迅さんの予言を受けて訪れた、ランク戦ロビーに姿を探す。すると私を不思議そうに見つめる緑川君とぱちり目があって、
あ、と声を漏らした私に渋々ながらもこちらへと近寄ってくる緑川君。
「……水沢じゃん」
驚いたのも束の間、憮然とした表情で静かにそう呟く緑川君。覇気のなさに戸惑いながらも、とりあえずはこんにちはと声をかける。するとうん、と応えたと思ったら途端に黙りこんでしまったので困ってしまう。
ついさっきも防衛任務は基本的に迅さんと組んでいたのだ。いつのも緑川くんならずるい! と非難の声があがるほうが先じゃないか。
だけど今の緑川君は私に突っかかってくる様子を一切見せない。何かに落ち込んでいるようで、そんな姿を私に見せることにも違和感だ。空閑君に惨敗した時とか思いっきり突っぱねられた覚えがあるし。
どうしようと言葉を選んでいると、緑川君は一際大きな溜息をついてみせる。
「S級になったんでしょ」
「う、うん」
そっか、と静かに答える緑川君はやっぱり変だ。
どこか体調でも悪いのかと尋ねるけどそうではないらしく首を横に振られる。どうしよう、何て声かけたらいいかわからないし、本当に来てよかったのかな。自分の笑顔が引き攣るのもわかったけど何も話せないまま少しの沈黙が降りる。
いよいよそれが気に障ったらしく緑川君の眉間に深い皺が刻まれた。
「なんか、やっぱり腹立つね」
「う、うん。そうだね?」
「……本当、腹立つ」
緑川君はふいと背中を向けてしまったから、そのまま見送る。
――つもりだったけど、緑川君が小さく私を呼んだ声が聞こえたような。
聞き間違いかと思ったけれど肩越しに僅かに振り返った緑川君と視線が絡んだ。どうやら間違いじゃないらしいとその背中に向かって足を踏み出してみる。私がついてこようとするのを確認した緑川君は、そのままラウンジへと足を向けた。
「……奢ってよ。年上なんだし」
「何がいいの?」
「……これ」
最早不機嫌を隠そうともしないむすりとした顔つきになっているけれど、私を突っぱねるつもりはないようで、伺えば普通にちゃんと答えてくれる。普段はもっと皮肉やら憎まれ口やら叩かれるからか未だ違和感は拭えないけど。
今も手渡したジュースを受け取るや否や小さくありがとう、と礼を言われてしまった。え、どうしよう、本当にどうしたんだろうか。
「あのさ」
「う、うん」
「…………色々、悪かったよ」
たっぷり間があってから告げられたのは、謝罪の言葉だった。唐突なその謝意の意図が読めず私は首を傾げてしまう。
私が理解していないからか、緑川君はばつの悪そうな表情で言葉を続けた。
「B級ソロのくせに迅さんに目をかけられてるの、むかついてたんだ」
視線は一度もこちらを向かないけれど、落ち込んでいるような様子のまま。まるで親に怒られた後にしょんぼりと拗ねている子供のようだ。普段の生意気とも取れる陽気な少年の姿はどこにもないのが少し寂しい。
だけど真剣な様子に私も黙って続きを待てば、けど、と緑川君が重い口を開いた。
「事情があってS級なのを黙ってたなら、悪かったなって思った」
緑川君はそう言い切ると一度深呼吸して背筋を伸ばす。意志のこもった真っ直ぐな瞳が自分に向けられて思わず私も姿勢を正した。
「だから、ごめんなさい」
謝罪の言葉と共に腰を折って頭を下げた緑川君。そのふわふわな茶色い髪がゆらりと揺れて垂れ下がる。いつか見た、三雲君に謝っている時のようなしっかりとした謝罪。
その矛先が自分である事に躊躇いを感じつつも、湧き上がる感情のままにそれに答えた。
「……ありがとう」
端的な言葉で告げれば、緑川君は驚いたように顔を上げる。続けて緑川君は少しだけ不機嫌そうに眉根を寄せて口を尖らせた。
「……意味わかんない」
「事情があったって、思ってくれたのが嬉しいからかな?」
「オレに聞かないでよ」
謝って気が晴れたのか、少しずつ憎まれ口が戻ってきている緑川君。私も自分の顔が綻ぶのを自覚しながらもう一度、感謝を告げた。関係ないと割り切ったり、黙って受け入れてくれたり色々方法はあるけど、こうやってその事情を思い遣ってもらえるのも嬉しいなぁ、なんて。
緑川君は感謝の言葉が返ってきたことに納得していないような表情をしている。それでも肩の荷がおりたらしく雰囲気は大分穏やかなものに変わっていた。
「どうなの実際。オレより強いの?」
「そう見える?」
「ぜんっぜん」
少しは考えてくれてもいいのに、と思ったのは顔に出たのか口に出たのか。緑川君はそんな私にようやくいたずらっ子な“らしい”笑みを返してくれる。
「オレとランク戦してみる? 確かめようよ」
「ボーダーのトリガーでも相手してくれる?」
「……え、いいの?」
きょとんと呆けた緑川君から確認されてしまって思わず曖昧な頷きを返す。
付き合ってくれるんだ? ともう一度問われてようやく、ランク戦に誘われた私が色よい返事をした事が初めてなのだと気付いた。それならなおさら、自分の為にも改めてランク戦を申し込まなければ。
「緑川君がよければ、是非ともお願いしたいな」
伺えば、緑川君の瞳がきらりと好戦的に光った。
よし行こうと早速踝を返した緑川君はすっかり何時もの調子を取り戻していて、何本勝負にする? とわくわくした顔で尋ねてくるからホントの平常運転だ。とりあえずは三本勝負でと言えばもっとやろうよと拗ねられてしまった。
けれどブラックトリガーで注目を集めている今の空気の中、あまり人が多くなると困るから、と言えば仕方なさそうに納得してくれた。
結果、緑川君との個人ランク戦は一勝二敗で負けてしまった。
ただ緑川君の猛攻をそれなりに耐えたことが評価されたらしい。強くはないけど、弱くもないね、との感想をくれる緑川君に多少は認めてもらえたようだ。絶対またランク戦付き合ってよねと笑顔で去っていく緑川君を見送ってようやく一息つく。
少しだけ私の実力を伺うような視線もあるけど、それは仕方のないことだ。S級への注目は思ったより強くて、これに慣れていかなければならないらしい。私ももっと頑張らないとなぁ、と反省しながらも足早にランク戦ロビーを後にした。