数日後、大規模侵攻対策会議が行われる日。迅さんにはとりあえず本部に居てくれと頼まれて、私はその指示の通り本部のラウンジで時間を潰していた。
慣れたもので、いつもの通り課題を出して片付ける傍ら、ふぅと一息ついて辺りを見回せば訓練生で賑わっている。新規入隊日を過ぎたから多くの新人がここを利用しているという事だろう。人が多いのは落ち着かないなと課題を済ませていると、突然ラウンジ内の空気がざわめいた。
何事かと注意していると遠くの訓練生の軍団がぞろぞろと立ち上がり、それに興味をもったらしい付近の訓練生も揃って移動していく。気付けばあっという間にラウンジ内の人口密度が減ってしまった。向かった方向には何があったかと考えてふと、ランク戦ロビーが浮かぶ。
「……嫌な予感がするなぁ」
ぽそりと零れてしまった言葉に自分で驚きながらも、この勘は当たりそうだともう一度課題に向き直る。もう少しで終わるそれを片付けてからランク戦に向かうことにしよう。
――と、思い立ってようやくランク戦ロビーへとたどり着いた今。
大勢の訓練生が集合している賑やかな入り口で立ちすくんでいると、おーい、と誰かに呼ばれて声の主を探せばそこには米屋君が居た。
「米屋君、これ何事?」
「緑川がメガネボーイとランク戦して、今度は白チビとランク戦するトコ」
メガネボーイと白チビの呼び名に首を傾げると影から水沢先輩? との声が。ひょいと顔を出した三雲君に成程メガネボーイと状況を理解する。近くには雷神丸に跨った陽太郎も居て余計に注目を浴びているようだ。
「こんにちは。じゃあ白チビって空閑君ね?」
「あれ、水沢知ってるのか?」
「ここ最近玉狛に遊びにいくことが多かったから」
なるほど、と納得する米屋君の後ろできょとりと状況を理解していなさそうな三雲君。お二人は知り合いなんですか? と尋ねられたのでクラスメイトなんだと返す。立ち話もなんだからと揃って近くのソファーへと腰掛けた。
「というか、なんで緑川君が空閑君とランク戦?」
「どうも緑川がメガネボーイに舐めた口聞くのに怒ったっぽいな」
米屋君が冷静に状況を解説してくれる後ろで陽太郎が、ゆうまはおさむの敵をとるために戦うんだ! と騒いでいる。準備が出来たのか大画面には空閑君と緑川君が取り上げられ、早速一戦目が始まった。
「っ!?」
「ゆうま!」
息を詰める三雲君と、騒ぐ陽太郎。成程二人は空閑君がやられる所を見慣れてないのだろうか。小南との修行風景を見ていたからその点はあまり気にならなかったが、空閑君の身のこなしの方がいつもと違ってぎこちない、変な動きだ。
「そういえば米屋君、この前の負けたーって空閑君のこと?」
「おっよくわかったじゃん。その通り」
それだけ言葉を交わしてまた黙る。騒いでいる二人とは対照的に薄ら笑いを浮かべて画面を見つめる米屋君。その表情だけじゃ考えは読み取れないけど、多分似たような考えだろうなと感じた。すぐに始まった二戦目も緑川君がとって既に二本先取されている空閑君。
「けっこう経験の差があんなー」
「ゆうまもミドリカワに負けるっていうのか!」
陽太郎は余程悔しいらしくぎゃいぎゃいと米屋君に抗議するが、当人はそれを軽くいなして逆、と目はディスプレイから離さずに告げる。
「見てな。そろそろ勝つぞ」
確信を持った言葉が告げられたその後。三戦目の開始の合図早々に緑川君は空閑君に飛びかかる。しかし空閑君はそれを最小限の動きでかわして右腕でスコーピオンを受け止めると、最短の動きで振るったスコーピオンが正確に緑川君のトリオン器官を貫いた。
「捕まえた。もう負けはねーな」
呟く米屋君の言葉にいまだ理解が追いついていないらしい三雲君と陽太郎。次々と軽快に緑川君を捌いていく動きはいつもの空閑君のものだ。米屋君が二人に解説をしている間もどんどんと勝負が決まっていき、最終的には八本取った空閑君が勝利を収めた。それを見届けると三雲君と陽太郎は席を立ってブースへと駆け寄っていく。
「空閑君と四対一は楽しかった?」
「いやー、後で聞いたら手抜いてたらしいからさー」
それで今日リベンジしようとランク戦ブースに空閑君を連れて来たら、あっという間にと緑川君と話を決めて勝負のお預けをされているらしい。お、と小さく漏らした声に従って視線をやればブースから空閑君が出てきていて、米屋君が軽い足取りで寄っていくものだから私もその後を追う。
「あれ、和音ちゃんもいたの?」
「丁度緑川君と戦う直前にね」
早々に私に気付いてくれた空閑君に笑顔を返せば、米屋君が和音ちゃん? と何故か呼称を繰り返す。
「お前本当威厳ねーな」
「緑川君よりは余程優しいよ」
二人も知り合いか? と本日二度目の質問を受けて答えようとすると、おーいと聞き覚えのある呼び声にそれを遮られる。
「おっ和音も丁度いいところに」
迅さんの笑顔に状況を察するが、三雲君と空閑君はきょとりとしている。ちょっときてくれ、城戸さんたちが呼んでる、とのお達しだ。
「あっ! 迅さん!!」
さて移動を、と思っていると目ざとく迅さんを見つけた緑川君が掛け寄ってきた。周りを省みずにじゃれついているその姿は忠犬という言葉がぴったりだ。米屋君がそんな緑川君の紹介をしたと思ったら、緑川君は三雲君を見て姿勢を正す。
「三雲先輩、すいませんでした」
突然そう謝罪を告げて腰を折る緑川君に三雲君が驚いて慌てふためく。正直緑川君のそんな殊勝な姿は珍しくて私も何事かと驚いていると、どうやら玉狛所属の三雲君に嫉妬した緑川君が恥をかかすべく謀ったらしい。しかし三雲君は露も気にしていないどころかよかったよ、とまで言い切る始末。
はぁ、と呆然としていると空閑君もひょいひょいと緑川君に歩み寄り、ライバルらしい友情を育んでいて思わず笑みがこぼれた。
「あ、水沢までいたの?」
「うん。お疲れ様」
私の姿を認識した途端嫌だという感情を隠そうともせず溜息を吐く姿に、本当に緑川君は私に容赦ないなぁと笑顔が引き攣った。自業自得だけどさ、と小さく漏らす緑川君にどんまい、と声をかければ、黙っててようるさい。と不機嫌そのままに言葉を投げられてしまった。
「なんだ、ミドリカワと和音ちゃんは仲悪いのか」
「だって迅さんと一緒に防衛任務とかズルイ」
さすが迅さんフリークは目ざとい。シフト表で確認したのかな。空閑君も緑川君の迅さん大好きっぷりを目の当たりにしたからかふむ、と頷いている。すると迅さんがはいはい行くぞ、と話題をきって和音もなーと歩き出す。私は空閑君三雲君と顔を見合わせてからその後について歩き出した。
背後にさらに勝負のお預けをくらった米屋君と、少し落ち込んだ様子の緑川君を置き去りにして。