「和音ちゃん、まだか?」
「まだだよー」
空閑君は手持ち無沙汰なようでひょこひょこと私の後ろをついて回る。所変わって我が家にとうとう空閑君を招きいれてしまった今、私は空閑君の注目を浴びながら今日の夕飯を作っているところだ。
「空閑君は終わったの?」
「言われたぶんはやったぞ」
そういって空閑君は変わらず私の後ろをついて歩く。今日の夕飯のメニューは空閑君がお米を食べたいと言ったので、悩んだ結果親子丼と豚汁を作ることにした。
最近外食が多いらしいから少しでも野菜を取れるように豚汁と、親子丼は単純に私が好きだからだ。お肉が多めなのは育ち盛りの男の子だから。
「玉狛でも皆料理してるでしょ?」
「うん。でもなんかちょっと違う」
なんだろう、と言いながら空閑君は不思議そうに私を見る。玉狛はそうは言ってもそれなりの人数分を作るし、単純に分量の問題じゃないかと聞けばそうか? と首を傾げる空閑君。自宅だからとレプリカもふよふよと浮いて私達を見守っている。
『ユーマ、あまり近づくと和音の邪魔になるぞ』
「うん。わかってる」
そう言いながらも動く気配はなくて、何と言うか親の餌を待つ雛鳥みたいだな、と段々可愛くなってきた。ゆっくりと包丁を引いて鶏肉を切って下ごしらえを始める。丁度くつくつと鍋も煮立ってきたし順調だ。
「和音ちゃんは面白いな」
「んー? 何が?」
「女の子だったり、おねーさんだったり、今はおかーさんみたいだ」
くりくりと真ん丸な赤い瞳が私を見つめる。それはどう受け取るべきかと少し考えていると、嫌だったか? と空閑君は私の表情を伺っている。
「ううん、そうじゃないけど」
「けど?」
「……喜んでいいのかな、と思って」
思わず笑ってしまうと空閑君はううむ、とまた首を捻る。どうやら空閑君も何やら持て余しているようで、適切な言葉が見つからないのかしばし悶々と黙ってしまった。私はその隙にまた調理を進める。
するとわかった、とぽつり空閑君が呟いた。
「優しい感じがして、落ち着く」
「……それは、嬉しいな」
「そうか」
私の返事を聞いてにっこりと満面の笑顔を浮かべる空閑君。さっきまではまるで弟の面倒を見ているかのような気分だったのに、その笑顔で一瞬にして私の心臓は飛び跳ねてしまうのだ。なんとも忙しなく、感情が振り回されてしまう。
「なぁ、まだか?」
「はいはい、もう少しね」
あっという間にまた弟みたいな顔にもどった空閑君の催促に手を急がせる。味見はしたものの口に合うかと不安になったので空閑君にも味見を頼めば、一口煽った後にすぐに満面の笑みでおいしい、と告げてくれたのだ。
私もそれを聞いて安心して完成した料理とご飯をよそう。一通り揃えて机に並べれば空閑君もきらきらの笑顔で席に着いた。互いに向かい合って座って手をあわせる。
「「いただきます」」
そう言うが早いか空閑君は次々とご飯を口へ運んでいく。頬一杯に詰め込んだそれをもぐもぐと咀嚼して飲み込むと、開口一番おいしいぞ! との感想を頂いた。
その屈託の無い笑顔がまた嬉しくて、私も自宅にも関わらず誰かと一緒にする食事の美味しさを噛み締める。自宅で誰かと食卓を囲むのは何年ぶりだろうか。
「落ち着いて食べないと、喉に詰まるよ」
「日本人は皆料理がうまいな!」
「みんな、かはわからないけどね……」
空閑君は結局最初の勢いのままぺろりと平らげてしまって、少し余っていた分まで綺麗に食べてくれた。私としても作ったものをここまで綺麗に食べてもらえるのは嬉しい。そうして後片付けをしようと席を立ったら待った、と止められる。
「片付けはおれもできるぞ!」
「え?」
「レイジさんが働かざるもの食うべからずと言っていた」
だからおれがやる、と言って空閑君は食器を流しへもっていく。レイジさんのその言い分も中々お母さんらしいな。そう思っていたら空閑君は静かに食器を洗い始めた。
カチャカチャとした音を響かせて空閑君は食器を丁寧に洗ってくれる。私はそんな背中をぼうっとみていた。こうして誰かがキッチンに立っている背中をまじまじ見るのは久しぶりだ。淡々と食器を洗って流し、食器干しに立てかけていく姿を見ると、全然違うはずなのに何故だかお母さんの背中を思い出した。
――誰かが家にいる、安心感。
一人じゃないというのはこんなにも温かいものなんだな、と思う。慣れてしまえば一人の生活はとても気楽なものだ。何もかもが自分の自由に、自分のタイミングで出来るのだから。
だけど、一人の生活は自由すぎる。自由であればあるほどたまに不自由が恋しくなってしまうのは、なんとも矛盾した感情だなとも思うのだけど。
二人分の食器はあっという間に洗い終わったらしくて、和音ちゃん? と呼ばれた声にはっと意識を戻した。空閑君はぼうっとしていた私をみてどうした? と首を傾げる。
「キッチンに立ってる人は皆お母さんに見えるのかもね」
「だからか?」
「何が?」
「なんだか寂しそうな顔してたぞ」
言い当てられてどきりとする。普通ならそんなことないよって言えるのに、空閑君の紅い瞳に見つめられるとどうしてか、本音が零れ落ちてしまう。
「一人はやっぱり寂しかったのかもねぇ」
「ひとり?」
「お母さんが死んじゃって、監視が解かれたあとは、ボーダーの保障を受けて一人暮らしだったからさ」
だから、と言葉を続けようとしてやめる。何度も寂しいと口にしてしまうとそれに気持ちが引きずられそうだったから。私は緩く首を振って食器洗ってくれてありがとう、と告げる。空閑君は少し納得していないようだったけどそれに頷いた。そうしてもう遅いからと告げようとした私の言葉は空閑君に遮られる。
「そういえばさ」
「うん?」
「おれ、和音ちゃんに話してみたいことがあったんだ」
だから、といって言葉を区切った後、少し表情を和らげて私に笑いかける。
「もう少しいてもいい?」
断る理由も見つからなくて、私はそれに静かに頷く。どうやらまだ一人にはならなくて済みそうだ。