「おーい水沢、大丈夫かー」
「見舞いに来てやったぞー」
「三雲先輩のついでだけどねー」
ここが病院だということをわかっているのかいないのか、いつも通りの雰囲気で訪れた米屋君、出水君、緑川君。応えようと口を開けたものの、最後の言葉に再び閉口する。三雲君の、ついで、とはなんだろうかと首を傾げると、それに気付いた緑川君も驚いたように目をぱちりとさせた。
「あれ、知らないの?」
「すげーお前も色々繋がれてるなー」
「でも思ったより顔色いいじゃん?」
一方の出水君と米屋君はどちらもマイペースに私の心配をしてくれて、ありがたいけれど内容がてんでバラバラなものだから理解が追いつかない。彼らのペースじゃいつまで話が進まないだろうから、一旦それら全部を無視してとりあえず頭を下げた。
「今日はお見舞いありがとう」
「おう」
「軽い栄養失調なので元気です」
「へー」
「そんで、三雲君のついでって何の話?」
どうにか自分のペースに戻して話をしていくと、米屋君がここまでの経緯を語ってくれた。
今回の敵の目標はC級隊員の捕獲だったのは確定らしいが、特にトリオン能力の高い千佳ちゃんが標的になったと。それを守るべく奔走した三雲君が怪我を負い、現在意識不明のまま今も入院しているとのことだった。
「大丈夫かな……」
「迅さんは大丈夫って言ってたよ」
頭の後ろで手を組みながら自信満々にそう言う緑川君。だけど心配だからね、と口にしたその表情は珍しくて、不安そうな顔をしているのを見られたくないのかふいと顔を背けた。米屋君はそれを見て静かに笑みを浮かべると、一度出水君と目配せをする。
「緑川、ついでだちょっとパシられろ」
「何?」
「ジュース買って来い、お前の奢ってやっから」
出水君がフォローするように取り出した財布を緑川くんの手に押しつける。面倒そうな表情をしたものの引き受けた緑川君は、行ってくると軽い口調で病室を出て行く。それを見送ってから出水君と米屋君は頷きあってからこちらへ顔を向けた。口火を切ったのは米屋君の方だ。
「お前のトリガーの話、どうなってんの?」
「へ?」
それを追いかけるように出水君を面倒そうに頭をかきながらも実はさ、と現況の補足をしてくれる。
「太刀川さんがお前連れて帰ってくるとこ結構見られてる」
「うちの奈良坂と古寺も、屋上から飛んでくお前を見たらしいし」
「風間隊と諏訪隊も戦闘体が直ったとかなんとか言ってる」
ぐぐ、と改めて自分がしてしまったことを突きつけられると、秘匿事項はなんだったのかと言わんばかりの失態ばかりだ。なりふり構わず駆けつけた結果が戦えず倒れたというのだからなおさら。
「太刀川さんが知ってるならっておれも結構詮索されてる」
「お前対策会議にも顔出したんだってな。秀次もすげー勘ぐってたぜ?」
「……ご迷惑をおかけして申し訳ない……」
私は二人に頭を下げるしかなくて謝罪をする。出水君は別にいーけどさ、と呆れた顔をするだけで、米屋君も笑って構わねーよ、と言ってくれるからありがたい。
「実際オレ達の知ってることなんてそんなねーし」
「ただ噂にはなってるから言っとこーと思っただけ」
私も目が覚めて、その日の内にすぐ入院となってしまったから、正直侵攻防衛がどうなったのかその後の話も何も知らないままだった。今日お見舞いにきてもらえてよかったなぁ、と一度は胸を撫で下ろす。そんな私をみて、米屋君はなぁ、と控えめに声をかけた。
「ついでだし聞いていいか?」
「……うん」
つきり、と少し痛んだように弾む心臓。いつもの朗らかさのない真剣な米屋君の声色が少し怖いからだ。ブラックトリガーを持っていながら、私は何をしていたのか。それを言及されるのが、そして言葉の形にして答えるのが怖い。そう身構えていると質問を代わりに口にしたのは出水君だった。
「なんで隠す必要があんの?」
きょとん、とした純粋な疑問の顔を向けられて一瞬呆ける。お前は何をしてたのか、とか、そういう責める類の言葉を予想していて、だけど実際に尋ねられたのはただの私に対する疑問だ。何の嫌悪も軽蔑も期待外れだとかそういうものがそこにはなかった。
今回、私がこのトリガーで出来たことなんて一つもない。実際に奴らを倒してくれたのは太刀川さんだったし、私はトリガーの能力に振り回されて倒れただけ。
