足並み揃えて、前向け前
 ボーダー本部・技術開発研究室。その一角には小さな訓練室がある。トリガー解析や動作確認をするための部屋。私もブラックトリガーでお世話になっている場所だ。
 その中にいる私の目の前に、仮想トリオン兵が現れた。指示通り動かずにいれば放たれた砲弾が私の左肩を掠める。それは傷跡からトリオンが僅かに漏れる程度の損傷だ。
 だけど本能的に“心臓に近い”と危機感を覚えるんだろう。まるでその無意識に応えるように、心臓と共にブラックトリガーが唸る。
 瞬時にボーダーのトリガーが強制解除され、ベイルアウトとシステムが告げた。
 ランク戦プログラムは勝敗を示し、続いてリセットを行う。その結果を確認した鬼怒田さんは眉間に深い皺を刻んで液晶を睨んだ。

「やはりランク戦の性質上、強制解除は無視できんな」

 鬼怒田さんの指示を受けて訓練室を出ると、今度は計測らしい。最近教わったコードの配線、接続を手伝ってその結果を待つ。少しして液晶の表示を見た鬼怒田さんは小さく溜息をついた。

「現在はおそらく七割五分程度だな」
「はい」
「それであの反応なら、それに慣れておいた方がよかろう」

 私が興味を持つようになってから教わったことがいくつかある。その一つが、今も行っている計測の目的とその理由だ。
 結果である“七割五分”は、現在のトリオン保有量を示している。蓄積できる最大値を100%としたら、今は75%あるという意味だ。この割合が高いほどトリガーが起動しやすくなるから、管理が必要なのだとか。
 トリオンを蓄積する能力は、同時にその資源を守る能力が必要だ。その為に、人間でいう脊髄反射が私の場合はトリガーでも行われているらしい。しかしトリガーの判断で起動することによって、私には相応の負担がかかる。
 だからこうして計測を行い、事前に対策できるようにしているのだとか。

「まったく、トリオン器官の代替品だとはおかしな話だな」
「おかしいですかね」

 バインダーを叩く鬼怒田さんを眺めながら尋ねる。すると記録の片手間で、私にわかるよう説明を始めてくれた。

「水沢の換装体は異様に硬い。それは負荷に耐える為だと考えていたのだ」
「攻撃とかですか?」
「うむ。それらの負荷をかけた反動に、トリオンを放出すると推測していた」

 解説の途中でぴぴ、と計測終了の音がなる。
 鬼怒田さんはバインダーをボールペンで叩きながら外しておけ、と言葉を挟んだ。その指示に従って教わっていた通り慎重にコードを外して束ねていく。一方で記録を終えた鬼怒田さんは同時に疲れたような溜息をついた。

「それで、辻褄が合っていたのだ」

 書き終わった書類とバインダーを机に片付けた鬼怒田さん。その隙に私は鬼怒田さんの空いた手にまとめたコードを差し出す。機材を受け取った鬼怒田さんはそれを片付けながら説明を続けた。

「だが、人工トリオン器官のトリガーだとすれば話は変わる」
「どう違うんですか?」
「平たく言えば、それは欠陥品だ」

 突然の暴論に面食らうが、鬼怒田さんは涼しい表情のままだ。欠陥品、と言葉を繰り返せば静かに腕を組んで私を眺める鬼怒田さん。

「本来なら、お前は蓄積したトリオンを自由に使えるはずだ」
「……そんなことできるんですか?」
「できんから欠陥品だと言っておる!」

 確かにトリオン器官として扱うにも、私はここにあるトリオンを自由に使えるわけじゃない。さらには大規模侵攻で、ヒューズ機構――戦闘体活動停止――が確認されてしまった。
 だから他と同様に考えるな、戦闘には向かないという結論が下されたのか。

「……その性能に意図があるのだとしたら」

 鬼怒田さんは技術者の顔のまま、遠くを見つめて呟く。

「我々はそれを理解する為の、ネイバーの知識を持っとらんのだろうな」

 そのまま自然に終わりを告げられたので、ありがとうございましたと返す。
 ランク戦を行っても問題ないが、ブラックトリガーによるベイルアウトは避けられない。それを一つの課題として、自分の戦術を考えろとの忠告を受けて頷いた。

「覚えているな。お前が戦うのなら」
「射手の戦い方を改めろ、ですよね」

 わかっているならいい、と鬼怒田さんは私に背を向ける。
 私には自分のトリオンと、扱いは難しいもののブラックトリガー内部のトリオンがある。この豊富な資源をどう使うかこそ、私が考えるべきことだと改めて忠告をされた。いざという時のブラックトリガー頼りでは後手に回らざるを得ないから。
 先手を打つために、ブラックトリガーの性能をどうやって自分のトリオン量で引き出すか。改めてトリオン量の調整とその調律をこれまで以上に洗練させる必要がある。普段はそれをボーダーのトリガーできちんと意識して戦い、訓練する。
 そうした訓練の結果を、防衛任務を利用しブラックトリガーの扱いとして昇華しろ、と。

「……よし!」

 本部から一歩外へと出れば朝日の鋭い光が瞳の奥まで差し込んできた。朝日と同じように、新しいものというのはどこか明るい希望があるものだ。
 そう、例えばブラックトリガーを使う初めての防衛任務だとか。
 遅刻しないよう急いで集合場所に行かなければと私は軽く地を蹴った。

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サヨナラの引力

 

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