臨界値突破、活動停止
「お、腹黒チビじゃねーか」

 この辺りだ、と地面に降り立ったのと、太刀川さんが私の姿に気付いたのはほぼ同時だった。かけられた声に振り返れば新型ラービットの残骸を背に、弧月を握ってふらりと太刀川さんが歩み寄ってくる。

「B級はあっちって指示がなかったか?」
「今は城戸司令の許可が下りてます」
「あー、そっちか」

 相手が太刀川さんで少しだけ助かった。事前知識がある分話が早くてとても助かる。

「新型以外は見かけませんでしたか?」
「何? なんだ俺が切っていいのか?」
「いやまぁ、共闘していただけるなら助かりますけど……」

 緊張感のない太刀川さんのわくわくとした雰囲気につられて、私もおそらく油断してしまっていたのだろう。刹那、ぞくりと走る悪寒に脳が警鐘を鳴らす。

「……なんだ?」

 どうやら太刀川さんも感じたらしい違和感。視線、殺気、それとも、別の何かか。私も辺りを警戒して意識を張り詰めて様子を伺う。
 ぱりん、と何かが割れる音。
 瞬間辺りのトリオン密度が急激に上昇し、それはあっという間に私の中を通り抜けていく。まずい、と嫌でもわかる。だって今は吸収を司る第二起動段階だ。
 今までの何よりも激しく凄まじいスピードで吸収されていくトリオン。同時にじわじわとトリガーが、心臓が熱を持っていく感覚。ふらりと意識が遠のきそうになるのをどうにかこらえるけど、このままトリオン放出段階に移行したら間違いなく抑え切れない。耐えないと。だけど放出を堪えていたら吸収にまで意識がまわらない。

 ――苦しい。

「おい、大丈夫か、おいチビ!」

 様子のおかしい私の背中にそっと太刀川さんの掌が添えられ、それからすらトリオンを吸ってしまいそうで必死に意識を保つ。駄目だ、駄目だと念じて堪えるがそちらにも意識を取られるほどに、付近に充満しているらしい見えないトリオンがどんどん集まってくる。

「そこか!」

 何かの気配を察したらしい太刀川さんが弧月を一閃放った。パキン、と何かが割れるような音が響いて、じわじわと霧が晴れるように人の姿が現れていく。

「……お前は、玄界の戦士か」

 意識の遠くで聞こえる声は、そう尋ねた男のものだと思う。太刀川さんは問いには答えず黙って弧月を構えていると、うむ、と小さく頷いた男が私を静かに見下ろした。かちあった視線と瞳のその奥に感じるのは、敗北。

「こいつを譲ってもらえるだろうか」
「よくわからんが、お前は俺が斬る」

 奴らはトリガーだけでなく私を狙っているのか。ほぼ確信に変わったそれを確認する余裕は私にはなく、傍に立っていた太刀川さんが一歩私の前に出て弧月を構える。私を庇ってくれているということが向こうにもわかったのだろう、男は小さく笑みを浮かべてから勝ち誇ったようにこう言い放った。

「よい、どちらにせよ目標の完遂は決定した」

 ぴしり、とその笑みを象った顔が切り裂かれる。太刀川さんが難なく奴を切り捨てたようでぶすりとトリオンが漏出し始める。

 ――まずい。

「ぐっ……う」
「チビ?」

 奴の身体から漏出したトリオンすらも吸収している感覚。おかしい、いくらなんでも敏感に反応し過ぎている。こんなに辺りから無差別的にトリオンを吸収できるなんて知らない。
 熱い、熱い、苦しい。

 ――バキン。

 私の意識はそこでぷっつりと途切れた。



 ――ふわりと、意識が浮上する。

 ぱちりと瞳を開けたら見慣れた天井がそこにあって、先ほどまで市街地に居たはずなのにと思考を巡らせる。どうして開発局にいるのだろうとゆっくり体を起こせば、水沢! と慌てたような鬼怒田さんの声が耳を劈いた。

