食事が終わってから皆がそれぞれに解散していく中で、珍しく小南が私を食堂へと引きとめた。そうして互いに向かい合って座っていたのだけど、小南はずっとむすっとしているばかりで何も話そうとはしない。どうしたものかと手元のマグカップで遊んでいると、気の抜けた声をあげた栞がよろよろと食堂に現れたのだ。
「お腹すいたよぉ〜」
満身創痍、といわんばかりにくたびれた様子の栞。お邪魔してますと言えばおー無事かねーと間延びした声が返って来る。小南は栞の姿を見るとしょうがないわね、と席を立って、座った栞と入れ替わりに夕飯を用意するべく台所へ向かった。そうしてコンロの前に立った小南はカウンター越しに栞に声をかける。
「栞、遊真はどうしたの?」
「すこし涼むって屋上に行っちゃった」
「夕飯はどーすんのよあいつ」
「今日も泊まり込みだし、遊真君の分はアタシが準備するから大丈夫ー」
今日も、という言葉からしばらく支部に缶詰状態なのか。大変だねぇと素直な感想を述べればまぁねーと返されて、あまり深くは聞かないように話題を変える。
「ねぇ栞、小南と迅さんって何かあったの?」
「何か?」
「今日の夕飯二人でずっと睨みあってたんだけど」
多分私を食堂に呼びとめたのも、その後何かを言おうとしていたのも、恐らくそれが関係あるんだろうと思っても内容は皆目検討がつかない。栞もいるうちにと尋ねてみれば小南からちょっと! と鋭い声が飛んできたけど、んん? と視線を明後日に向けた栞もどうやら当てがないらしい。
「……丁度いいわ、栞にも聞きたかったから」
ことりと栞の前に夕食の皿を並べた小南はそのまま、腕を組んで仁王立ちの格好のまま咎めるように口を開く。
「和音」
「はい?」
「そろそろ白状してもいいんじゃないの?」
随分と物騒な言葉が飛び出してきて何の事かと首を傾げれば、小南は私の言葉を待つようにじっと視線を絡めてくる。本当に何のことなのかわからなくて眉間に皺が寄ってしまうと、その表情を見た小南はふん、と鼻を鳴らして言葉を付け足す。
「あんた、S級になるってどういうこと?」
あれ、情報の公開って明日からじゃないっけ? と考えてまぁそりゃあ迅さんが根回ししたんだろうなと理解する。それにしてもどうしてこんなに小南が不機嫌なのかがわからなくて、だけど栞はわかったのかカレーを飲み込んでんん、と唸った。
「大体おかしいじゃない、入院する栄養失調って何?」
「……えーと」
「換装したまま活動停止なんてボーダーのトリガーじゃ普通あり得ない」
「そうなの?」
「……なんでずっと黙ってたの」
責めるような口調だったのが、段々と沈んだ声色に変わっていく。ずっと不機嫌なのかと思っていたけれど、それは心配の裏返しだったらしい。歪められた表情が少しずつ緩んで悲しそうなものに変わっていった。どうしようと言葉を選んでいたら栞がおずおずと会話を仲裁してくれる。
「まぁまぁ、和音にも事情があるんだろうし、ね?」
「そんなのわかってるわよ! ……だけど」
ゆるゆると組んでいた腕を下ろした小南は、拳をぎゅうと握り閉める。それにはどんな感情の力がこめられているのか私にはわからないけど、だけど小南はどうでもいい奴には大して感情をぶつけたりしない。つまりこれは私は小南にとってどうでもいい奴ではないんだな、と解釈する。
「小南、栞も、あのさ、聞いて欲しいことがあるんだけど」
私が重い口を開いたのに驚いたのか栞が目を瞬かせる。小南はいまだ恨めしそうな表情をこちらに向けるものだから、つい苦笑いを浮かべてから話を始めることにする。
――私と、お母さんの話。
大規模侵攻の時にお母さんがブラックトリガーを作ったこと。それが私の体内に宿っていること。お母さんがどこからかトリガーを持ち出していたらしくて、稀にネイバーが私を狙って襲ってくること。無用な混乱を避けるため、ネイバーとトリガーの事を隠していたことを。
「……何よ、それ」
小南は驚いたまま無意識のように言葉を零す。栞もカレーを食べる手が止まって呆然と私を見つめている。何処に驚かれているのだろうかと二人の反応を待っていると、一度何か言葉を飲み込んでから今度は栞から質問が返された。
「ねぇ、どうして今回入院することになったの?」