私のブラックトリガーの存在を知っているのなら、もっと出来たことがあったのではないかと責められた方が自然ではないか。だけど、米屋君と、出水君の表情はそれとは全く違った。だから私は答えるべき言葉を少し悩みながら吐き出す。
「……制御が難しいっていうのと、使うのが怖いと、いうか」
「なんか危ねーの?」
「……暴走っていうのかな、たまに記憶が飛んじゃって、その」
それ以上を言うべきか迷って言葉に詰まっていると、ふーん、と思ったより軽い返事が返ってきて二人の表情を伺う。そこには眉間に皺を寄せながら不思議そうに頭を抱える二人の姿。先にそれを言葉にしたのは出水君だった。
「それ、怖いって思ってるからじゃねーの?」
今度は私がきょとりとする番だった。何を、と思うとそれで疑問がすっきりしたのか米屋君がそうそう、と同意を示す。内容を補足するように米屋君は流暢に話しを始めた。
「トリガーって道具じゃん、お前道具に使われてんじゃねーの?」
「え?」
「あーほらあれだ、ハサミとか刃物じゃん? でもお前使えるだろ?」
「それは、勿論」
「なんで? それだって切れるし刺せるし危ねーぞ?」
問われて、はたと思考が止まる。無論その危険性を知らなかったわけじゃない。ハサミは危ないものだなんてわかりきってるし、油断すれば怪我もする。だけど、私達はそれを普通に利用しているのだ。それは何故か?
「道具なんて使い方によっちゃどれも危ないだろ」
「でもおれ達はそれを使えるだろ。トリガーと何が違うんだ?」
何を今更、と確認するように落とされたその事実。それはまさに視界がぶわりと開けるような不思議な感覚だった。どくんと唸る心臓の音がやけに遠くで響く。
「……トリガーって、武器、だよね」
「いや、シールドとかは違うじゃん?」
「……あぁ、そっか、道具なんだ……」
道具の使い方という言葉がやけに自分の中でしっくりと来た。私は手持ちのハサミでどうやって相手を殺さないようにするかを考えていたようなものか。その例えは実現不可能ではないとはいえ傍から見たらなんと滑稽だろうか。
一つ、私の中で何かが道となって伸びて行く。
「太刀川さんが、水沢を狙った奴はアフトクラトルとは別の奴だろうって」
唐突に出水君が告げたそれにぎくりとする。私は何も答えず黙ったままその続きを促した。
「おれが水沢の見舞いに行くって言ったら教えてくれたけどどうなんだ?」
米屋君はそれマジ? と出水君の言葉に興味を示し、水沢を浚おうとしてたらしい、と情報を補足する。
「明らかに戦意が無かったって言ってた。水沢だけを狙ってたって」
「簡単にやられちまったってことか?」
「けど目標の完遂は決まったとか言ってたって」
何かがひっかかる違和感。だけどそれを確信に変えるには情報が足りない。たとえば、そもそもこのトリガーの正しい使い方ってなんだ? ハサミが何かを切るために使う道具なら、このトリガーは何の為の道具?
「それも、お前のトリガーが原因なんじゃないのか?」
多分、出水君はほぼ確信を持っている。だけど鋭い猫目は柔らかい眼差しを私に向けていて、心配そうな色を滲ませたそれに私は否定する必要を感じられなかった。素直に再度頷けばおぉ、と米屋君が驚いた声をあげるが、出水君は逆に緊張が解けたようにはぁ、と安堵の息を吐く。
「えぇと、だからさ」
出水君は改めて真剣な眼差しで私を見据えた。
「水沢に事情があるのもわかるし、使い方は自分で決めるもんだろ」
「今回は使い時じゃなかったって事じゃん。別に責めたりしねーから大丈夫だって」
だからそんな泣きそうになんな、と米屋君が苦笑いを浮かべる。それを見て、これまでの話が私の事情を詮索するためのものではなくて、彼らが一生懸命に私を慰めようとしてくれていたのだと気付いた。
「……それにお前が居たから本部の被害も最小限だったって」
「え?」
「人型が侵入してきた時お前が囮になったんだっていうじゃん?」
そうだったのか、と少しだけ胸のしこりが柔らかくなる。微力でも役に立てた事があったのならそれは喜ばしいことだ。私の表情が和らいだのを感じたのか米屋君は最後にこういった。
「お前だって出来ることやったなら、笑ってりゃいいんだよ」
ことり、また一つ転がっていく。私の歩くべき道筋へと。