした。
『同じだよ。和音ちゃんはおれのこと殺さないだろ?』
遠まわしに、怖くないよと言われているのかもしれない。ただはっきりとそう言葉にすることはなくて、空閑君があ、と小さい声を漏らす。
『こなみ先輩が呼んでる』
「あ、ごめん、修行中だったね」
『おれもう戻らなきゃ』
「うん、話聞いてくれてありがとう」
告げればやっぱり空閑君は笑う。和音ちゃんはいつもありがとうばっかりだな、と。それに私が反応を返す前にじゃあな、と告げられて、空閑君を模したレプリカはしゅるるとミニレプリカに吸収された。
「……レプリカも、ありがとう」
『気にする事はない』
ぐらついていた気持ちが少し凪いでくる。すると次第に瞼が重くなってきた。結局一睡もしないままだったから限界がきたんだろう。
「ちょっと、寝るね。おやすみレプリカ」
そう言ってベッドに倒れこむ。意識は簡単に闇の中に沈んでいった。