「ふぅ……うまかった」
ずず、とジュースを吸い込んでから満足そうに告げる空閑君。互いのトレーの上には飲み物だけが残っていて、これが終わったらどうしようかと考えながら私も喉を潤す。
「いやー、紙のお金は凄いな。なんでも買える」
「紙のお金?」
「うむ、これ一枚で一日分のご飯が食べられるとは」
そういって空閑君はぺらりとお金を揺らした。その手に握られてるのは一万円札。
……え?
「……それで、一日分?」
「紙のお金のくせになかなか価値がある」
凄いな、とにこやかに笑顔を向ける空閑君だが、私は努めて冷静に計算とも言えない計算を始める。一万円で、一日分のご飯ということは、単純に一食に三千円もかけているということだろうか。でも今食べた量じゃ到底三千円には届かない。
「……普段、何回ご飯食べるの?」
「朝と、昼と、おやつと、夕飯と、夜」
「……二千円……」
一日五食なのはこの際その人の生活リズムがあるからおいておいて、それにしても一食に二千円とはこれいかに。あれ、レプリカってご飯食べるのかな? 食べないよね?
「もしかして最近、ご飯外食なの?」
「うむ、年の瀬とやらで皆忙しそうだからな」
確かに、年末になると住込み組も帰省しはじめる。任務時には支部にくるとは言え、人数の少ない玉狛。空閑君も自宅で生活、食事をしているということだろうか。いやそうであってもその金銭感覚って大丈夫なのか……?
「なんだ? どうかしたか?」
「……空閑君の将来が少し心配になっただけ……」
勿論こちらの常識を当てはめるわけにはいかないのだけど、それにしたって全世界共通のものってあると思うんだ。生き残る術はお父さんが教えたってレプリカが言ってたけど、
「お金の使い方はお父さんに教えてもらわなかったの?」
「うん? 必要なときに使うものだって」
「……あぁ、男の人ってそんな感じだよね……」
なんだか脱力してしまう。なんだろうこれ。一万円って少なくとも空閑君の年じゃ結構な大金のはず。どこかのクラスメイトも割りと金銭感覚緩めだから見慣れてはいるけど、でも一万を一日で使ってしまったらお金はいくらあっても足りないんじゃ?
「レプリカ」
『うむ、どうした』
「空閑君にはお小遣い帳をつけさせた方がいいんじゃないの?」
『ユーマは数字を扱うのは苦手だ』
「いやいや生活するのに必須スキルだと思うよ……」
耳元で私の髪に紛れたレプリカとひそひそと会話をしていると、空閑君もおこずかいちょう? と不思議そうにそれを聞いている。今後ボーダーに入隊すれば防衛任務で賃金も発生する。早いうちから物価と言うか金銭感覚は身につけておいて損はないだろう。
「なんだ? それは」
「お金をいくら使ったか書いておくの」
「えぇ……面倒そうだな、それ」
「今の金銭感覚じゃあっという間にお金なくなっちゃうよ……」
無くなったらまた稼げばいいだろ? と首を傾げる空閑君。確かにそれは事実だ。稼げばお金は手に入る。だけどそれを有意義に使うことだって大切な事だ。
「自炊は……まぁ無理だろうけど」
「じすい?」
「自分で料理を作って食べること」
「和音ちゃんはできるのか?」
「最低限の自活能力はあるつもりだよ」
なんだかんだ母子家庭だと自然と家事を手伝うようになる。基本的な炊事洗濯掃除なんかはそれなりに仕込まれているつもりだ。と、そんな事を告げたら突如空閑君の目がきらきらと輝きだした。
「おれ和音ちゃんの作ったご飯食べたい」
「はい?」
「なぁ今日の夕飯作ってくれ」
空閑君のその眩しい視線にぐ、と屈服しそうになるが一旦耐える。そういうのはレイジさんとか玉狛でお願いしたらと言うと、空閑君は途端にしょぼんとまるでわんこが耳を垂らしているように落ち込んだ。な、なんで食事に関してはこんなに感情豊かなんだ?
「……最近外食ばかりで気付いたんだ」
「……何に?」
「人が作るご飯はとてもうまいということに……!」
ぐ、と拳を握って力説する空閑君。そして最近外食ばかりの理由が玉狛食堂の休業なのだ。少しだけ空閑君が可哀想だしそのくらいやってあげても、と思う自分と、いやそんな期待に応えられるようなものは作れないからやめたらという自分。
「……私のが美味しいかは別じゃない?」
「へたなのか?」
「……人並みくらい、かな」
「じゃあつくってくれ」
な、ときらきらした目で小首を傾げられたら私に逃げ場はない。しょうがなく頷けば空閑君はにこりと満面の笑みを浮かべて、よろしくな! と元気な声を出す。
「……その代わり」
「ん?」
「お小遣い帳、チャレンジしてみない?」
えぇ、と嫌そうな顔が帰ってくるが天秤は易々と傾いたらしい。渋々とわかった、と告げる空閑君を見てレプリカが耳元で囁く。
『よければ一緒に宿題も教えてやってくれないか』
「へ?」
『冬休みの課題とやらが終わっていない』
「……普段本当に修行しかやってないのね……」
仕方ない、とそれも一挙に引き受ければレプリカは安堵したように唸る。一方の空閑君は予想外の出来事にぷぅと頬を膨らませているが、どうせ夕飯までは時間があるのだからと言い含めて黙らせる。そういうのが面倒と思うあたりは年相応の男の子に見えるな、なんて。
なんだか空閑君を見ているととてもこう、庇護欲が擽られるというか、私が面倒見てあげないと、という気持ちになってしまうのだ。どうしてだろうか考えながらストローに口をつけると、和音ちゃんもオサムみたいに面倒見の鬼なのか? と尋ねられる。
……三雲君の気持ちが少しだけわかった気がした。