夜の戦闘区域を横断しよう
 今日も今日とてボーダー本部。三日目だか四日目だか面倒で数えてないけれど、再び開発局にてトリオン量計測中の私です。

 普段ならこんな頻繁に本部まで足を運ぶ必要はないのだけど、私の場合は城戸司令との取り決めがあるのでそれに従う必要はある。ひとつ、ブラックトリガーの使用後は必ず鬼怒田さんの計測を受けること。それに伴って鬼怒田さんには、状況を判断し私に計測を強制する権限がある。

 ここ最近の計測値はかなり不安定だと鬼怒田さんは零していた。それを心配しているから毎日現状確認と記録をしてくれているのだ。かといって私の意思では計測値はどうすることもできないし、毎日拘束される時間があるというのは正直萎えてくる。

 せめて少しでも時間を有効に使おうと今日もラウンジで課題との睨み合いだ。小休止にまた本部をうろつこうかとテキストから目を離すと、聞こえたのは警告音。聞きなれたゲート発生音は、どうやら遠征部隊の帰還のもののようだ。

『遠征艇が着艇します――』

 聞こえたアナウンスの間の悪さに、自然と溜息が漏れた。鬼怒田さんは恐らく遠征部隊の出迎えの後はそのまま報告会議に出席する。会議は場合によっては長引くし、上層部の打ち合わせが諸々あると聞いた。報告を受けて開発局に戻るタイミングで鬼怒田さんに会えないと、新トリガーの解析が始まって他への対応がなおざりになる。これはもしかして、今日はすぐには帰れないかもしれない。

 私の嫌な予感は結局あたってしまい、計測完了音が鳴った頃には鬼怒田さんは研究室に篭ってしまっていた。技術流出を防ぐ為に研究室はかなり厳重に出入、通信管理がなされている。休憩に現れた鬼怒田さんをようやく捕まえて機器を外してもらう頃には、とっぷりと夜も更けた後だったのだ。


§


「あぁもうお腹空いたなー」

 とぼとぼと暗闇の中警戒区域を横切っていく。お腹が空いたけど本部の食堂だと心休まらないし、かといって今更帰ってご飯を作る気にもなれない。ならば久々に玉狛支部へ行こうと思い立って向かう道すがら、突如遠くから爆発音が響いて思わず足を止めた。

「……戦闘?」

 耳を澄ませば間違いなく戦闘音が今から向かう方角で響いている。だけどトリオン兵の気配が無くて敵が何者かわからない。念のため換装を済ませてレーダーを起動してみると、ボーダー隊員が幾人も探知に引っかかった。

「……え、なんで……?」

 迅さん、嵐山隊、太刀川隊、風間隊が表示されたそれを眺めて考える。だけどこの動きは明らかに両者で争っているようにしか見えない。一体何事かと思えばぴぴ、と通信を知らせる音が耳元で鳴った。

『よう、和音。夜の散歩は危ないぞ?』

 どうやら迅さんが、私の探知に一早く気付いたらしい。むしろ私がここを通りすがることが視えていたのかもしれない。

『玉狛行こうと思ってたんですけど、何事ですか』
『ちょっと今揉めてるんだよ』

 隊員同士の争いって規則上マズイんじゃなかったっけ? と、争いのメンバーをもう一度眺めて状況を察する。城戸派と忍田派、玉狛支部の各隊で争っているこの図。脳内にちらりとあのネイバー少年の姿が浮かんだ。

『お前がそのままこっち来たら色々マズイから、換装解いてからにしてくれ。』
『……玉狛には行っていいんですか?』
『あぁ、会わせたかったから丁度いい』

 誰にと言わないのは迅さんはもう何かを視たのだろうか。おそらくあの不思議な少年は今、玉狛支部に居る気がする。

『じゃ、通信切るぞ。巻き込まれるなよ』
『了解』

 通信を切ってすぐに換装を解いた。私は彼らの争いに関わるつもりはないという意思表示だ。少し遠回りになるが仕方ないと、私は玉狛への迂回路を急いだ。


§


「……こんばんはー」

 薄暗い玄関を開けておずおずと声をかけるが応答はない。ほとんどのメンバーが帰宅してしまっただろう時間だから、それも当然か。だけど迅さんがああ言うなら誰かが居るのは間違いない、はず。団欒室へと足を向けてノックしてみれば、聞きなれた声が応えてくれた。

「はい?」
「あぁよかった、栞いたんだ!」
「あれ? 和音こんな時間に来たの?」

 友人が居た事に安堵して栞に慌しく駆け寄ったその先。向かいのソファーには見慣れない眼鏡の少年と、予想に違わないあの夜の少年が一同に会していた。

「まさかご飯食べにきたの? こんな時間に?」
「おなか空いたよー、助けて栞さま!」
「はいはい、じゃあその前に紹介するね」

 栞がくるりと身体を翻して少年二人に向き直る。私も改めて体を向ければ、栞は私を指してにこりと笑った。

「本部所属のB級ソロプレイヤー水沢和音17歳だよ」
「初めまして」

 笑って挨拶すれば眼鏡少年は困惑した表情のままはじめましてと口を開き、ネイバー少年は目を細めて可愛く唇を尖らせるとふむ、と満足気に頷く。

「こっちは今度玉狛で部隊を組む事になった三雲修君15歳と」
「空閑遊真15歳です、よろしくおねーさん」

 同い年とは思えない目の前の凸凹コンビに面くらいながらも、あの夜と同じく“おねーさん”と呼びかけた少年の表情を伺う。にたりと浮かべられた笑みは確信を持って私を見ていて、静かに笑顔を返してから、二人ともよろしくねと答えた。

「じゃあ私は和音のご飯用意してくるから」
「やったー! よろしく!」

 台所へ向かう栞を見送って、代わりに私がソファーに腰を下ろす。目の前に置かれたマカロンが私を誘惑するけど夕飯前は我慢しないと。そんな私を見て、空閑君はきらりと紅い目を瞬かせて口を開いた。

「なぁ、和音ちゃん」

 自己紹介をした事で、おねーさんから呼び方を変えることにしたらしい。ちゃん付けで呼ばれるのは少し擽ったいけど、まぁいいか。気にせずにどうしたの? と尋ねればさっきの、と話を切り出した。

「B級ソロプレイヤーってなんだ?」

 首を傾げて疑問を投げる空閑君に対して、いつもどおりの回答をする。B級に昇格してからそろそろ一年程度は経つけども、隊に所属することなくずっとソロで戦っているのだと。規律上A級に上がるには部隊でのランク戦を勝ち上がる必要がある。だから私はずっとB級なんだと説明すれば、三雲君も不思議そうに首を捻った。

「どうして、部隊に入らないんですか?」
「使えない隊員だからだよ」

 その回答じゃ納得は行かなかったようだけど三雲君の生返事を聞き流す。それより、と強制的に話題を変えて栞が戻ってくるのを待つことにした。
 会話の最中もずっと様子を伺うような赤い視線を感じながら。


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