栞が用意してくれた夕飯をつまみつつ、玉狛に新人なんてビッグニュースだねーと話題の中心を彼らに向ける。聞けば、彼らは遠征を目的として部隊を組んだというのだから驚きだ。理由を尋ねるべきか躊躇っていると、ガチャリと扉が開く音。
「迅さん、おかえり〜」
目ざとい栞が一番に間延びした挨拶を投げれば、おつかれさまです、という三雲君の声もそれに続く。疲れたようにふぃーす、と返答する迅さんは私に気付いてにかりと笑った。
「和音、来たな」
へらりとした笑顔を浮かべて机上のマカロンに手を伸ばす迅さん。その言い回しに合わせて夕飯ご馳走になりました、と返す。
「最近いなかったけどどうしてたの?」
もぎゅもぎゅと頬にマカロンを詰め込みながら尋ねる空閑君に、口癖のように実力派エリートを強調して答える迅さん。玉狛事情のやりとりをお茶を啜って眺めていると、迅さんに一瞬ちらりと鋭い視線を投げられてどきりとする。
「おいで和音」
ひょいひょいと手招きされて首を傾げるが、私の返事を待たずにおやすみーと部屋を出て行く。
事情がありそうだと、私もちょっと行ってくるね、と席を立った。
§
「はー、疲れた」
ベッドに勢いよく腰を落とす迅さんを眺めながら、私は後ろ手で部屋の扉を閉めた。そのまま寄りかかって廊下に人の気配が無い事を確認しながら口を開く。
「お疲れ様です。ねぇ迅さん」
んー、と間延びした声とはうってかわって瞳は鋭く私を刺す。この部屋に来るまでに迅さんの後ろを付いて歩いて気付いた違和感がひとつ。
「風刃、どうしたんですか」
あれも迅さんにとって大事な形見だったはずなのに。ふぅ、と静かに落ちる吐息の音が室内に響いた。そうしてひそやかな声で本部に渡した、と告げられる。
「……どうしてですか?」
「城戸さんが遊真の入隊を渋ったからさ」
事情はわからないけど空閑君と三雲君は玉狛でチームを組むと言っていた。そうでなくてもネイバーという時点で上層部はかなり問題視しただろうし、ブラックトリガーが二つ玉狛にあるというのは城戸司令が許可しなかったのか。
……だけど、じゃあ迅さんはどうして空閑君を認めて自分のトリガーを手放したんだろう。
「悪いな、その分お前にも働いてもらうぞ」
その言葉が示すのはきっと今後起こり得るだろう未来の話だ。未だ不確定要素が多いとはいえ、遠からず大規模侵攻が起こると予測されている。それを裏付けるかのように最近はボーダー内部も騒がしい。ゆっくりと歯車が回り始めているような、そんな感覚だ。
「B級ソロプレイヤーもそろそろ卒業だな」
伺うように首を傾げると同時に、さらりと長い前髪が迅さんの頬を流れて揺れる。首にかけられたいつものゴーグルが月光を受けてきらりと光った。
「……大丈夫だと、思いますか?」
ぽつり、思わず零れたのはここ数日の計測結果からくる不安だった。過去の実例を思い出せば、決していい結果にならないことは火を見るより明らか。そんな状態で私はこのトリガーを使えるだろうか。
「……その鍵も多分、遊真にある」
落とされた言葉にいよいよ迅さんの瞳を見つめ返す。その優しい瞳の中には私を案じる色が宿っていて、この人はそこまでも視たうえで取引に風刃を差し出したのだと悟る。
「和音の未来は読み逃すことが多いから難しいけど、遊真はお前にとって悪くない仲間だと思うよ」
だから、大丈夫。と力強い声が私の鼓膜を揺らす。それはゆっくりと身体に染みて安心感に変わっていった。
「さて、おれはもう寝るよ」
「アドバイスはそれだけですか?」
おどけてみせれば迅さんはにこりとまた笑う。ゆったりと首元のゴーグルを外して寝る支度を始めながら、迅さんはやっぱり力強く答えるのだ。
「お前の勘を、おれは信頼してるよ」
そんなことを言うものだから、私もこれ以上尋ねる事はない。おやすみなさい、と言って背中の扉に手をかければ、優しいおやすみが返って来た。
「……空閑君、まだいたの?」
時計はそろそろ日付を跨ごうとしている。そんな夜更けにも関わらず荷物を残していた団欒室に戻れば、そこにはゆったりと寛ぐ空閑君がソファにかけていた。
「和音ちゃん、迅さんの恋人?」
「違うよ。強いて言えば同類かな」
