次の日、月曜日。栞から呼び出しがかかる。今夜はまた迅さんと防衛任務なのだけど、空閑君とレイジさんもそうらしい。レイジさんに足を交渉するから、と言われ訪れた玉狛支部。
「はいこれ! こっちが和音ね!」
「え、うん。」
栞はそう言って二人分のコーヒーを私に押し付けた。これは誰の分だ。そうして説明もなく、背中を押されるがままにエレベーターに乗り込む。降りた先にはどんよりとした雰囲気を纏いながら、パソコンに向けて眼鏡を光らせる三雲君がいたのだ。
「えーと? だ、大丈夫?」
「……あぁ、はい。大丈夫、です」
どこからどうみても大丈夫じゃなさそうな三雲君の返事。反応が鈍い。多分これ、私の手元にある二人分のマグカップも見えてないな。言葉少なに返事をして、ディスプレイを睨んだ三雲君は手元の紙へ視線を滑らせる。そしていよいよ大きな溜息をついて机に突っ伏してしまった。
「……いや、だめだ」
と思ったら、すぐに渇をいれながら体を起こす三雲君。再びディスプレイを眺めてぶつぶつと呟くのは作戦案だろうか。次のランク戦を目前に考えることはたくさんあるようで、滅入っているみたい。
事情を察した私は、栞に託された三雲君用のコーヒーをそっと机の脇に差し出す。
「……あ、ありがとうございます」
「栞からだよ。大分根詰めてるみたいだね」
コトリと机を叩く音に反応した三雲君は、弱々しい笑顔を向けながらカップを受け取った。栞が少し多めに砂糖をいれていたのは三雲君の為だったんだ。疲れた時には甘いもの。一口飲んで深い溜息をつく三雲君を眺めながら、私も近くに腰を下ろしてコーヒーを啜る。
大変そうだけど、戦略は私もそんなに得意な分野ではない。どうしようかなぁと三雲君を眺めれば、ぱちりと目が合ってしまった。
あの、と遠慮がちに声をあげる三雲君に思わず声をかける。
「大変そうだけど、何もしてあげられなくてごめんね」
「いいえ、これはぼくがやらなければいけないことですから」
見るからにくたびれているというのに、笑顔を返してくれる三雲君。なるほど、空閑君が心配する気持ちもわかるなぁ。と、チームメイトの姿が見えない。二人はどうしたのかと聞いてみれば、夜のランニング中なのだとか。三雲君が作戦の大筋を組み立てながら、二人はその指示を遂行できるように訓練する。
「……チームっていいねぇ」
「は、い?」
風間さんの言葉を改めて実感する。あまり意識していなかったけど、部隊で、仲間っていう存在はたくさんいるんだ。力の及ばない点は誰かが補うって、こういうことなんだろうと話を聞いて思う。
「仲間がいるって心強いね」
「……はい」
そういって優しく笑う三雲君の顔は、あの夜の空閑君の笑顔によく似ていて。今ならあの笑顔の理由をもっと素直に理解できる気がする。
そういえばまだ初戦おめでとうって言ってなかったな、と声をかけようとしたら、地下室にベルが鳴り響いて、降りてきたエレベーターから千佳ちゃんと空閑君が現れた。
「修くん、お菓子持ってきたよ」
「頭をつかった後は甘いものだって栞ちゃんから」
栞、今度は二人に菓子の差し入れを頼んだらしい。わざわざ人を介するのは世話を焼き過ぎないようにしてるつもりなんだろうか。その割りに、私や空閑君や千佳ちゃんを使って手助けし過ぎな気もするけど。
「これ美味しいんだよ、修くんも食べてみて」
「こっちは和音ちゃんの分だって栞ちゃんから」
三雲君と私はそれぞれ千佳ちゃんと空閑君から菓子篭を受け取る。ありがとうと受け取って、早速ひとつ摘まんで開けた。これ美味しいんだよね。三雲君は躊躇いながらも差し入れを食べることに決めたのか、同じように一つ摘みとる。休憩する様子を三雲君が見せたからか、空閑君と千佳ちゃんは満足気な笑顔。
と、せっかく三人揃ったのだ。私はお邪魔かもしれない。
「部隊の打ち合わせとかあるかな。私」
行くね、と断って席を外そうと立ち上がった。瞬間、がしりと手首を握られる。それは言わずもがな空閑君で、その手によって再びソファーに座らされてしまった。少し驚いたけど、それは三雲君も千佳ちゃんも同じらしい。そんな私達の視線を集めた空閑君は、不満気な顔で私を咎める。
