たった一言が、唐突に少女の口から零れ落ちる。
「好きです」
隣に立つ少年は驚いて少女を見る。しかし少女は呆けていて状況を理解していないようだ。今のこの空気に不似合いな表情に、聞き間違いかと少年は躊躇う。
「それは」
少年が返答する頃、ようやく状況を理解した少女。気持ちが溢れてしまったと自分が口にした言葉の意味に気づく。
「ごめん!」
ただ、この状況から逃げ出したい一心で少女は駆け出そうと――することが出来なかった。少年が反射的に少女の腕を引いたからだ。少女はどうすることもできず、それでもと赤く染まった頬を俯いて隠そうとする。
「おれも」
少年は途中で言葉を詰まらせた。言葉を続けて良いか迷ったのだ。唐突なそれに、少女は息をのんで恐る恐る少年を見上げる。少年の揺らぐ瞳と赤く染まるその頬に、少女はふわりと涙を落とした。それを見た少年はもう一度、胸の内を吐き出すべく口を開いたのだ。
「……よかったなぁ」
読んでいた漫画を開いたまま脇へと置いて溜息をついた。ここまで少女を応援していた自分にとっても、この瞬間は感慨深い。気持ちが通じたのは少女なんだけど、まるで自分もそうなったように錯覚してしまうから。それはそのまま満足感に変わってふわふわと気分が浮ついては揺れる。
きっと、“それ”は幸せなんだろうなぁ。
好きだと想う人に、好きだと想ってもらえることは幸せだ。それが特別な好きならこんな風にふわふわと浮くような心地だろう。だけど胸がきゅうと苦しくなるような、不思議な幸せの感覚。
そしてその度にあぁやっぱり私は空閑君が好きなんだと自覚するのだ。空閑君を前にして心を震わせることを覚えてしまった私は、いつの間にか心が震える度に空閑君を想うようになってしまっていた。
「……好き、なんだよなぁ」
言葉にしてその感情を音に変えれば鼓膜が震えて心へと染みていく。するとまるで他人の告白を聞いたかのようにするりと疑問が浮かぶのだ。
――空閑君と、恋人になりたい?
ふわふわとしていた思考がゆっくりと落ち着いて、地に足が着く感覚がする。恋人という関係を考えると途端に、私の心は浮つくことを忘れて現実を見てしまう。それは決して恋人という関係が嫌だとか望んでいないというわけではない。もしもを思い浮かべると同時に、いつか来るお別れのことが浮かぶだけのこと。
考えるだけで怖くて、辛くて、寂しいという言葉で表せないくらいに痛い。じくじくと苦しくなる感情はまた、幸せと同じくらい私に好きを刻んでいく。
脳裏を過ぎるのは、空閑君が自らの口で過去を語ってくれた夜のこと。
「今、空閑君はここにいるよね?」と問いかけた私に「いるよ。今は」と答えた空閑君。“今”という言葉があるのはきっと、“これから”という言葉がないからだ。私はあの時無意識にそれを察していたし、空閑君は既に自覚していると思う。
これからがない空閑君に私は恋人を求めるのだろうか。空閑君は私が求めた事に何を想うんだろう。
それは恐らくどちらも残酷なことだ。私が空閑君に求めることも空閑君が返せることも、きっと。何となくそう思っているから、私はこれ以上を踏み出す気にはなれない。
だけど、それならばどうして好きって気持ちをなくせないんだろうか。日に日に強くなっていく気持ちはどんどんと私の期待を強めていく。ちょっとだけ空閑君にとって私が特別ならいいのに、とか。ほんの少しでもいいから空閑君に好意的に想われていたいとか。そうしたらいつかは、なんて浅ましい期待を自覚しては自己嫌悪。
――結局私は、どうしたいんだ?
思考はいつも、この言葉を最後に途切れてしまう。多分私はその答えを既に持っていて、察してもいる。だけどそれを明確な言葉にして理解してしまったらもう戻れない。一度自覚した感情は絶対に消せなくなるってわかっているから。そうなりたくないという最後の理性が私の思考を無理矢理止めるのだ。
仕方ないから私は一度長く息を吐いてから思考を切り替える。今の私にはどんなに考えてもこれ以上の答えは出せないだろうから。
とりあえずはその問題は頭の隅に片付けてこれからのことを考えよう。ブラックトリガー、に一瞬思考が移るけどそれも今は振り払った。難しいことは嫌だな。今は楽しいことだけ考えていたい。
「……明日は、玉狛女子会だ」
うん、そうだ、お菓子何買っていこうかな。差し入れの内容を考えながら、今日は寝る事にしよう。
――これが、私の最初の選択。