めぐりめぐったありがとう
 二月一日土曜日。B級ランク戦開幕の日。
 対戦カードは三雲隊、間宮隊、吉里隊。

「見に行きたいのか?」
「いえ、確認しただけです」

 本当に玉狛第二が始動したらしい。人事のように話を聞き流す。幸か不幸か、鬼怒田さんから計測を言い渡されてしまったからだ。見に行かない、行けない理由が出来たことに安心したような、残念なような。
 そうはいってもこれはこれで問題なのだ。これまでほとんど使ってこなかったブラックトリガー。それが最近は、どうにもこれまでとトリオン配分が異なっている、らしい。詳しい仕組みは解析が終わったら説明してやるとのことで今はされるがままだ。

「明日は日中の防衛任務だったな」
「はい、そうです」
「昼過ぎには来ておれ。データを取ってから出動だ」

 と、その指示通り次の日もやってきたボーダー本部。
 今日は学校が休みだから、隊員の大半は私服か隊服だ。そうなると上手く人ごみに紛れられるようで、私も平気な顔をして食堂へとやってきた。自宅で食べる気にならなかったから、たまにはいいだろうと列へ並ぶ。
 無事に注文を終えて、人から離れた隅の席へと座った。さて食べようと小さく手を合わせかけた瞬間、誰かが私の前の席の傍で立ち止まる。

「向かい、座っても構わないか?」

 赤い瞳と視線が合って、どきりと心臓が疼いた。だけど同時に視界に映った黒い髪で我に返る。断る理由を見つけられず、どうぞとそれを促せば、風間さんはそのまま私の向かいの席へ座った。
 食べていいのかな。おずおずと両手を合わせていただきますと呟く。それをみた風間さんも小さく手を合わせていただきますと呟いた。え、本当に一緒に食べるの?

「水沢」
「は、はい」
「S級になったそうだな」
「はい」

 そうか、と一度途切れる会話。どうしようとても気まずい。わざわざこんな隅の私の元に来たのだから、用事があるのだろうとは思う。だけど風間さんは平然とカツカレーを頬張るだけ。表情が読めない。いや、美味しそうではあるけれど。
 私もとりあえずは食事を進めながら必死に話題を探していると、唐突に風間さんと目があった。

「大規模侵攻での事だが」

 カチャン、と風間さんのスプーンが食器を叩く。
 思わず私も食事の手を止めると、風間さんは食事の手を止めたまま私を見据えた。

「敵が本部へ侵入した際、迎撃したのはお前だな」
「は、はい」
「助かった。礼を言う」

 向けられた目礼。こくりと、自分の唾液を飲み込む音がやけに響いた気がする。
 呆然としていると、風間さんはまた平然と食事の続きに戻ってしまった。ど、どうしよう。風間さんが何考えてるかよくわからない。

「……あ、あの、風間さん」
「なんだ」

 伺って見れば、カレーを口に運んでもごもごと咀嚼する風間さん。もしかしてさっきお礼言われたのって幻聴だったのだろうか。とりあえず、私は何もしてませんよとだけ告げるのが精一杯だ。しかしそれを聞いた風間さんは、また手を止めて口を開く。

「状況はどうあれ、俺達の隊はあの角付きを仕留め損ねた」
「……は、はい」
「その後駒として浮かせたのも本部長の判断だ」
「はい」
「……だが」

 風間さんの瞳はとても真っ直ぐで、私の疑問をゆっくりと解いていく。

「お前が迎撃していなければ、非戦闘員にもっと被害が出ていただろう」
「……それは、ですが」
「結果論だ。だが、助かった」

 ありがとう、と今度はしっかりとした言葉で伝えられた感謝。私はそれに応える言葉を見つけられず、おずおずと頭を下げる。
 風間さんはそんな私を確認して、また無表情のまま食事を進める。

