少しして緑川君が戻ってきてから改めて大規模侵攻での戦いの話を聞いた。
三人がB級合同チームと共に人型ネイバーを撃破したこと。相手の敵将らしきネイバーのトリガー性能や、新型ラービットというトリオン兵。三雲君が命をかけて敵の遠征艇を狙い、無事に追い返したそのクライマックスまで。
最後に少しひっかかったけど、気付けば長話をしてしまったと三人が帰り支度を始める。
お大事にの言葉に笑顔を返せば、笑顔を返してくれて嵐が過ぎるように彼らは帰っていってしまった。
見送って一息ついたと同時に、視界に映ったのは床に転がっている黒い物。誰かの忘れものだろうかと慌ててベッドから這い出ようとしていると、再び来訪者を告げるノックの音が病室に響いて動きを止める。どうぞと入室を促せば現れたのは迅さんだった。
「どうした、どこか用事か?」
「いえ、ちょっと物を拾おうとして」
辺りをきょろきょろ見回す迅さんに甘えようと黒い物体が転がる床を指差して示す。迅さんはその先を見て一度僅かに目を見開いてからそれを拾い上げて私の掌に乗せてくれた。
「……レプリカ?」
ころん、と力なく転がったそれ。いつも名前を呼べば何かしら反応を示してくれるのに。今は忙しいのかとつんと指で押せばやっぱりころりと無抵抗に揺れる。
「……体調はどうだ?」
迅さんがまるで話題を逸らすように私のその挙動に言及をしないものだから、何か理由があるのだと嫌な気配を肌で察して元気ですよ、とだけ返事をする。そうか、と静かに言葉を落としてから口を引き結んだ迅さんは微動だにせず、私の様子を伺う視線を受けてもその理由を告げるのに躊躇っているようだ。
何か視えた未来と齟齬があったのかと、迅さんの言葉をただ待つ。もしかして私の独断は迅さんの未来を暗くしてしまったのだろうか、大人しく待っていればようやく迅さんはふぅ、と一度息を吐いた。
「……大規模侵攻の話はどれくらい聞いた?」
「ええと、戦闘の流れとおおよその被害状況は」
私の回答を聞いてまた口を閉じてしまった迅さんに、立ち話もなんだからと椅子を勧めるが一向に座る気配はない。焦れながらも待っていると、迅さんはゆったりと再度口を開く。
「誰に聞いた?」
「出水君と米屋君に」
「じゃあ、多分知らないだろうけど」
もう一度、最後に言葉を区切った迅さんは、まるで懺悔するかのようなたどたどしさで言葉を落とした。
「レプリカ先生は奴らに連れてかれたよ」
ふ、と掌の上が軽くなるような錯覚に慌てて視線を戻す。相変わらずころりと転がったそれはやはり反応がない。それが迅さんの言葉が事実だと如実に物語っていた。
「……そう、ですか」
動かないレプリカをきゅうと握りしめてからベッドへと下ろした。米屋君達が話していたように、千佳ちゃんを守りきった三雲君を、きっとレプリカが全力で守ったのだろう。おそらく空閑君の意志で。静かに意気消沈している迅さんにそっと、浮かんだ質問を投げかける。
「迅さん。私は期待に応えられましたか?」
聞くと、一度目を瞬かせてからふっと瞼を下ろす迅さん。ゆっくりと瞳を見せた時にはもういつもの青色の光がそこに宿っていた。
「よくその道筋で、戻ってきてくれたよ」
そう言い切ってからようやく、迅さんは静かに微笑んだ。強張りながらも見慣れた表情に近づいたそれに胸を撫で下ろして、少なくとも悪くはなかったのだと私も息を吐く。
「今できる最善だったと思うよ」
「……ありがとう、ございます」
「だけど」
迅さんは笑顔のまま表情を変えていないというのに、私の言葉を遮ったその語気はとても鋭くてどきりとする。
「……選んでほしく、なかったなぁ」
笑顔がへにゃりと崩れて情けないものになってしまった。最善だと今いった口で、残念だと言う意図を口にするものだから、その矛盾さが少し気になって、先ほどの違和感と重なってしまった。
