ゴールを変えたら再出発
 ボーダーの大規模侵攻防衛に関する結果報告会。その記者会見がある日の午前中に一報を受けた。
 ――三雲君の意識が戻ったのだという。
 それを聞いて、午後には病院に行けるように予定を調整したものの、いざ訪れた病室にはお見舞いの人どころか三雲君本人さえ居なかった。

「……なんで?」

 誰も居ない病室に入ってもいいのかとあたふたしていると、病室を覗きこんでいる私を不審に思ったらしい看護士さんに声をかけられた。検査か診察中なのかと尋ねれば看護士さんは一度困ったようにして、確認するから待っているようにと結局病室に押し込められてしまう。
 座ってもいいものかと辺りの様子を探っていると、たくさんのお見舞いの品が置かれた棚が目に入る。米屋君や出水君、緑川君以外にも皆来てるんだと、その愛され具合に頬を緩めていると、ぱたぱたと誰かの足音が近づいてきた。

「お。和音ちゃんだ」

 最初に耳に飛び込んできたのは空閑君の声だった。お見舞いに来たんだな、とそれに振り返れば、なんと松葉杖をついてよろよろと歩く三雲君の姿もそこにあった。

「み、三雲君大丈夫? 手かそうか?」
「あ、いえ、大丈夫です」

 ずるずると体を引きずる様子をひやひやしながら見守り、ギシリとベッドに腰掛けた三雲君のため息と私の安堵の息が重なる。

「水沢先輩も、来てくださってありがとうございます」
「いいえ、意識が戻って本当によかった」

 これどうぞ、とお見舞いの品を差し出せば受け取ってくれて、少し照れたように笑う三雲くんに本当によかった、と零す。あちこちに白い包帯やらガーゼやらが当てられていて痛々しい姿だけど、とりあえずは後遺症もないとのことで一先ずは安心した。

「ちょっと忙しくて来るのが遅くなっちゃったんだけど、目が覚めた三雲君に会えてよかったよ。」

 私としてはその程度の情報で済ませるつもりだったのだけど、空閑君が和音ちゃんも入院してたからな、と零してしまう。余計な事をと思ったのが伝わったのか、空閑君がにたりと笑顔を返すものだから、三雲君の大丈夫なんですか? にまずは自分の体を心配して、とそれを宥めた。

「あ、水沢さん」
「千佳ちゃん! 久しぶり、と……?」

 遅れて病室に入ってきたのは千佳ちゃんと綺麗な女の人。凛としたその表情に少し気後れしてしまうものの、まずはこんにちはと頭を下げる。女性はそれを受けて貴女もボーダー隊員? と尋ねてきたので、そうです、と頷けば今度は女性が私に向かって丁寧に頭を下げた。

「わざわざ息子のお見舞いにきてくれてありがとう」
「……む、息子ぉ!?」

 え、あれ、と女性と三雲君を見比べる。三雲君は慣れているのか母です、と真顔で頷いていて、混乱をしつつもいつも息子さんにはお世話になっていますと再び頭を下げた。

「……ねぇ、三雲君って何歳だっけ?」
「は? えーと、15歳ですけど……」
「……全然見えない……」
「は、はは……?」

 三雲君のお母さん若すぎでしょう? すごい美人。というか一児の母は百歩譲って見えるとしても、それが15歳はウソでしょって思う……お姉さんでも通じる。
 
 千佳ちゃんがくすくすと笑うものだから理由を伺えば、修くんのお母さんは美人ですよねと千佳ちゃんと三雲君の話を教えてくれた。
 どうやら昔千佳ちゃんのお兄さんが三雲君の家庭教師をやっていて、その繋がりで千佳ちゃんと三雲君は入隊以前からの知りあいだったらしい。当然三雲君のお母さんのことも千佳ちゃんは知っていて、だから来る人皆が驚く様子が面白かったんだとか。

