君の過去を預かる選択を
「はい、ココアどうぞ」
「ありがとう」

 食後の一服は空閑君のリクエストでココアだ。空閑君は思いの外甘い物が好きらしい。男の子でそういうのは珍しいなとカップを煽る空閑君を眺めていると、カップを口から離した空閑君と視線がかちあう。

「和音ちゃんはよくおれのこと見てるな」
「……そうだね」

 確かにこうしてぼうっと空閑君をよく見てしまう。そしてその度に視線があっている気がする。自分ではその理由を認めたくなくて頷くだけに留めると、空閑君はそれに何も言わず同じようにぼうっと私を見る。

「和音ちゃんはさ、おれのこと変だって思わないの?」
「……なんで?」

 突然の問いに首を傾げれば、空閑君は私を見つめたまま。その瞳の意図が読めなくて少し困っていると、空閑君はゆったりと静かに話しはじめた。

「初めて会った時、おれがネイバーだってわかってたのに敵じゃないって信じた」

 言われて、あの夜のことを思い出す。関係ないよと言い切った空閑君としばし睨み合っていた後、奴らとは違うな、と確信したから換装を解いたのだった。今思えばあの時から私の取引だって空閑君は信じてくれてたんだな。

「おれが何を聞いても嫌な顔しないしウソもつかない」

 変だというなら空閑君も余程変だ。私の話を聞いて嘘じゃないと確信を持っている。その自信はどこから来るのか少し不思議だ。

「おれのことには踏み込まないくせに、自分のことは簡単に話したりして」

 だってそれまで空閑君はずっと私を信じてくれたじゃないか。空閑君は私の曖昧な言葉から本当を見つけてくれる。そういう空閑君だから、誤魔化す必要もなくて素直になれる。

「……この前の夜も、おれがウソだって言ったのを信じた」

 あの時奴らの狙いは私のトリガーだという話を聞いて、空閑君はウソだと言った。私はただ当たり前のようにそれを信じた。それを聞いてようやく、どうしてウソだとわかったんだろうと疑問が浮かぶ。

「和音ちゃんはおれのこと何も聞かない。なのにおれのことを信じるの、変だって思わないのか?」
 
 空閑君はそういって口を閉じる。私を黙って見つめるその表情は、いつもの答えを待っている顔だ。

「……一番初めは勘なんだけど」

 零れた言葉に空閑君は思いっきり眉根を寄せて怪訝な表情になってしまう。その真っ直ぐさがなんだか面白くて、つい吹き出してしまった。

「私の勘は迅さんのお墨付きなんだけどな」
「サイドエフェクトなの?」
「いいや? ただ悪い結果になったことがないってだけ」

 ふーんと未だ怪訝そうな色を残したまま空閑君は頷いた。納得がいってないのは目に見えてわかったから、だけどと言葉を続ける。眉根を寄せた空閑君が私を伺うように瞳の奥を覗きこむ。

「敵か味方かわからない私の取引を、先に信じてくれたのは空閑君だよ」

 この答えじゃ不満かなぁと空閑君の様子を伺っていると、驚いたようにくるりと丸まった瞳が柔らかく細められた。

「和音ちゃんの思い通りってことか」

 それは私に向けてというより呟くように落とされた言葉だった。何が、と聞く間もなく空閑君はゆるく首を振る。何でもないとか、もうこの話は終わりだとかそういうニュアンスで。だから私も話題を変えようとして、さっき浮かんだ疑問をそのまま尋ねる。

「ねぇ、聞いてもいいの?」
「うん?」
「あの夜、どうしてウソだってわかったの?」
 
 空閑君はその問いを聞いてサイドエフェクト、と呟く。

「ウソを見抜くサイドエフェクトだよ」

 与えられた答えにようやく全てが繋がったのを感じた。空閑君が確信を持って私を信じてくれる理由がそこにあったのだ、と。

「なるほど、凄いね」
「元々は親父のサイドエフェクトだったんだ」

 空閑君はそう言ってちらりと左手に視線をやった。それを追ってみれば、人差し指には黒い指輪。

「これは、おれの親父が作ったブラックトリガーなんだ」

 黙ってその続きを待っていればその視線に気付いたのか、空閑君は少し黙った後で、またゆったりと口を開く。

 ――おれは、物心ついた時から親父と旅をしていた。
 
 そんな前置きから空閑君は淡々と昔話を始めた。
 空閑君はずっとお父さんとレプリカと三人でネイバーを旅していたこと、四年前、お父さんの昔の知り合いを手伝って戦争に参加していたこと。その時に空閑君が言いつけを破って参戦しようとして敵襲にあったこと。死にかけた自分をお父さんがブラックトリガーを作る事で助けてくれたこと。
 トリガーの中に死にかけの自分の身体が封印されていること。
 その後三年間戦争が終結するまでトリガーを駆使して戦ったこと。お父さんに言われていた通り、日本へ来たこと。

 一度に告げられた空閑君の過去はあまりにも過酷なもので、私は知らず知らずの内に表情をゆがめていた。そんな私の顔をみてふ、と空閑君は笑う。

「和音ちゃん、おれに寝ないのかって言ったけど」
「うん」
「トリオン体になってから眠らなくてよくなったんだ」

 背も、死にかけた十一歳から変わって無いよ、と告げられる。私は唐突に告げられた空閑君の真実に呆然としてしまって、後になって考えれば最低な言葉を空閑君に吐いた。

「今、空閑君はここにいるよね?」

 なんでそんなことをわざわざ聞いたのか自分でもわからない。だって今ここにいるから、私は空閑君と話をしているというのに。だけど空閑君は私のその戸惑いを理解してくれたようで、変わらず優しい笑顔を浮かべて空閑君はそれを肯定する。

「いるよ。今は」

 付け足された言葉にどぐりと心臓が嫌な音を立てるけど、今はそれ以上言及するのが怖くなって首を緩く振った。
 そんな私を眺めながらやっぱり、空閑君は優しく笑う。こういう時の空閑君はとても大人びた綺麗な笑顔だ。普段の屈託の無い満面の笑顔が太陽なら、今の空閑君の笑顔は静かに輝く月みたいに笑ってる。

「……どうして話してくれたの?」
「和音ちゃんがどう思うか気になったから」

 空閑君はそう言い切ると静かな表情でほぅ、と息を吐く。話し疲れただろうかと空になっていたマグカップを手に取って、私は改めてココアを淹れる為に牛乳を温め始めた。

「ごめんね」
「……なにが?」
「私が話したから空閑君も、みたいなプレッシャーがあったのかなって」

 空閑君には背中を向けたままそう告げれば違うよ、と返ってくる。じゃあ何故かと振り向いて表情を伺えば、表情は笑顔のままなのに、僅かに顔を歪めた空閑君が私を見ていた。

「……おれが、そうしないとダメだって思ったんだ」

 どうして、と聞きそうになって口が開いたけど、牛乳が沸騰している音が聞こえて慌ててそちらへ向き直る。温めた牛乳にココアを溶かしながらタイミングを失った疑問を、今は心の内に留めておこうと決める。

「空閑君」
「なんだ?」

 だから私は言葉を決めて口を開いた。

「……話してくれてありがとう」

 空閑君は少し悲しそうに笑って応えた。その理由も聞けないまま私は静かにココアを差し出す。
 ゆっくりと段々夜が更けていく中、最後の一杯を飲み終えた空閑君は帰って行った。



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