本部前で行われたらしい最後の攻防戦。米屋君の口から語られたそれに少しだけぎくりとした。話を聞く限り私が屋上から市街地南に向かった頃合の話だ。
「私が、本部に留まっていれば、レプリカは」
「違うよ」
浮かんだ一つの道筋を尋ねようとすれば、迅さんはそれを間髪いれずに否定する。
「……そうしたら今度はお前が連れて行かれてた」
それは今だから告げることの出来る、迅さんが見ていたもの。本部に万が一私が留まっていればあの時現れた奴が、私を狙って本部にきてしまったということだろうか。そうして私が捕まってしまう可能性があったのだと。
「和音が大規模侵攻で出来る事は全部やってくれた」
「……それなら」
「だから多分、これからをお前は選んだんだ」
あぁ、それが迅さんが選んで欲しくなかった道筋なのか。私がさっきの米屋君と出水君との会話で見出したものを、それをどういう理由でか選んで欲しくなかったと。
「……私はもっとこのブラックトリガーと向き合いたいです」
だけど選んだ、と迅さんは言っているのだから、私がその選択を変える気がないことも知っている。
「私がこのトリガーで出来ることをきちんと考えたい」
「うん」
「お母さんの意志に甘えることなく、自分で選びたいです」
私は今回の戦いでようやく自覚したことがある。奴らがどういう手を使ったかはわからないけど、ブラックトリガーは無敵じゃない。きちんとトリガーの性能を理解してそれを使いこなす意志がなければ、相手に攻略されてしまう。その結果が今回の活動停止だ。
太刀川さんが居なかったら、私はあの場で奴らに浚われていたのかもしれない。私は多分どこかで甘えていた。だってこれは人を殺せる恐ろしい武器なのだ。私を守ろうとするお母さんの意志があれば、自分は大丈夫なんだって勘違いしていた。
――所詮は、これもただの道具。手段の一つなのに。
「なら、退院したら城戸さんの所に行こうか」
「はい」
「今回の件で、上層部は存在を公表する方向で話を進めてる」
迅さんから改めて告げられたこれからに、少しだけ怯むけど仕方のないことだ。出水君と米屋君の話を聞いた限りでも大分知られてしまっているようだったし、上層部としてはこれ以上隠すよりも公表した方が都合がいいのだろうとは思う。
「いいのか」
改められたその問いは、私の覚悟を聞いている。これまでブラックトリガーをなるべく使わないようにと存在を隠してきて、人から向けられるであろう様々な感情に怯えてこれまでを過ごしてきた。それは多分変わらない。だって四年経っても私はいまだこのトリガーに振り回されている。それすらも受け入れる覚悟が、私にはきっと必要なんだろう。
――あの日、私が願った強さは、心の強さだ。
意志を持って悪意を飲み込み、恐怖に耐え、それでも生きる。悲しみをそのまま悲しむことのできるように、ありのままの感情を受け入れる強さを。
自らの意志を持って、トリガーが私を守ろうとする意志を飲み込み、自らに宿したトリガーが誰かを傷つけるかもしれない恐怖に耐え、自らの過去をただ悲しみ、それを胸に、前を向いて生きる強さを。
想いを口にしようとした瞬間じんわりと心臓が痛んだ。きっとお母さんなら平穏に過ごす努力をするように望んだと思うから。だけど多分、私が今生きている世界の中ではきっとそれは最善じゃない。
「これは、私のブラックトリガーですから」
お母さんが私を守ろうとした遺志は、私のものだから。トリガーという道具である以上ボーダーの許可がいるというのだし、それに伴って自分に不利益が生じるとしても、それだって私のものだ。
「……そうか。そうだな」
一度小さく頷いて真っ直ぐ私を見据えた迅さんはすぐに私に背中を向けてしまった。今は休んどけ、またな。と背中越しにそう告げると、迅さんは病室を立ち去っていく。
私自身が私の意志を守れるように前を向こう。出来なかったことを、出来るようにするために。