 そんな他愛ないやりとりが少し長引いてしまって、体感的にはだいぶ話しこんでしまった、と慌てて立ち上がる。

「病室に長居してしまってすみません、もう行きますね」

 お大事に、と三雲君のお母さんに頭をさげて、三雲君にもまた玉狛に遊びに行くねと声をかけた。そうして帰ろうと足を踏み出す直前に空閑君が声をあげる。

「チカはオサムの母さんと帰るんだろ?」
「うん」
「じゃあおれももう帰るな」

 あぁ、そっか千佳ちゃんは今日三雲君のお母さんと来たのか。家が近いか若しくはお母さんのご厚意なのだろうなと考えていたら、するりと掌を滑る慣れてしまった感覚。

「え?」

 驚いた声をあげたのは私か三雲君か千佳ちゃんか。それを一切気にしていない様子で空閑君がにこりと笑う。

「帰ろう、和音ちゃん」

 空閑君の笑顔に気圧されて、私も平然を装ってそれに頷いた。三雲君と千佳ちゃんの表情を確認することは出来ないまま、緩くひかれた手の平に引きずられるようにして病室を後にする。
 何故か病院内でも、勿論病院を出てからも繋がれたままの互いの手。なんだか前にもこんなことがあったなぁと何も聞けずにいると、最初に口火を切ったのは空閑君で少し緊張が緩んだ。

「オサム、やっぱりレプリカのこと気にしてた」
「……そっか」
「でも遠征の目的が一つ増えたから、これから忙しくなるぞ」

 忙しいという言葉に反して満面の笑顔を浮かべる空閑君。楽しそうだとそれを眺めているとふいに視線がこちらにむけられて、一瞬どきりとしたけど空閑君は気付かないのか言葉を続ける。

「おれがB級にあがったら、和音ちゃんもおれとソロランク戦しようよ」
「……え、私そんなに手持ちのポイントないから嫌だなぁ」
「ポイント無しでもいいよ。和音ちゃんは避けるの上手って迅さんが言ってた」

 ううん、とその誘いに頷く前に少しだけ考える。既に通達でブラックトリガーが起動者に負担を与えるものだとは知られている。ランク戦の不自然なベイルアウトもブラックトリガーの影響として知られても大丈夫だろうか。

「今度鬼怒田さんに聞いておくね」
「ボーダーのトリガーは普通に使っていいんじゃないの?」
「強制停止とか、どうしても干渉しちゃうからさ」
「なるほど」

 そうは確認してみたけど、空閑君の中ではランク戦を行うことは決定しているらしい。楽しみだなぁ、と漏らす空閑君に感情がつられて顔が綻んだ。いつの間にか玉狛か自宅へ向かう分かれ道が目前に迫っている。

「今日は玉狛行くか?」
「……ううん、今日は帰るよ」
「そうか?」
「入院中の荷物とかが全然片付いてなくてね……」

 三雲君に言った忙しかったという言葉は決して嘘ではない。事実、退院してからはブラックトリガーの機能確認とか点検とか、大規模侵攻における行動記録や報告を済ませるのに手一杯だったのだ。お陰で自宅は随分と悲惨な有様になっているのを思い出してげっそりとしていると、空閑君は私を見て残念だ、と簡単に引き下がってくれた。

「おれも急いでB級にあがらなきゃだから、本部にも行くと思うよ」
「そっか。じゃあ本部で会えるかもね」

 ぱたりと立ち止まった空閑君につられて立ち止まる。岐路に立った私達はどちらからともなく繋いでいた手をほどいた。それまで温もりを掴んでいた手の平が風に吹かれて冷えていき、その感覚がより一層手を繋いでいたのだと私に教えてくれる。

「じゃあまたな、和音ちゃん」
「うん、ばいばい」

 手を振って、少しだけ躊躇ってから空閑君に背を向けた。なんだか空閑君との手を繋ぐ距離に慣れすぎてしまったのか、今も背中から見えない糸で引っ張られているような名残惜しさを感じる。
 あぁ、好きなんだなぁ、と急速に熱を持っていく感情。自分の身の振る舞いというか、立ち方が定まってからは、今まで以上にそうなんだと感じる瞬間が増えた。
 そして私自身それを否定する必要もなくなってからは、素直にそう思う感情を受け入れられていると思う。空閑君にはいつも驚かされたり振り回されてばかりだけど、それで私も喜んでいるのだから単純なものだ。

 空閑君がどんな気持ちで私の手を取るかはわからないけど、それで空閑君が何も言わないのならもう少しそれに甘えていたい。振られちゃうかもしれないその時は急がなくてもきっとやってくる。だからもう少しだけは優しい温もりに浸っていたいと思った。
 そうしたらきっともっと勇気が出る。空閑君がいると思うと頑張れるから、もう少しだけ、私の頑張る理由で居て欲しい。

「うん、まずは家の片付けからだ」

 ねぇだからいつか言えるその日まで、
 ――好きだよ、空閑君。


スタート・リスタート

(二人のはじまりと、二人になるための最出発のお話でした。)
(ということで第二部へ続く!)

[46/109]

 

サヨナラの引力

 

ALICE+