棚からチケット舞い落ちた
『和音、起きろ、和音』
「ううん……? れぷりか……?」
『ユーマが呼んでる』

 冬休みに入って、今年の終わりまであと数日。レプリカの声に目を開いて時計を見れば、七時になったばかりの朝一番だ。何をどうしてこんな時間に、とむにゃむにゃしていると、待ち兼ねたらしいレプリカが繋げるぞと分裂した。空閑君を真似たそれがぷかりと浮くと和音ちゃん? と声を出す。

「はーい……和音ちゃんでーす……」
『なんだ、ねぼすけなんだな』
「お休みなんだからいいんですー……」

 一応形式的に起きてはいるが、脳みそは半分以上寝ている。元々朝は弱いのであまり考えることもせず、突然どうしたのー、と間延びした声をかけた。

『映画とやらのチケットをもらったが、今日までしか使えないらしい』
「うーん……」
『年末とやらでオサムもチカも皆忙しいという』
「そうだろうねー」
『そしたら和音ちゃんが一緒に行ってくれると迅さんが教えてくれた』

 また随分しょうもないことを視てくれたようだな迅さん。確かに今日は暇だったけども。それは事実だけども。かといって朝一番に叩き起こされるのは回避したかった。

『場所がよくわからんから玉狛まできてくれるか?』
「いいともー……」
『今日の修行は十時でおしまいらしいから、よろしくな』

 そんじゃ、と用件を言うだけ言ってしゅるんと分身が消える。再び訪れた静寂の中、ゆっくりと最初から会話を繰り返し思い出す。映画、を、空閑君と二人で、見にいく……? なんだその都合のいい展開。夢か。夢だな。

「れぷりかー……」
『うむ』
「後二時間したら起こして……」

 私はそういってぽふりと布団に沈んだ。いい夢を見たなぁ、とそんな事を考えながら。



 ――しかし、残念ながら夢ではなかったのである。

「よ、遅かったな」
「……本当に待ってた……?」
「なんだ、おれはそう言ったぞ?」

 あの夢を終えて華麗な二度寝を決め込んだ後、ぴったり二時間で起こしてくれたレプリカに文句を垂れてどうにか起床した。なんで起こすのかと聞けば時間に間に合わないぞ、と言われ、なんの時間かと思い返して一瞬で頭が冴える。
 あれは夢じゃないのかと聞けばレプリカに呆れられ、結局慌しく支度を済ませて玉狛に向かう。気付けば十時を十分程過ぎた時間になってしまっていたが、空閑君は平気そうな顔で玉狛の団欒室で寛いで待っていた。

「和音ちゃんは朝弱いのか?」
「……急に起こされるとちょっとね……」
「ふむ、早く行こう。大画面大迫力で楽しむものだと聞いた」

 さぁ早く、と急かす空閑君は本当に楽しみにしているようで、どうせなら友達と楽しめたらよかったのになぁ、とそれを眺める。でもまぁ年の瀬じゃ普通は家庭の用事が立て込む時期だし仕方ない。

「じゃあ案内しましょうか」
「うむ、よろしく頼むぞ和音ちゃん」

 そうして空閑君との一日デートが実現してしまったのである。



「ふぉお……まだ耳がくわんくわんするぞ……」
「大きい音に慣れてないとそうなるかもね」

 とりあえず、まずはチケットを消化するべく映画館へ。どうやらそれは元々嵐山さんからもらったものらしい。嵐山さんが仕事でもらったものを小南に渡し、鞄の底から発掘したそれを見た空閑君の興味を惹いたとのこと。
 動物と一緒の家族愛を描いたその映画に涙腺を刺激されるも、隣の空閑君は映画館での臨場感溢れる音声に耳をやられていた。

「人の声があんなに大きいのは気持ち悪いな」
「最初はびっくりするけど、意外と慣れるよ」
「そうなのか? でも和音ちゃん泣いてたぞ?」
「それは音にびっくりしたとかじゃないからね……」

 なんと、潤んでいたのを見られていたのか。未だ不思議そうにする空閑君に一応映画に感動したのだと説明して、なるほどと満足気に頷いた空閑君はまたころりと表情を変える。

「なぁ、おなかすいた。何か食べよう」
「えぇ? ポップコーン食べたじゃない……」

 確かに時間的にはお昼に丁度いいが、映画館で色々つまんだはず。何味にするか迷ってオーソドックスに塩味とキャラメル味を選んだから、空閑君はにこにこしてしょっぱさとあまさとを十分に満喫していた筈だ。あいにく私もそれなりにつまんでいたからおなかぺこぺことまではいかない。

「和音ちゃんの食べたいものでいいぞ」
「うーん、じゃあサンドイッチでもいい?」

 いいぞ、との了承を得て私は空閑君を連れてチェーン店へ。この位の軽食ならいいかとお店に入れば、空閑君はまた目をきらきらと輝かせてショーケースを見ている。

「おぉ……これは……?」

 注文を始めると、空閑君が野菜やらドレッシングやら諸々尋ねてくるので、手短に説明してみるとアボカドに興味を示したらしく、最終的にそれを含めたサンドイッチを注文していた。いざ完成したそれをもって席に着いて見るとまじまじとサンドイッチを観察する。

「レイジさんのサンドイッチと違う……?」
「まぁ何を挟むかっていう違いかな?」

 食べてみて? と勧めると果敢にも大きな口でかぶりつく。味が好みじゃなかったりしないかな、と様子を眺めていると、咀嚼するうちに段々と目がキラキラと輝いて笑顔に変わっていく。

「しゃきしゃきした感覚とひとつひとつ違う味が、口の中であつまって完成していくうまさ……!」
「……何それ食レポ?」

 思わず漏れたツッコミはどうやら聞こえなかったようで、というか完全に味覚に集中して料理を楽しむのに夢中な様子。それはそれでよかったと私も自分の分を食べ始める。

(なんか、親戚の子供の面倒を見ている気分だ……。)

 内心一人そんな感想を抱きながら、逆に緊張しなくてよかった、とごくりサンドイッチを飲み込んだ。



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