大規模侵攻、迎撃開始
 朝食もとってレプリカとゆったりとした時間を過ごした後、お昼には本部に着くようにと家を出ようとした矢先だった。なんとも言えない感覚がぞわりと背筋を這って気持ちが悪い。

「……レプリカ」
『どうした?』
「……奴らの反応はないよね?」

 凄く嫌な予感がする。それも本能まで揺さぶるようなヤバイ奴。真っ先に浮かんだ可能性をレプリカに尋ねると、しばらくの沈黙の後、反応はないと返答があった。だとしたらこれはなんだろうか、まさか、大規模侵攻の前触れか。

「……急いだ方が良さそうだ」 

 誰に言うでもない独り言を零して家の鍵を閉める。胸騒ぎが鳴り止まない。心臓がどくどくと忙しなく打ち鳴らされる。予定より少しはやく本部に到着して、真っ先に屋上へと足を向けた。焦る気持ちを宥めながら扉を開ければ様子を伺っていたらしい迅さんがそこにいる。

「……迅さん」

 きっと辺りを探っているであろう迅さんに配慮して控えめに声をかけると、早いな、と呟いた迅さんの声が返ってくる。気付いた時にはもう空には次々とゲートが現れ始めていた。

「和音、仕事だ」
「はい」
「……気をつけろよ」
「迅さんも」

 短いやりとりを交わして共に本部内へと戻る。端末からはアラームが鳴り響き、ボーダーのトリガーで速やかに換装を済ませた。通信内容を確認すれば既に忍田本部長から様々な指令が次々と飛び交い始めている。

『――水沢』

 秘匿通信が繋げられて、響いたのは忍田本部長の声だ。はい、と小さく返事をすれば低い声で静かに命令を下す。

『指示があるまでは本部で待機だ』
「……はい」
『例のトリガー使用時は司令の判断を仰ぐように』

 了解を返して私は一旦休憩スペースへと足を運ぶ事にした。皆がそれぞれに戦いに向かっている時に心苦しくはあるが、ブラックトリガーの第四段階起動を懸念しているからこその指示だろう。私はそのまま通信内容を確認して現状把握に努めることにする。

『諏訪隊現着した!』
『鈴鳴第一現着! 戦闘開始!』
『東隊現着。攻撃を開始する』

 大量のトリオン兵がいくつかの群れとなって各方面へ侵攻中。本部の指示で隊員がそれぞれの群れを目指して警戒区域に散っていく。

『忍田さんこちら東! 新型トリオン兵と遭遇した!』
『本部こちら風間隊。諏訪が新型に食われた』
『新型の妨害でトリオン兵の群れを止められません!』

 次から次へと流れていく情報に意識を集中させる。警戒区域内各地に散らばった隊員達の被害が出始めていて、同時にA級隊員も新型と交戦し始めている。状況の流れが速すぎて追いつけなくなりそうだ。

『本部! こちら茶野隊! 人型ネイバーと交戦中!』

 びく、と体が無意識の内に跳ねる。自分が今一体何に気を取られたのか気付くのが遅かった。

『爆撃型トリオン兵接近!』
『衝撃に備えろ!』

 鈍く地の底から這い上がってくるような耳を劈く爆音。トリオン製の本部基地がそう簡単に爆破されるとは思えないけど、それでもこの刺激は正直ごめん被りたい。

『もう一体直撃します!』

 沢村さんの声に反射的に身体を丸めて耐える。地響きが静まる頃にはまた様々な通信のやりとりが始まる。これだけの情報量を統合して指示を出すのはさすが本部長と言ったところか。

『玉狛支部の三雲です!』

 などと暢気に考えているとどんどんと状況が変化していってしまう。どんどんと脳裏を過ぎていく情報をさらってみたところで、結局今の私に出来る事は何もないのだから。

『逃げなさい早く! こいつらの狙いはC級隊員よ!』

 どくり、と心臓が僅か高鳴ったのもつかの間、忍田本部長の指示が飛んで小南達がそこに向かっているのを知る。それなら、大丈夫。私が向かうべきはそこではない。
 でも何故だろうか、段々胸騒ぎが酷くなってきた。私は今ここに居て大丈夫なのだろうか、本当に? 駄目だと頭を振ってその思考を振り払う。
 迅さんが言うんだ、私はいつだって最善を選んでいる筈。違う、選んだその道を最善にしてみせる。

『風間が緊急脱出……?』

 レイジさんの声にはっとする。誰かが呟くように落としたブラックトリガー、の言葉に意識が集中する。情報をさらってみても誰かが風間隊のあとを継いで向かう様子はなく、つまり駒として浮いている敵は、次に何をするだろうか。
 ピンと一瞬で何かが張り詰めた。

「風間隊作戦室ですか、こちらB級水沢です」

 すぐさま風間さんとオペレータの三上さんに声をかける。どうした、とすぐに応答してくれる風間さんに戦闘記録を頼めば、三上さんにすぐ指示を出してくれて視界情報としてそれを見せてくれる。

「――液体化?」
『これでいいか』
「はい。ありがとうございます」

 どくん、どくんと心臓が鳴り始める。私は何かに導かれるように足を蹴りだす。



『――やっぱりそう来たか、和音』

 通信端末から迅さんの声が聞こえた気がした。刹那ごぶごぶと異様な音がどこからか響いてきて、反射的にそちらへ身体を向ければぞわりとした黒い靄。

「……あぁ? 今度は女か。どっちにしろハズレだな」

 ばさり、黒いマントを翻した男。さらりと真っ直ぐな黒髪から姿を見せる黒い角。間違いなく先ほどの記録どおりの敵だ。

『人型ネイバー侵入!』
『水沢現着。対応します』

 沢村さんの声にすぐさま応答を返しながらトリオンキューブを浮かばせる。そんな私を見て男はにたりと歪んだ笑みを浮かべてみせた。

「トリガー使いなら遊んでやるよォ!」

 その攻撃は情報として知ってる。後は感覚を研ぎ澄ませるだけ。私が攻撃を避けたのが気に入らなかったのか男は表情を歪ませる。しばし睨み合ってから再び気配を感じて後ろへ跳ねれば、それを予測していたらしい刃が背後から私の頬を掠めた。

「ほらほら、大丈夫かぁ? 簡単に死んじまうぞ?」

 その一撃に機嫌をよくしたらしい男はどうやら私を標的に定めてくれた。近くには通信室があるし、このまま後退すると研究室の方向だ。彼らを逃がすには私がここで盾になるしかないということ。

「逃がすと思うかぁ?」

 私が後退する姿勢を見せたのが興味を引いたらしい。あまり無抵抗だと萎えさせてしまうかもしれないとバイパーを打ち込むが、どうやら流動的な奴の戦闘体には殆どダメージが通ってないようだ。

「ほらほら、あがいてみせろよ雑魚が!」

 にたり、満面の歪んだ笑顔。迷っている暇はない、このままこいつを釣って後退する。私と奴の戦いが始まった。

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サヨナラの引力

 

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