冬空の下、エンジンの音が響く車の傍で息を吐いた。白く変わるそれを星空にかけながら、見上げて待つ。少ししてようやく、空閑君と千佳ちゃんを引き連れたレイジさんが戻ってきた。
「レイジさん、お願いします」
「あぁ」
お前たちも乗れと千佳ちゃんと空閑君に声をかけるレイジさん。多分この感じだと、女二人で後部座席だろうなとさりげなく車に乗り込む。各自腰を落ち着けたところで、千佳ちゃん達からもお願いしますの声。
さっそく車は動き出し、千佳ちゃんの家に向かうだろう見慣れない道を進み始めた。
「三雲君はあれからどう?」
「荒船隊への作戦が決まらなくて」
隣の千佳ちゃんに尋ねてみれば、荒船隊に頭を悩ませているらしい。確かに狙撃手三人という部隊は中々異色だし、相手にするのは面倒だろう。寄れればいいけど、盤面上に三人も敵狙撃手が散ってるなんて想像しただけでしんどい。
「一人に寄ったら二人に狙撃されるってことだもんね」
「どうしても相手の戦略に乗せられちゃうからって……」
「全員狙撃手ってランク戦じゃほんと厄介そう」
息を潜めて機会を待ち、逃さず一発で仕留める。狙撃手っていうのはそういう役割だし、一人落ちれば戦況は変わる。そう戦況をひっくり返せる人を三人も相手取るのはどう考えてもしんどい。
「まとまっててくれたらいいけど、なかなかそうならないからねぇ」
「……そうなる時ってあるんですか?」
「普通はないけど、でも狙撃しやすいポイントってあるでしょ?」
だからと言いかけた時、運転席のレイジさんに名前を呼ばれて口を噤む。あんまり教えるなの言葉に反射で頷くけど、これ、そんなに意味のある内容だったかな。
すると何かがひっかかったのか、千佳ちゃんは考えるように顔を俯かせてしまう。どうしたものかと様子を伺っていると、助手席の空閑君がくるりと振り向いた。
「チカ、明日また昼休みに屋上でな」
その声に、千佳ちゃんはふと顔を上げる。何か言いたそうで、だけど言葉に詰まる千佳ちゃん。事の成り行きを見守っていると、再び千佳ちゃんをフォローする空閑君の声。
「おれ達は狙撃手とは考え方が違うから、チカの考えは参考になるぞ」
仲間を思いやる、優しい声。
それだというのに、ずきんと胸のどこかが痛んだ感覚がする。
三人は仲間なんだから当たり前なのに、どうしてこんな気持ちになるんだろう。昼休みに会える、そんな学校の違いだって今更なのに僅かに滲む疎外感。
優しい笑顔で千佳ちゃんを見る空閑君の顔は、あの夜ととてもよく似ている。何かが吹っ切れたのか、わかったと告げる千佳ちゃんに、優しく頷く空閑君。あぁ、なんかだめだ。見たくない。早く着いて。
願いが届いたのかどうかはわからないけど、走っていた車がゆったりと道路脇に止まる。
「着いたぞ」
レイジさんの声に隣の千佳ちゃんが反応した。返事をしてそそくさと荷物をまとめた千佳ちゃんは車を降りて行く。レイジさんへお礼を、空閑君にまた明日の挨拶、そして私へは任務への激励。
それぞれが返事をして私も笑顔で手を振り、車はゆっくりと再発進する。あぁ良かった。よくわからない緊張感が緩んで肩を落とす。そう安堵していると、今度はレイジさんに再び名前を呼ばれてしまった。
「お前の方はどうなんだ」
「……え、私ですか?」
「毎回迅と組んでるみたいだが、大丈夫なのか?」
迅さんと組むことがまずいのかなぁとぼんやり聞いていると、宇佐美と小南が心配していたぞ、と言葉が続けられて意図を察する。
「二人が心配するようなことは、今の所ないですよ」
「ならいいが、あんまり無理はするな」
気をつけますと答えながら、私は視線を車窓へと移した。恐らく警戒区域内を走っているんだろう、点いている街灯はまばらだ。今度は私を送ってくれてるのかと景色を眺めていると、レイジさんは思い出したように言葉を続ける。
「水沢、京介に何か言ったか?」
「え? 思い当たることはありませんけど…どうかしましたか?」
「何か考えているようだった。心配させるようなことしたんじゃないのか」
ううん、と首を捻ってここ最近を思い出してみるけど、何かあっただろうか。もちろん玉狛の夕飯に邪魔する時にはよく顔を合わせることも多い。だけど二人で話した機会なら――最後に話したのは多分、退院後すぐの玉狛だ。あの時は確か寝てた私を起こしに来てくれたはず。あ、あんまり思い出したくないな。
「……心当たりと言えば」
「なんだ」
「退院後の私が相当酷かったんじゃないかと」
「あぁ、なるほど」
「納得しないでくださいレイジさん!!」
冗談のつもりだったのにレイジさんも相応に酷い。
かと思えばレイジさんは、あの時のお前はやつれていたからな、なんて呟いた。そうだったろうかと思わず黙ってしまうと気にするな、と言葉が重ねられてしまう。私が声をかけるより先に、再び減速しはじめた車が私の担当地区近くで止まった。
「それじゃあな」
「送っていただいてありがとうございました」
車内でレイジさんに別れの挨拶を済ませていれば、くるりとした空閑君の瞳も私に向けられる。
「じゃあな、和音ちゃん」
「うん。空閑君も頑張って」
笑顔を、返せたんだろうか。それでも空閑君から返って来るのが笑顔なら上出来だ。私は静かに車のドアを閉めて、自分達の任務地に向かう二人を見送る。
空閑君の姿が遠くなった今だからこそ、ゆらめく感情。千佳ちゃんには空閑君に出来ないことが出来るんだ。それも一つの、力を補いあう仲間の在り方。
自覚した燻りを言葉に表せばとても単純なもので、
でも出来れば見ないふり気づかないふりで済ませたかったなぁと一つ溜息。私はこれにどう向き合えば、空閑君を好きでいられるんだろうか。今の自分には出せない答えを探しながら、私は迅さんと合流するべく足を急がせた。