夕焼けに染まる帰り道
「うぉ、眩しいな」
「丁度夕焼けの時間だねぇ」

 冬至が過ぎたとはいえ、日が沈む時間はあっという間に来る。辺りが茜色に染まる中どうしてか手を繋いで私達は玉狛への道を歩いた。理由を聞いてもいいのか、突然どうしたのか、と疑問が次から次へと湧くが、空閑君は平然とした顔で私の一歩前を歩いている。

「今日の夕飯は何かなぁ」
「当番は誰なの?」
「とりまる先輩」

 ということは洋食だろうか、と今日の玉狛のメニューを想像してみる。オムライスとかいいなぁと考えれば少しお腹が空いてきて、このまま空閑君と一緒に玉狛に行くのも悪くないかな、なんて気分を変える。

 少しの間取りとめの無い話をしていた私達だけど、大分本部から離れた所で急に空閑君は立ち止まった。そうして真顔で私の顔をじいと見つめるものだから、私は数秒耐えてから、どうしたの、と理由を尋ねてみる。

「和音ちゃんって呼ばれるの嫌か?」
「え?」
「よーすけ先輩が威厳がないって言ってた」

 じぃ、と変わらず意図の読めない視線を向けられて少したじろぐ。どうして空閑君がそんなことを気にするのか理由がわからなくて、ただ返事はもう決まってるから普通に、嫌じゃないよと告げる。

「どう呼ばれても別に構わないよ」
「そうなのか?」
「変にかしこまられるよりは親しみを持たれてる方がいいな」

 そう告げればしばし私の表情を伺った後そっか、と零す。空閑君はまた視線を前へ戻したかと思うとゆっくりと歩きはじめて、私もそれに引きずられるように後を追って足を動かす。

「オサムは自分のことは鈍いから、今回はおれがミドリカワを懲らしめたんだけど」
「隊長想いだねぇ」
「和音ちゃんも自分をソマツにしてるのかと思ったから」

 粗末、と言い切られて少しドキリとした。大切にしないではなくはっきりと言葉にされたそれに少し心がざわつく。どうしてそんなことを私に言ったのかその意図が読めなくて、だけど空閑君はそれ以上何も言わないから私ももう触れないことにした。
 そうして私達の間の空気がまた少し緊張する。帰り道にある階段にさしかかり、互いに淡々とそれを登る。空閑君が一段先に昇る足を眺めていたら、ふと聞こうと思った言葉が零れ出た。

「あのさ、どうして手、繋いでるんだろ?」

 否定したいわけでも拒絶したいわけでもない、純粋な疑問。尋ねればじゃり、と空閑君が階段を上る足を途中で止めた。一段分の高さはそれなりで珍しく私が空閑君を見上げるような姿勢になる。空閑君は少ししてあ、聞いてなかった、と言葉を漏らした。

「計測、どうだった?」
「えっと? 普通だったよ。低水準で問題なし」
「なんだ、じゃああーすは発動しないか?」

 続けられた言葉にはっとする。空閑君の手に触れた時はいつもトリオンを注ぐ感覚があった。それが今日は手を握られたあの時から今までそういった感覚はなかったはず。

「迅さんに聞いたら、ブラックトリガーを使った後に計測するって聞いたんだ」
「うん、普段はそうだけど……」
「だからまたトリオン溜め込んでないかなって思って」

 そう言って優しく笑う空閑君にドキリと心臓が疼いた。今話してくれた内容をまとめると、この行動原理は単純な心配だ。そしてアース機構が発動すると私のトリオンの負担が減ると知っている空閑君は、鬼怒田さんと計測に向かう私を見て事情を悟り、わざわざ待っていてくれたんだ。

「……心配してくれて、ありがとう」

 あぁ、今が夕焼け時で本当に良かった。少し頬が熱くなっているから顔が赤くなってしまっているかもしれない。だけど嬉しさはそのまま表情に滲んでしまっていたんだろう、空閑君は安堵した笑顔でそれに応えてくれる。
 少し緊張が解けて緩く息を吐く。心配してくれるのは嬉しいけれどそれに甘えすぎてもいけないな。

「でも、皆の前では手を繋いでくれなくても大丈夫だよ」
「ふむ?」
「好きな子とか気になってる子とかに、私と付き合ってるって誤解されたら空閑君は困るでしょ?」

 心配は嬉しいけどそれで私が空閑君の恋路を邪魔するのは、今はまだ、駄目だ。私に確信があるならまだしも曖昧な状況では空閑君にも失礼な事。そう思って告げた言葉を受けて空閑君は少しの間押し黙る。きょとりとした視線が私に向けられたまま数秒、やっと空閑君は口を開いた。

「おれ達って付き合ってるのか?」
「……へ?」

 突然、予想の遥か斜め上をいった質問にぽかりと口を開いてしまう。素っ頓狂な質問を理解するのに手間取ったものの、聞いていることはいたくシンプルで、私はおずおずと、付き合ってない、よね? とそれに返す。すると空閑君はきょとんとした表情のまま首を捻って言うのだ。

「うむ。誤解はしてないから、いいんじゃないのか?」

 それに私が口を挟む前に、行くぞと軽く手を引っ張られる。夕飯に間に合わなくなるぞと続けた空閑君に私は大人しくされるがまま、手を、繋いだまま帰り道を急ぐ。
 その短い距離の間、私達の間に会話らしい会話はなく、だから繋がれたその熱だけが私の思考を支配する。空閑君の今の言葉に、一瞬だけ期待してしまったからだ。
 だって、私に事実確認をして、誤解はしてないからいいって空閑君は言った。私は、気になる子に、誤解されたら困るでしょ? って聞いたのに。それともそんなの考えすぎだろうか、何か言葉が足りなくて通じてなかったのかな。

 動揺がそのままどぐどぐとした心臓の鼓動になって自覚する。あぁ、もう認めざるをえないのかもしれない。
 この胸の疼きの理由は、きっと。



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サヨナラの引力

 

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