「もう少しいてよ。でないとオサムが休憩しないから」
「空閑。そんな、無理矢理」
「あ、私は夜の防衛任務まで暇だから…」
引きとめられたことは、別にいいんだけど。いいのかな。
了承されたからか、空閑君は隣に堂々と腰を下ろして満足気。私の手の中にある菓子篭から、ちょーだいとひとつ摘み取っていく。そのまま、寛ぎながらお菓子を食べはじめた姿を見て少し考える。空閑君がこんな強行手段を取るのは珍しい気がする。
「……三雲君、そんなに無理してるの?」
「い、いえ。そんなつもりは」
「そうだ。千佳ちゃんもこれ食べる?」
「あ、えっと、いただきます」
せっかくだから千佳ちゃんも、と手招きすれば反対隣に座ってくれた。お菓子を手渡せば笑顔でありがとうございます、が返ってくる。かわいいなぁ。癒やされながらコーヒーを飲んでいれば、三雲君はまだ何か気にかかるのかおずおずと口を開く
「あ、あの。水沢先輩」
「なに?」
「……よかったらぼくの分を」
「大丈夫。栞セレクトなんだから三雲君こそ糖分補給しないと」
私の分から二人のお菓子が取られていくのが居た堪れなかったらしい。だけど夕飯は済んでるから、お菓子を食べ過ぎないために丁度いいくらいだ。それよりは三雲君にこそ糖分が必要だとその申し出をやんわりと断る。
散々に咎められてさすがに思うところがあったのか、大人しくお菓子を口に運び始める三雲君。これはこれで、休憩なのに気疲れしてそうだと心配していると空閑君がなぁ、と声をあげた。
「和音ちゃんは何かない?」
「何か?」
「次の対戦相手、あらふね隊とすわ隊なんだ」
……これはもしかして作戦のアドバイス的なものを求められているんだろうか。部隊戦どころか個人ランク戦も縁遠い私には、随分とハードルの高い質問だ。情けないけど言えることが浮かばなくて私は静かに頭を下げる。
「……ごめんね、それは力になれそうにないや」
もうちょっとランク戦の記録きちんと見ておけばよかったかな。今更反省しても遅いのだけど、一応先輩のはずなのに情けない。
と、そんな私に気を遣ったのか千佳ちゃんがおずおずと声をかけてくれる。
「あ、あの。栞さん、和音先輩の勘はよく当たるって言ってましたよ」
後輩にまで気を遣われて情けない、とは思うものの。そういえば前にも栞にそんなことを言われたなぁと思い出す。すると空閑君はそれに思うところがあったのかさらに口を挟んできた。
「すわ隊って前の大規模侵攻で共闘したんだろ? どんな感じ?」
聞かれて、あの角付きとの戦いを思い出す。
諏訪さんがキューブから復帰した直後に堤さんから伝えられた作戦内容。訓練室へ陽動すべく諏訪さんと笹森君が奔走して、その隙に堤さんがシステム室に入ったんだった。笹森君は必死で諏訪さんに着いていってる感じだったかな、と一通り思い出してまとめると。
「諏訪さんの破天荒をサポートする堤さんと使われる笹森君って感じかな」
かたんと、三雲君が唐突に持っていたマグカップを机の上に置く。どうしたのかと視線をやると、呆然とした表情のまま何かを呟くように唇が動いた。その後すぐさまディスプレイへと向き直ってしまう。休憩時間はどうなったんだろう。
「……何かまずいこと言った?」
「いや。むしろ助かった」
おそるおそる空閑君に尋ねれば否定の返事。なんか閃いたみたいだとにやり笑っている。完全に休憩する雰囲気じゃなくなっちゃったけどいいのかな。
もし少しでも参考になったのなら、千佳ちゃんのフォローが発端だ。
「ありがとね、千佳ちゃん」
「え?」
「お陰で少しは役に立てたみたい」
お礼を告げれば、照れたような笑顔で応えてくれる千佳ちゃん。こうなってしまうと長居も良くないなぁと再び立ち上がる。
「相談もあるでしょ? 今度こそ上にいくね」
「おう、またな和音ちゃん」
ぺこりと頭を下げた千佳ちゃんとひらひら手を振る空閑君。三雲君は集中してるみたいだから声をかけないままに私はエレベーターに乗り込んだ。