そういう質問を直球で投げてくるなんて空閑君は大物だな。物怖じせずにあっけらかんと爆弾を落としていくその様は、他人のテリトリーに土足で踏み入るような豪気さを感じる。
ただその素直さはどちらかと言えば好きな部類だ。変に探られたり疑われたりするのはこちらの精神が磨り減るから。
「じゃあ、一緒に帰ろうよ」
そろそろ帰らないと、と声をかけようとしたのを見越してか、先手を打ったのは空閑君だった。なるほど、空閑君はきっとその為に私を待っていたのか。
「いいよ、帰ろうか」
私が荷物を手に持てば空閑君もすっくと立ち上がる。そうして二人並んで玉狛支部を後にした。玄関を開ければすっかりと月も高く昇っていて、灯りのない道は薄暗く静かだ。
私がいつもどおりの道へと足を向ければ、同じ方向に家があるのか、はたまた私に合わせているのか、空閑君も静かに私に寄り添って道を進む。
「ねぇ空閑君」
「ん?」
「ネイバーもブラックトリガーもばれちゃった?」
「まぁな」
あっけらかんと答える空閑君はふぅ、と小さく息を吐いてから、こっちの世界は面倒が多いなぁと拗ねたように呟いた。確かに城戸司令のようなネイバー嫌いを相手にこの世界で生きるには、なかなか面倒だろうなと少し同情する。
「迅さんは和音ちゃんのトリガーのこと知ってるの?」
その問いに肯定すれば、なるほどそれでみっかいを……と似合わない言葉が飛び出てくる。密会なんて誰に聞いたの? と聞けば栞ちゃん、と返された。栞は中学生相手に何の話をしているんだ……。
「和音ちゃんは部隊を組みたいわけじゃないなら、どうしてブラックトリガー使ってS級にならないんだ?」
きょとんとしながら核心を突く質問を投げるとは、やっぱり大物だ。少しばかり現実逃避しながらも空閑君を見つめればん? と傾げられた首。あざといその仕草は価値をわかっててしているのだろうか。しかし何かを企んだり疑ったりという色の一切ない、透明な疑問の色。不思議と少しくらいなら話してもいいかな、という気持ちになってしまう。
「使うのが怖いんだよね。だけど私にしか使えないから」
「そうなのか?」
「うん。だから、いざという時には使うけど、普段はボーダーのトリガーを使う事を司令に許してもらってるの」
空閑君はなるほど、と呟いてから考えるような仕草を見せる。どうやらトリガーの能力を聞いてくるような事はしないらしい。どんなトリガーか聞かないの? と尋ねれば、空閑君は強気の笑みを浮かべた。
「それは和音ちゃんと戦える時までとっとく」
屈託の無い楽しそうな笑顔で答える空閑君。空閑君も意外と戦闘狂タイプなのかなと思いつつ、その笑顔に見惚れていればあ、と空閑君が小さな声をあげた。
「もうひとつ聞いてもいい?」
「うん、何?」
「あの夜、何と戦ってたんだ?」
その問いに、私は一拍置いてから笑顔を返す。
「それはまだ秘密かな」
「そうか」
空閑君はあっけらかんと一度頷いて理解を示した。食い下がるかと思ったのに意外だと空閑くんの表情を伺えば、やっぱり可愛い笑顔でこう答えるのだ。
「おれは素直な奴は好きだぞ」
答えになっているかわからない返答に今度はこちらが面食らう。呆然としているうちに空閑君の中では何かが完結したようで、明日は玉狛に来るか? と新しい問いを投げられた。動揺しながら行こうかな、と返せばじゃあまた明日、と手をひらりと振られる。
そのまま空閑君は自分の家に向かうのか途中の脇道へ消えて行った。
「……びっくりしたぁ」
疑問も警戒もまっすぐにぶつけてくる空閑君は、どうやら好意も真っ直ぐに伝える性質のようだ。今日は結局夜遅くて栞と迅さん以外誰にも会えなかったし、宣言した通り玉狛に遊びに行こうと改めて明日を思う。
――遊真はお前にとって悪くない仲間だと思うよ。
今まで会った誰とも違う不思議な感覚。こちらの事情を悟っているわけではないと思うけど、距離感が絶妙だ。必要以上に干渉せず、だけど気付けばするりと眼前に立っている。そして不思議と、私もそれに対して嫌悪感を抱いていないのだ。
(……変な感じ。)
言葉ではそう表してもそれをマズイと思っていないのが問題だ。相反する感情をもてあましながら私も帰路を急いだ。