「さぁ準備、始めるよー!」
主催である栞が明るい声を響かせた。マグカップ、ポット、持ちよったお菓子で机の上が賑やかになっていく。あっという間に準備は万端だ。すると栞はぴんと人差し指を立ててにんまりと笑った。
「女子同士の会話と言えば、やっぱり?」
「……栞、最初から飛ばしすぎじゃない?」
その意図を察して言葉を挟めばてへ、と茶目っ気たっぷりに笑う栞。
小南も私と同じ気持ちのようで、栞を睨んでいるけどスルーされてる。早速栞は千佳ちゃんにねぇねぇとすり寄っていった。
「気になる子とか、居ないの?」
予想通りの質問に、千佳ちゃんは照れた笑顔を返す。そういうのはまだと言葉を濁らせるその頬は少し赤くなってしまっている。可愛い、可愛いけど後輩にそのネタを追求すると苛めになりかねないよこれ。
こういう時は遠慮のない同年代に、と話題を遮って矛先を小南に向ける。
「小南はさ、イケメン派? 性格派?」
「あたし? 最低限あたしより強い男じゃないと嫌よ」
「じゃあ太刀川さんか風間さんなら?」
「……んん」
強いと聞いて、ボーダーのトップアタッカーをあげると小南は渋い顔を返すだけ。とりあえずは返答を待っていると、栞の恨めしげな視線が私に向いた。
出鼻を挫かれたからか不満気な顔は、だけどすぐに企みを含んだ笑顔に変わる。
「和音はさー、口説かれたりしたの?」
「……へ? 誰に?」
主語の抜けた曖昧な追求。その意図がわからず首を傾げた。どうして私が誰かに口説かれたなんて思ったんだろう。不思議に思っていると、栞には何か確信があるのか口元を歪ませたまま言及を続ける。
「もー、女子会なんだからいいじゃん」
「えぇ? 何の話?」
「あの、もしかして」
栞の探るような視線に戸惑っていると、予想外の人物がそれに口を挟んだ。きらきらと目を輝かせる千佳ちゃんの頬はさっきの名残かピンク色。可愛いなぁと油断していたらとんでもない一言がその口から飛び出した。
「遊真くんと付き合ってるんですか?」
挙げられた名前が原因だろう、傍観していた小南が盛大にむせ始める。栞は千佳ちゃんと同じことを考えていたようで、当然とでも言いたげな表情だ。遊真くんって誰だっけと逃避しかけて、すぐに空閑君とイコールで繋がる。
瞬間、身体の芯が火照るような感覚を覚えて、私は慌ててその誤解を否定した。
「ち、違う! 付き合ってない!」
「違うんですか?」
「隠し事は出来無いぞぉ?」
「ちょっと和音!? どういうこと!?」
本当に驚いたように目をぱちくりとさせる千佳ちゃん。栞は照れ隠しの誤魔化しだと解釈したようで未だ追求する姿勢だ。小南には詰め寄られて、三対一の劣勢はなかなかに辛いものがある。
もう一度付き合ってないと告げれば、小南と栞からは不審気に睨まれた。唯一千佳ちゃんだけが、そうなんですかと残念そうに頷いてくれた。
話題を変えようと考えていると、栞は未だ不審そうに私に言い募る。
「でも、前から遊真くんに誘われて二人で帰ったりしてたよね?」
「……あぁ、それはもう今更だから言うけど」
もう二人の秘密じゃないからとようやく事情を説明する。
そもそもあの時以前に会っていたこと。確認や口止めの為に二人で話していたこと。
それを聞いた小南と栞はようやく納得した様子を見せて、誤解は解けたかと息をつく。かと思えば、今度は逆に千佳ちゃんが不思議そうな表情で私へと問いかけた。
「でもこの前修くんの病室で」
「……え」
“修くん”と“病室”という単語にすぐさまフラッシュバックした情景。
まずいと思って発言を遮る前に、千佳ちゃんはそれを口にした。
「遊真くん、水沢先輩の手を引いて、帰るって……」