「起きたか! おい! 意識はあるか!」
「……意識があるから起きたんですよ?」

 混乱しているらしい鬼怒田さんがしどろもどろに言葉を紡ぐが、未だ現状を理解するのに精一杯でそれらが全く頭に入って来ない。何かにふと違和感を感じて身体を確認したら、不思議な事に私は換装体のままベッドに横たわっていた。

「戦闘体って眠れるんですか?」
「……お前の場合は起動停止していたという方が近いな」

 ふぅ、とようやく落ち着いたのか息を吐いて額の汗を拭う鬼怒田さん。意識も記憶も全然ないが大規模侵攻はどうなったのだろうか。そのまま尋ねれば今日で侵攻から三日も経ったというのだから驚きだ。

「……え、は?」
「全く、肝を冷やしたわい」

 鬼怒田さんはがさごそとバインダーを取り出して、現況や計測値をさらさらと書き込んでいく。その傍らで私にこれまでのいきさつを話してくれた。

 私はあの後戦闘体のまま意識を失ったような状況に陥ったらしい。太刀川さんはそんな荷物を抱えながら新型を一掃しおえると、事情を察していたからか城戸司令に直接私の報告をしたのだとか。
 次いで鬼怒田さんに報告が行き私の解析が始まる。が、原因がわからず困っていたら迅さんが現れて、レプリカから聞いていたトリガーの性質が鬼怒田さんに伝えられた。
 至った結論は、つまりこれがヒューズ機構なのだろうということだった。

「太刀川の報告に、活動停止直前に苦しむ様子があったと」
「……あぁ」
「特に敵を切り捨てた後が顕著だったと聞いて、トリオン吸収だと推測したのだ」

 それだけでそう推測できるのだからさすがは鬼怒田さんだ。つまるところ第二起動段階の状態だった私のトリガーが、あの場の濃密なトリオンと敵から放出されたトリオンを吸収し、臨界値を突破してしまったのだろう、とのこと。

「恐らく臨界値に達したのと第三起動段階への移行がほぼ同時だったのだろう」
「……ええと、つまり?」
「放出形態変化時のトリオン量がお前の制御できるレベルでなかっただけのことだ」
「……じゃあ、なんで換装解けないんですかね」

 私の疑問を聞いて、道理で起動解除せんはずだと鬼怒田さんは溜息をつく。曰く、貯蔵限界値を突破したトリガーは一時的な暴走状態になり、機能障害からゆっくりと、戦闘体の回復も含めてリカバリー中だろうとのこと。

「お前の意識が戻ったのなら回復に向かっている証拠だ」
「なるほど」

 ふぅ、と息を吐くとバインダーを所定の位置にしまった鬼怒田さんは、私の身体から一通りの計測装置を外してくれる。

「後は換装が解けるまで医務室で待機だ」
「はい?」
「三日間トリオン体を維持し続けておったのだぞ! お前の頑丈な戦闘体じゃ外部からろくに栄養も入れられんかった! 生身にどんな影響が出ているかわからんのだ!」

 行くぞ! とそう言って扉の前に立つ鬼怒田さんは、どうやら直々に私を医務室まで送り届けてくれるつもりらしい。忙しいんじゃないですか、と聞いたらだから早くしろ! と怒鳴られ、相変わらず鬼怒田さんの心配は乱暴だなぁと少し笑ってしまう。

「鬼怒田さん」
「なんだ!」
「ご心配おかけしました。ありがとうございます」

 一度お辞儀をしてから見上げた鬼怒田さんの顔といったら。鳩が豆鉄砲を食らったように呆けているもので吹き出してしまった。ふん、とすぐに踝を返して先導を始めた鬼怒田さんの後を追う。
 その後医務室に到着すると同時に、ブラックトリガー自ら換装を解除した。あ、やばいと思った次の瞬間には私の意識が途切れ、すぐさま病院へと搬送され、数日間の入院が言い渡されてしまったのだった。

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サヨナラの引力

 

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