「ええと、技術的なことはよくわからないから説明が雑かもだけど」
私のトリガーはトリオンの吸収、蓄積、放出能力を持っていて、ただし蓄積量には上限があるということ。今回はその上限一杯までトリオンを吸収してしまい、結果としてトリガーがオーバーエラーを起こしてしまったこと。
戦闘体のまま三日間活動を停止した為に生身に影響が出てしまい、栄養失調と言う形で入院した事を説明する。
小南は理解はしていなそうだけど、ぐぐ、と深く眉間に皺を刻んでいて、栞はある程度事情を理解できたようでなるほど、と頷いた。
「トリオンを溜められるって便利そうだけど不便なんだね」
「溜まる前に一発ぶっ放せばいいじゃない」
「それやると負荷が大きいらしくて私の記憶とか意識が飛んじゃうんだよー」
え、と少し戸惑ったような声が二人から上がって、これはもしかして口が滑ってしまったかと背筋が冷えるけど時既に遅し。一瞬時が止まったような錯覚を覚えるけど、二人は私の予想に反して……特に小南に至っては勢いよく両手を机に叩きつけて前のめりで私を睨んだ。
「……あんたねぇ」
「か、顔が怖いよ小南」
「何よそれ! 生身に負担が出るの今回だけじゃないって事!?」
小南の怒声が食堂に響いて、その迫力に気圧されてしまう。何時もならフォローに回ってくれる筈の栞も表情を歪ませてしまっている。栞は少しぶつぶつと何かを喋っていたかと思うと、やっぱり心配そうな眼差しを此方に向けて口を開いた。
「和音、本当にS級になるの?」
「そんな危ないトリガー使ってあんたに何かあったらどうすんの?」
当たり前のようにかけられた言葉は、私を案じてのものだ。トリガーによって何が起こるかわからないという事よりも、真っ先に自分の体を案じてくれたことに少し驚いた。だけどきょとんとした私が気に入らないのか小南はぎゅうと眉間に皺を寄せて、目一杯私の頬をぎゅうと潰すように掴んでから視線を無理やり絡め取られる。
「わかってんの? あんたそれ自分の身が危ないってことよ!?」
「え、トリガーが滅茶苦茶なトリオン使って暴走する方が危なくない?」
「そんなのあたしがいくらでもぶちのめして止めてやるわよ!」
一切の迷いなくぶつけられた言葉はまるで私の心臓を打ちぬいたようだった。あまりの衝撃にどぐりと呻いた心が鈍い響きを一拍遅れて脳へと伝える。トリガーの力が怖いとか、対峙した自分が危ないよりも先に、私の為にその暴走を止めると言い切った小南の真っ直ぐな瞳。無意識のうちにじわりと、涙が浮かんだ。
「和音?」
「……小南がそう言ってくれるなら安心だぁ」
頬に押しつけられていた小南の掌がゆるりと下ろされて、開放された私が目尻を拭う前に雫が静かに頬を滑ってしまった。照れくさくてへへ、と笑ってみれば小南は少し躊躇った後、ぎゅう、と私を抱き締めてくれる。そんな私達を眺めながら栞はふふ、と笑い声を漏らした。
「なんで黙ってるのかな、って思ってたけどやっとわかったよ」
「……ごめんね、待っててくれてありがとう」
告げれば栞も少し瞳を潤ませながら優しく笑ってくれるから、また少しだけ心のつっかえが取れたように気分が軽くなる。それを聞いてか小南がゆっくりと体を離したと思うと、栞も知ってたの? と今度は恨めしそうな視線をあちらへ向けてしまう。
「ブラックトリガーを持ってるらしい、とは迅さんに聞いてたよ」
「そもそもあいつなんで知ってたのよ」
「上層部からサイドエフェクトを駆使して私を監視するように言われてたからだよ」
げ、と小南の表情が一気に嫌なものを見るような顔に変わって、それでも迅さんの趣味が暗躍だからと早々に納得したらしい。ふぅ、と一息ついた小南はようやく手身近な椅子を引いて腰を下ろした。
「……まぁ今回は事情もわかったから許してあげる」
「やった、ありがと小南」
「だけど! 次そんな大事なこと黙ってたらぶっ飛ばすからね!」
絶交だとか、もう知らないとかじゃないんだなぁとつい表情が綻んでしまって、わかってるんでしょうね! と念を押した小南に笑顔のまま頷く。栞からも何かあったら相談にのるからちゃんと言ってね、と。
二人のその優しさがじんわりと私の心を温める感覚に浸りながら、私はもう一度喜びを噛み締めながらありがとう、と告げるのだった。