「「はぁ!?」」
再び驚きの声をあげたのは勿論栞と小南だ。確かに千佳ちゃんの言うことは事実。だけど付き合ってるわけじゃない。もうこの流れって、私が何を言っても疑われるんじゃないかな。
こうなることが予想できたから、初めて手を繋いだ時には空閑君に注意したのになぁ。結局咎め切れなかった私にも責任はまわってくるのか。理不尽だ。
「やっぱり付き合ってるの!? 何で!?」
「もう水臭いってばー。いいじゃん別にー」
「あーもうそれもね、何から説明したらいいのか……」
小南と栞に言い寄られつつ、この劣勢をひっくり返すことを考える。
とはいっても、ムキになって否定したところで照れ隠しだと思われるのが関の山だ。かといって否定しなければ誤解が事実になってしまう。
「その、トリガーの性能的なあれが」
「どれよ!」
「それは」
「お前らさすがに煩いぞー」
この窮状の流れを変えたのは、女子の声だけが響く部屋に勇敢に切り込んできた迅さんだった。相変わらずぼんち揚げをぼりぼりと咀嚼しながらも表情は笑顔のまま。私は内心助かったと安堵しながらも反射的にすみません、と謝罪を返す。
しかし迅さんの飄々とした態度は小南のライバル心みたいなものを刺激したらしい。
「迅は知ってたの?! 遊真と和音が付き合ってるって!」
噛み付くように声を荒げた小南に呆ける。小南の中ではもうそれが真実になってしまってるらしい。そうはいっても事実無根なんだから迅さんの答えも目に見えてる。
――と油断したのが、間違いだった。
「知ってたよ」
小南の鋭い視線が呆けた私に向けられた。何で迅にばっかり話すのよ、と責める台詞を右から左へ聞き流す。
ぼんち揚げを咀嚼する迅さんを呆然と眺めればへらりとした笑顔。確信犯だなこの人。この状況で小南を騙せば状況はヒートアップするに決まってるのに。
「だ、か、ら!」
あぁもう面倒くさい。私は皆の興味津々な視線を全部突っぱねて声を大きくした。
「付き合ってないです!」
流石の栞と小南も私が強くそれを否定したのに驚いたらしい。気の抜けたように、残念なんて言ってソファへと座りなおした。
迅さんはどうやら私がそうすることも視えていたらしく表情を変えない。思わず睨みつければ迅さんは困ったように私の手にぼんち揚げを押し付けた。
「からかって悪かったって」
「本当です。空閑君にも迷惑かかるんで止めてください」
よりにもよって空閑君の所属している玉狛支部でそういう誤解はまずい。空閑君なら誤解だとさっぱり切り捨ててくれるんだろうけど、それでも。
――と、その先に浮かんだ思考の苦さに顔を顰める。
誤解だと、動揺せずにあっさりと否定する空閑君を見たら傷ついてしまいそうだとか。その内誤解を招くことを面倒臭がって、手を繋ぐことを拒まれてしまいそうだとか。
顔を顰めた理由を勘違いしたのか、迅さんが改めてごめんなと告げる。
もういいですと首を振れば迅さんはお詫びにとぼんち揚げを一袋机に置いた。そうしてあんまり騒ぐなよと私達を一通り見回してから部屋を出ていってしまう。
残された中で火付け役の栞は、場の空気を和ますように私へ笑顔を向けた。
「和音、からかってごめんって」
「……もういいよ。罰として今度は栞の話ね」
私も大声で否定して空気を悪くしてしまったから、気分を切り替えないと。
矛先を向けられたからか困った様に頬を赤らめる栞と、視線を合わせて笑う。ほっとした様子の千佳ちゃんと、無駄に疲れたわなんて言ってのける小南にも笑顔が戻った。
そうして無事に和んだ雰囲気に戻ったお茶会が再開する。
――じわりと浮かんだ汚い感情を、誤魔化すように心の底へと押し込めたまま。