乾いた粘土を積み重ね
 ぼすりとベッドに落とされるの、今日で何回目だろう。勝敗がわかっていたとはいえあっという間だった。
 出るぞーと間延びした声に促されて、私はのろのろと起き上がる。反省点を振り返りながら観覧していた二人の所へ戻ってきた。すると米屋君はなぜか、迅さんではなく私に輝いた目を向ける。

「何であれをオレにやらねーの?」
「……へ?」
「すげーおもしれーじゃん?!」

 興奮しているような米屋君に反射で身をひく。何事。隣の緑川君にまで、水沢にしてはやるじゃんと褒められてしまった。戸惑っていると私の髪をぐしゃぐしゃとかき混ぜた迅さんが笑う。

「和音はスイッチがなかなか入らないからなぁ」

 まるで子供扱いのようなそれを振り払って、手櫛で髪を整えた。この迅さんの得意気な顔はなんだ。居心地が悪い。すると咎めるように名前を呼ばれて、仕方なく耳を傾ける。

「今のままじゃ、次やられるのはお前だよ」

 唐突に迅さんが告げるそれは、忠告ではなく予言だ。だって“やられる”という言葉が“殺される”って聞こえた。次ってことは、迅さんが視るそう遠くない未来の話?

「それだけ。おれはもう行くよ」

 言い終えて、迅さんは颯爽と去っていった。たった一戦しかしてない。ろくに話もしていない。だけど多分、迅さんが言いたいことがわかった。

「米屋君。緑川君」

 名前を呼べば、わかってるとでも言いたげな笑み。ここにいるのがランク戦好きな二人でよかった。

「もう一戦、お願いできますか」

 間髪いれず頷いた二人を見届けて、ブースへと戻る。ちゃんと繋がっている自分の首筋に手を添えて、確認。
 ――ボーダーのトリガーは、人を殺さない。
 そう切り替えろって、迅さんは言いたかったんだろう。

 再び挑戦したランク戦。今度は辛くも勝ち越した。ラウンジへ移動して突っ伏せば、二人の満足そうな声が頭上からふってくる。

「射程捨てて近距離とかおもしれーじゃん」
「威力凄いし、水沢小さいから攻撃かわされるしねー」
「……二人とも速いから疲れる……」

 あーだこーだと私の戦いぶりを評価されるけど、正直今それどころじゃない。教えようとする迅さんと違って、二人は本当に容赦がなかったからだ。しかもブラックトリガーの時と違って、一撃が致命傷になりうる緊張感。集中力は続かないし神経もすり減ってとっても疲れた。

「しょうがねぇな。ジュース飲むか? 奢ってやるよ」
「よねやん先輩太っ腹!」

 水沢も、と声をかけられたからお願いと言って顔を上げる。すると米屋君の視線の先に緑川君がいて、ようやく本題を思い出した。にんまり笑った米屋君を見送って、辺りを見回すと注目する視線はほとんどない。

「あのさ、緑川君」
「なにー?」

 ランク戦効果か、随分と素直に返事をくれる緑川君。出来るだけ声を潜めながら本題を切り出す。

「あの、米屋君に教えてもらったんだけどさ」
「なにを?」
「私と緑川君が付き合ってるっていう噂があるんだって」
「……はぁ?」

 遠慮なく口をへの字に曲げた緑川君に、思わず苦笑する。私も詳しくは知らないと言えばさらに表情が歪んでいく。

「ランク戦付き合ってってのが誤解されたみたい」
「そんなのいつも言ってるけど」
「相手が私だったからねぇ。今は特に注目浴びてるし」

 その好奇心が変な方向に行ったみたい、と推測を続ける。聞いて納得したのか、緑川君は盛大な溜息をついて机に突っ伏した。

「面倒くさー。それ、どうすんの?」
「これ以上誤解されないように気をつけるしかないんじゃない?」

 こういうのは否定するほど怪しまれるってのは経験済み。原因が私への好奇心なんだからそれが静まるのを待った方がいいだろう。そう私の見解を告げればえー、と不満顔の緑川君。

「水沢は女子高生なのに好きな人いないの?」
「え、なに?」
「そいつときせーじじつ作っちゃえばいいじゃん」

 思わず声を荒げそうになって、どうにかそれを理性で飲み込んだ。代わりにゆっくりと息を吐いて鼓動を落ち着かせる。なんて提案するんだ。そもそも既成事実って言い方。

「……中学生としてどうなの」
「いや、でもおもしれーんじゃん? それ」

 笑いを噛み殺したような声が振って来て思わず眉根に力が篭る。ジュースへのお礼はしつつも米屋君を睨めばへらりと笑顔。腰をおろした米屋君は、自分の分に口をつけながら視線を宙へ泳がせる。

「噂が消えるのを待つより、他の噂で上書きっていいと思うけどなー」
「よねやん先輩もそう思うでしょ?」
「いやいや。ちょっと待って」

 私をおいて勝手に盛り上がる二人は、相手を誰にするかなんて話し始めてる。緑川君はそれでいいかもだけど、私は噂の被害者のままじゃないか。
 他に何か手は無いかと困っていると、転機は突然に訪れた。

「何か盛り上がってるな」
「……あ、空閑君」

 お待たせ、と笑う空閑君から察するに今日はもう帰るんだろう。この場を逃げ切ればとりあえずは二人の提案を受けずに済むだろうか。

「おう、おチビもランク戦すっか?」
「もう腹へった。帰るから和音ちゃんも連れてくな」
「水沢放っといてランク戦しようよ!」
「迅さんに頼まれてるんだ。また今度な」

 ありがたいことに、空閑君は私を連れ帰れるよう二人と交渉してくれた。先ほどまでの話題は霧散したようで、とっとと行きなと後押しされる。当初の目的である情報共有は果たした。私は帰ろうと荷物を手に取る。

 ――そして、自然な流れのそれを失念していたのだ。

「それじゃあまたな、ミドリカワ、よーすけ先輩」

 空閑君の振られた手が、自然な流れで私の手へと絡む。一拍おいて、あれ、と疑問が浮かぶ頃にはもう手をひかれていた。咎める間もなく、引きとめられることもなく、足は帰路へと向いてしまう。

「……既成事実……」

 小さく呟いた声は、緑川君か米屋君か。できれば聞き間違いであって欲しいと願いながら、空閑君の後を追いかけるのだった。

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サヨナラの引力

 

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