真っ直ぐに伸びた指の先が私を示す。人を指差しちゃいけないんだよと咎めたら、逸らされた指。その向こうで憮然としている出水君がそんで? と私に問う。
「付き合ってんの? お前」
「……誰と」
「緑川と」
付き合ってませんと否定すれば、だよなぁと気の抜けた返事。
出水君にも話しておいて欲しかったなぁ、と今は防衛任務でいない米屋君を思う。本日最後の授業は、先生の急用で自習となってしまった。それに乗じて噂の真偽を確かめるべく私の元へと来たらしい。自習プリントはいいのかな。
「つうかずりーぞ。槍バカとランク戦したって?」
「したよ。緑川君とも」
「おれともやろうぜ、射手対決」
「今日は嫌だよ。散々注目浴びたばっかなんだから」
出水君が相手じゃ実力的に手強いのはもちろんのこと。その試合がどれだけ注目されてしまうのか考えただけでぞっとする。食い下がる出水君は隊室の訓練モードならどうだ? と提案されて一瞬考える、けど。
「太刀川さんに会いたくないなぁ」
「えっ?」
「俺とも戦えってなって笑いながら切り刻まれそう」
まるで迅さんみたいに、って思ったことは寸での所で飲み込んだ。出水君はそれに思うところがあったのかあぁ……と歯切れの悪い返事。結局のところ私の予想を否定できなかったらしく、ひとつ頷いて残念と呟いた。
だけど、そういえば私、大規模侵攻の後ちゃんとお礼してないなぁ。
「……ねぇ、でも今日隊室ついてってもいい?」
「は? さっきの今で何でだよ」
「太刀川さんにお礼してなかったからさ」
そうだ、忙しかったと理由はあれどお礼をし損ねていた。私みたいなお荷物を本部まで連れて帰ってくれていたというのに。そうとなれば手土産をもって挨拶をしなければ。怖いけど。
「太刀川さんにお礼するとしたら何?」
「それこそ私をどーぞってやれば? 遠慮なく切り刻んでくださいっつって」
「……甘いものは嫌い?」
まぁウチは皆好きかなー、との返事に無難な茶菓子にしようと決める。
ざわめきの中、私は再び自習プリントへと視線を落としたのだった。
そうして手土産片手に太刀川隊隊室の前に立つ。あぁやっぱり怖い。何を緊張してんの、なんて茶化す出水君の声に深呼吸で返す。お先にどうぞと促せば、出水君は当然の如く扉を開いた。
「お疲れ様でーす」
「あ〜、おつかれさま〜」
一番に答えたのは、太刀川隊オペの国近先輩だ。ゲーマーらしく暇つぶしで今も遊んでいたのだろう。けれど私と視線があうと、コントローラーを置いて歩み寄ってきてくれる。
「えーと、水沢ちゃんだったっけ?」
「あ、はい。お疲れ様です」
とろんとした瞳はとても優しくて、出水君の鋭い猫目とは対照的だ。私にも、おつかれさま〜とにこにこ笑顔で挨拶してくれる国近先輩。雰囲気に釣られてほわほわしていると、気を戻すように隣の出水君に小突かれる。そういえば太刀川さんの姿がない。柚宇さんあのさ、と出水君が本題を切り出す。
「太刀川さんは? こいつが用事あるんだけど」
「えっとね〜、後ろにいるよ〜」
後ろ、と思った瞬間、両肩をがしりと捕まれる衝撃。思わず引き攣った声を上げるけど、目の前の国近さんは笑顔のままだ。太刀川さんおかえり〜、という間延びした挨拶が私の背後へと向けられる。
恐々振り返れば、獲物を見つけたと言わんばかりの太刀川さんの笑顔があった。
「よーう腹黒チビ。暇か」
「暇じゃ、ない、です」
一気に背筋が冷える。蛇に睨まれた蛙とはまさにこのこと。
固まっていたら、とりあえず中に入りましょうと出水君から助け舟が出されてようやく息をつく。渋々離れた両手と隣をすり抜ける気配にどぎまぎしながらも、促されるままに私も隊室へ足を踏み入れた。
どっかりソファーに座る太刀川さん。ちょっと待ってね〜と給湯室へ消える国近先輩。出水君は少し距離を開けながらも私の隣に座ってくれて、その存在がとても心強い。それを励みにとりあえずは手元の袋から菓子折りを取り出した。
「あの、大規模侵攻の時はありがとうございました」
「あぁ?」
「動けない私を抱えて、連れて帰ってくださったと聞きまして……」
遅くなってしまってすみませんでした、と頭を下げてお礼の品を差し出す。太刀川さんは合点が言ったのか、そういうことかと遠慮なく受け取ってくれた。開けるぞーと断ってばりばりと包装を開けていく姿を見て胸を撫で下ろす。おぉうまそう、と早速ひとつそれを口にして、うまいと言われてようやく私も笑顔を返せた。
「入院したって聞いたけど、もう大丈夫なのか?」
「はい。軽い栄養失調ってだけでしたから」
会話の後ろで国近先輩がどうぞ〜、とお茶を差し出してくれた。目の前の太刀川さんは当然のようにそれを一口飲んで、またお菓子へと手を伸ばす。隣の出水君までもがいつのまにかお菓子を食べ始めていて、うまいな、と一言。A級一位はこんなにマイペースなのかと眺めながら私も一口お茶を頂く。
まどろんだ空気に油断していると、唐突に太刀川さんの視線がぎらついた。
「で、S級になったんだろ?」
「は、はい」
「模擬戦闘の許可は?」
「えーと、鬼怒田さんの許可がないと駄目です」
「ちっ、つまんねぇ」
懲りないなぁこの人。太刀川さんは残念そうにソファーに大の字で寄りかかる。なんか似たようなやりとり前にもあったし、その時も断ったな私。でも流石にまだ、迅さんのお墨付きのない状態じゃ人相手には使えない、かな。
そう考えていると唐突に国近先輩がねぇねぇ、と話題を変える。
「飛び込みでB級部隊一個増えたらしいんだけどさ〜」
「あ、玉狛第二ですか?」
知ってるの〜? と間延びした問いかけに頷けば、そっか〜と笑う国近先輩。出水君もメガネ君達かと呟いて、太刀川さんもそういえば迅が言ってたな、と思案顔。どうやら思った以上に三雲君率いる部隊は注目されているらしい。
「まぁ初戦は下位戦だから見なくてもいいだろ」
「どのくらい強いのかな〜」
「あ、でもその次ってうちら防衛任務っすよ」
とても今更だけど、みんな凄いマイペースだな。私ここにいていいんだろうか。そんな私の躊躇いはどうも隣の出水君に伝わってしまったらしい。今日も鬼怒田さんの所行くのか? と話題を振られてしまった。何となく帰そうとしている気配を察したのか、太刀川さんがそれに口を挟む。
「おい、まだ訓練室に連れ込んでねーぞ」
「こいつ一応退院して日浅いんですから、無理はさせないで下さいよ」
はいはい行くぞー、と出水君は菓子折りの中から数個つまみとる。そうして差し入れした私にまで、もらっとけとそれを鞄に押し込んだ。また明日と言われて隊室から逃がされたらすぐに扉がぱたりとしまる。
「……明日、もっかいお礼言おう」
今度は出水君に、と思いながらも嘘から出た真にするべく足を技術開発局へと向ける。
B級ランク戦は明日の夜からのはず。少しだけ見に行きたい気持ちもあるけど、どうしよう。
――思い出すのは、昨日の空閑君。
頭を悩ませながらも私は鬼怒田さんのところへ逃げ込んだのだった。