「……あの、もしかしてそのために?」
「お前は捕まらなくて苦労した」
「それは、お手数をおかけしまして……」

 そうまでして、風間さんは私にお礼を言いに来たという事実。受け止め切れないでいると、風間さんはそんな私の躊躇いを汲んだのか小さく溜息をつく。

「迅に聞いたが、お前は部隊を組んだ経験がないらしいな」
「あ、はい」
「だがお前はボーダーに所属している限り、俺達の仲間でもある」

 風間さんは鋭い目つきを緩めないままだ。だけど確かに、少しだけ顔が綻んだように見えた。

「力の及ばない点は他の誰かが補う。それが仲間だ」

 風間さんはそう言ってまた一口カレーを口に運んだ。私も倣って目の前の食事を口に運びながらも言われたことを反芻する。
 結果論だと言う風間さんだってきっと、あれがただの偶然だってわかってる。私が本部で待機していたのも、あいつが通風口から現れた時に私がいたのも。それでもお礼をくれたのは私が太刀川さんにお礼を言ったのと同じ気持ちなんだろうか。

「風間さん、こんな所で食べてたんですか?」

 そんな中で聞こえた声は、風間隊の菊地原君の声だった。彼らもご飯に来たのかと思ったが、手に持ったトレーは既に綺麗になっている。すぐ後ろに同じく風間隊の歌川君の姿も見えて、どうも片付けの途中らしい。

「お前達、もう食事は済んだか」
「はい」
「ぼく達だけで食べてろなんて言って、なんでこいつのトコに?」

 ぎろり、まるで部隊での食事を邪魔されたと言わんばかりの鋭い視線。菊地原君の表情が怖くて少しだけ固まっていると、風間さんは小さくそれを咎め、菊地原君はぶぅぶぅと頬を膨らませた。
 一度は不満を飲みこんだみたいだけど、どうにも皮肉が標準装備らしい。菊地原君は少しだけ黙ったかと思うと再び私へと視線を向ける。

「こんなトコにいていいわけ? 彼氏が心配するんじゃない?」
「か、彼氏?」
「何人いるの? 何か色んな人の名前が挙がってるけど」
「そ、そもそもゼロ人なんですが……あ、もしかして噂の話?」

 そうだ、菊地原君といえば強化聴覚のサイドエフェクトを持っているんだ。今こうして風間さんと二人で食事をしている相手が私だと気付いた人もいるんだろう。遠巻きにこちらを見る人達の噂する声も菊地原君なら聞こえるんだ。
 刺々しい態度を見かねたのか、隣にいた歌川君がそんな菊地原君を制する。

「すみません、水沢先輩凄い注目されてるみたいで」
「ううん。ごめんね、煩くさせて」
「本当だよ。面倒くさい」
「こら、菊地原」

 歌川君が申し訳なさそうに菊地原君を咎めるけど、本人はそんなの何処吹く風だ。
 一方マイペースに食事をしていた風間さんのお皿がいつの間にか綺麗になってしまった。傍にあった水を一気にあおるとご馳走様でした、と静かに両手を合わせる。

「行くぞ、午後の分の打ち合わせだ」
「はーい」
「わかりました」
「それじゃあな、水沢」

 あっという間に立ち上がり去っていく風間さん。それを追いかける菊地原君と歌川君を会釈で見送る。
 風間さんとの会話はほんの僅かな時間だったけど、だけど確かに言われた“ありがとう”が胸の中を優しく温めてくれた。

 ――あぁそうか、私はあの時。
 風邪引かないから大丈夫だとか、心配するなじゃなくて。多分ありがとうと、笑ってほしかったんだ。それは、きっと、私を認めてほしいって、思ってるからなんだ。

「……明日は玉狛に行ってみようかな」

 近づいたと思っていた気持ちが、ふわりと突き放されたような恐怖。それが自分の不調の原因だとわかれば、後はどうにかなる。
 だって私は、それよりもっと怖いことを知っているんだから。

[59/109]

 

サヨナラの引力

 

ALICE+