未来予報を信じてみよう
「トリガー、起動」

 小さく呟けば呼応して唸る心臓。待てば換装が行われ、身体はトリオン体と入れ代わる。
 色んなモノが遠くなる感覚。手も、足も、空も。

「悪いな、初任務が早朝からとは」
「いいえ。どちらかというと私のせい、ですしね」

 朝日がまるで雲までも払ってしまったような抜ける青空。薄い青に染まったそこは、これからもっと青を濃くしていくんだろう。
 眺めているとピシリと空間が裂けてぽかりと空く穴。
 その闇の向こうからは、ぬるりと這うようにトリオン兵達が姿を現す。

「じゃ、支援頼むよ」
「こちらこそ、お願いします」

 迅さんがゴーグルを装着して戦闘体勢に入ったのを見届ける。颯爽と駆けていく脇に弾幕を散らせば横槍は入らないだろう。大物は迅さんに確実に仕留めてもらって、小物は私が削る。
 そもそも、迅さんは本来一人で一部隊の扱いだ。だからこそ私とシフトを組ませる相手として白羽の矢が立ったのだろう。私としても迅さんが一緒なら安心してブラックトリガーを使える。トリオン弾の調律を意識して放てば、迅さんは小さく口笛を慣らした。

「調子は良さそうだな」
「そう見えます?」
「肩の力が抜けた感じ? いいと思うよ」

 ゴーグル越しに私を眺める迅さんの視線が少し擽ったい。
 ブラックトリガーをこうして白日の下に晒すのは不思議な気分だ。かといってやってることはボーダーのトリガーと余り変わらないんだけど。
 それでも、鬼怒田さんに言われたことを頭の中で繰り返す。まずはブラックトリガーをボーダーのトリガーと同じ感覚で使う、こと。同じ程度の弾道数で、同じように調律して感覚を重ねていく。再び弾幕を放てばトリオン兵は沈黙し、迅さんはそれを見届けてから静かに笑う。

「せっかくだし、その弾の仕掛けは聞かないでおくよ」

 迅さんはそう言うや否や、新たに出現したトリオン兵へと向かっていった。
 あの言い草だと、迅さんにはこの弾の特性がばれてるんだろうか。同じように見せているつもりだったけど、さすがに迅さんを欺くのは難しいみたいだ。
 追って支援しようかと視線をやった瞬間、スコーピオンが一閃瞬く。的確に核を切り裂いた太刀筋はただ、綺麗だ。それは多分昔の私ならなかった感情だろう。だってそれは相手を屠る姿だ。

「何だ、また見惚れちゃった?」

 そう茶化すように笑う迅さんの笑顔が、朝日に照らされて眩しい。
 悔しいけれど、迅さんが振るうスコーピオンはやっぱり綺麗だ。一閃を瞬かせるその刀身は迅さんの意志で象られているんだろうから。
 刃を輝かせることも、鞘に収めて耐える姿も、どちらも綺麗なんだろう。だってそれは、きちんと意志のあることだから。

「感謝してますよ」

 背後に現れたトリオン兵に見向きもせず、表情一つ変えない迅さん。それは、既に私が弾幕を向けた後だと視えているからなんだろう。信頼によく似た確信に少しくすぐったさを感じながらも、私は素直にお礼を述べる。

「悔しいですけど、迅さんはやっぱり師匠なのかもしれません」
「最初からおれはそう言ってたけどなー」
「……お陰で緑川君に目の敵にされてるんですけどね」

 迅さんは背後の爆発音にも表情一つ変えず穏やかな笑みを浮かべたままだ。私はこれまでのつっけんどんな緑川君の態度を思いだして小さく溜息をつく。
 すると瞬きをした迅さんがへぇ、と何かを企むように私を見て笑った。

「それなら午後はランク戦ロビーに行ってみるといいよ」
「……はい?」

 ぱちりと一度ウインクを飛ばした迅さんは、トリオン兵の元へと駆けて行った。
 反射で顔を顰めたのは見られていなかったのか、どうだろう。溜息をついたものの、背後にもゲートの発生を探知したので私も弾幕を用意する。
 迅さんの言い方だと緑川君と何かあるということだろうか。
 人の集まるランク戦ロビーに行くのはまだ少し躊躇いがあるんだけどなぁ。そうは言っても私には迅さんのそのアドバイスを蔑ろにする選択肢はない。その為にも体力は温存しておこうと、私は狙いを定めて地を蹴ったのだった。

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サヨナラの引力

 

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