「おいおい、どうした? 今日調子悪いみたいだけど」
ガラ、と瓦礫をどかしてくれた迅さんの表情は逆光で見えない。今日は朝から午後までの防衛任務につき合わされている。いつもどおりトリオン兵を粗方片付けた後の迅さんとの手合わせ中、どうしても気が削がれてしまって頻繁に攻撃をくらってしまうのだ。油断して完全に吹っ飛ばされた私は瓦礫の中に沈んでしまい、今こうして迅さんに助け起こされるハメになっている。
「……すみません」
「いいや、でも珍しいな」
ちょっと休憩するか、と言ってくれた迅さんは瓦礫の上に座り込んだ。私も倣って座ると訪れる沈黙。自分の情けなさに溜息が漏れるが迅さんは困ったように笑うだけで、私はただぼうっと自分の足を眺めるだけしか出来ない。
――自覚、してしまったのだと思う、
弾んだ心臓はウソをつかない。私の限りない本音はあの夕陽の帰り道で見つけてしまった。……しまった、から、困っているのだと思う。
勘違いじゃないだろうかとか、信頼と恋愛を誤解していないだろうかとか、自分の気持ちに自信を持っていいのかがわからない。そうだと認めてしまえばいいのかもしれないけど、それは普通の恋愛ならば、だと思う。
少なくとも、本当に空閑君をそう、だと認めるならば、私はきちんと事実と向き合うことも、覚悟をすることも必要な気がして。
――だって、空閑君は。
「あ」
「はい?」
「……いや、また一つ確定したな」
何が、と口にしないのは私に悟られては困る未来だからだろうか。しかし迅さんはゴーグルを首へ下ろすと私へ顔を向ける。少しだけ眉をひそませて、だけど笑顔を浮かべながら迅さんは言った。
「選んだのか?」
迅さんのその問いにフラッシュバックした迅さんの言葉。
――遊真を選んだお前の勘は正しかったと思うよ。
あの時は何を選んだのか言葉の意味がちっともわからなかった。そうだというのに今は少しだけ選んだ、という事実に共感する。だって私は確かに、空閑君を信じることを選んだのだから。頭を振った私は今の問いに答える事はせずに迅さんに質問を返した。
「前に、空閑君を選んだ私の勘って言いましたね」
「……あぁ」
「あの時は何が視えてたんですか?」
聞けば迅さんは表情を変えず少し沈黙する。だけど私が視線を逸らさないのを見て諦めたのか、ふぅ、と息を吐いてから答えをくれるのだ。
「遊真の過去をお前が受け入れる未来だよ」
受け入れる、という言葉が何故だかしっくりこなくて、私が黙っていると迅さんは続けて話を始めた。
「遊真の過去はおれも本人に聞いて知ってる」
「……はい」
「おれはお前が選ぶだろう道がどんなに辛いかもわかってて、可能性を消さなかった」
「……可能性を消すって」
「そうやって立ち回ることだってできたよ。でも多分変わらなかったんだろうな」
迅さんはそう言ってまるで泣きそうに顔を歪める。その表情はいつだったか見た、選んでしまった未来が確定した時に、器から静かに水が溢れ出るような静けさでごめんと零したあの時と似ている。だけど目の前の迅さんは謝ることはなく、ただ微笑むだけだ。
「お前はいつもおれが視る最善を選び過ぎてる」
最善、と迅さんは口にして一度瞼を下ろした。惑うようなその仕草を眺めるが再び目を開いた迅さんは強い光を瞳に宿している。まるで何か覚悟を決めたようなそんな迷いの無い顔。
「おれが視るどんな未来でも、お前は後悔しないんだ」
「……え」
穏やかで静かなその口調なのに力強い言葉。多分何を選んでもお前にとっては最善の道だと思う、と続けられた言葉は、私を評価するにはあまりにできすぎたものじゃないかと眉根を寄せた。
「迅さん。今、選んだ私が視えたんですよね?」
「うん」
「その先の私も後悔していませんでしたか?」
疑う色を隠しもせずそう問えば、間髪いれずにしてないよ、と返事が返ってくる。じわじわと心が痺れてきて涙腺が緩んでくるが頭はやけに冷静だ。迅さんがそうやって私の迷いを吹き飛ばすのは、背中を押してくれるのは何故だろう。
「私、選んでもいいんですかね」
敢えてはっきりとは言葉にせず問えば、当然だろ、とおどけたように返してみせる。迅さんは一度息を吐いてから、試しに言ってごらんと私を促した。それに応えようと、一度きゅうと唇を引き結んで滲んだ涙を拭って息を吐く。そうして大きく息を吸い込んで、止めること数秒。
「……空閑君が、好きなんです」
言葉にしてしまったそれは明確な意志に変わってしまう。ダムが決壊するように溢れてきた感情が思考を侵食していく。
「でも空閑君には命の限りがある」
「うん」
「だから一緒に居たい、空閑君にもそう思って欲しい」
「……うん」
「それがもし叶ってしまったら、空閑君にも辛い想いをさせるのに」
一度吐き出し始めた不安は留まることを知らない。どうしてこんなことを迅さんに零してしまうんだと見下ろす冷ややかな自分と、もやもやとしていたものを必死に振り払って立ち上がろうと見上げる私がいる。
「自分の想いだけで行動した結果空閑君を傷つけるなら」
「和音」
どろどろとしたものを叫ぶように吐き出している最中呼びとめられた。意識を現実へと戻せば目の前の迅さんはゆっくりと首を横に振っている。まるでそれ以上はまだとっておけと言うように。
「お前がその不安をぶつける相手はおれじゃないよ」
迅さんはそうやって私を諭した。興奮しきっていた脳みそがゆっくりと冷めていき、どくどくと脈打っていた心臓が少しずつ凪いで行く。
「……ごめんなさい。みっともなかったですね」
「まぁ、最初に言わせたのはおれだからいいよ」
冷静になって恥を晒してしまった事を謝れば迅さんはけろりと笑う。迅さんは深呼吸した私を眺めながら、それに、と言って目を細める。正直結果は五分だからおれにも確定した未来は視えない、と前置きしてから、よいしょと瓦礫から腰をあげた迅さんはもう一度ゴーグルを掛けなおした。
「おれは、お前の選んだ道が最善だって信じるよ」
そうやって、迅さんは最後にもう一度叩くように背中を押してくれる。その言葉が私を瓦礫の上で立ち上がらせた。
「すっきりしたか?」
「はい」
「よし、すっきりついでにもう一戦やるぞ」
「はい!」
私は大分晴れやかな気持ちで返事をする。自分の中で固まった想いはもう私を迷わせない。
私は、空閑君が好きなんだ。今はまだ、それだけでいい。