防衛任務の予定時間を、丸々メンテナンスに費してしまうとは。時計の針が垂直になる頃、やっと終了だとの声がかかる。私が溜息をつきながら訓練室を出ると、鬼怒田さんも同じように肩を落としていた。
「……鬼怒田さん、結局何だったんですか?」
「うむ、使えば使うほどトリオン効率が下がるようだな……」
鬼怒田さんは、記録した紙をひらひらと踊らせて説明をはじめた。つまりはトリオン吸収、貯蓄、そして放出はある程度均衡を保っていて、放出だけとか、吸収だけとか、どれかに偏るような使用が難しい、らしい。
その結果、今の私がトリオン弾に使えるトリオン量は常態の三分の一以下。私は弾速を意識して調律していたため、威力がほとんどない状態らしい。
「おそらく、トリオンを無限に使わせないためのセキュリティなのだろうな」
ふぅ、と息を落としてまとめた書類をしまう鬼怒田さん。今後三日間はどちらのトリガーの使用も禁止する、と言い渡された。
手続きはやっておくと私の了承を問わず言い切られてしまい、もう頷くしかない私は了解とだけ返して、ようやく解散の指示を受ける。鬼怒田さんもほぼ徹夜でここまで解析するってことはまずい状況なのかな。けど、もう今更どうしようも無いことだとだるい身体をどうにか踏ん張って、お疲れ様でした、と技術開発局を後にする。
「あ、和音ちゃん見つけた」
さて帰ろうと、本部の表玄関から踏み出した所で声がかかった。
まるで私がここにくるのを知っていたかのように現れた空閑君。どきりと胸が高鳴ると同時にずきりと胸が痛んで、相反する感情を同時に自覚できるのだなぁと頭の隅でぼんやり思う。
「……どうしてここに?」
「迅さんに、本部にいるって聞いたから」
あぁ、また迅さんの差し金かな。考えるより、会って話せとでもいうつもりだろうか。まったく。けれど会えて嬉しいはずなのに、もやりと燻るこれは、何だろう。
――多分、これは、空閑君への罪悪感。
「……そっか、ごめんね」
私が今更謝ったところで、事実は変わらない。おそらく迅さんに、そして空閑君にも心配をかけて、こうして気にかけて会えるようにしてもらったのだから。
私にはそれを断る理由なんて一つも浮かばなくて、それが少しだけ、辛い。
「行こうよ」
そう言ってやっぱり当然とばかりに差し出された手に、そっと自分の手を重ねる。空閑君の後ろに続いて歩くのは、まるで空閑君に引っ張ってもらっているみたいだ。
私はこれから何度、この手に甘えて過ごすんだろう。誰かが空閑君にできることがある。それは、私にはできないこと。だからといって、こうして縋るしか出来ない自分が情けなくて仕方ない。
引かれて進む帰り道は足取り重く、眩しい朝日は私達を煌々と照らす。今が夜なら良かったのに。それならきっと空閑君の隣を歩けたかもしれない。けど今は。その隣に立つ自信がなくて、後一歩前に踏み出すことができない。
「和音ちゃん?」
空閑君が表情を伺うように私を見て、その眼差しに胸が苦しくなる。やりたいことがあって、今頑張っている空閑君の手を煩わせる私。こうして、私に出来ないことを、空閑君が私にしてくれるのなら。
「……あの、さ」
聞きかけて躊躇い、口を噤むと、空閑君が歩く足を止めた。つられて私も立ち止まり、どうしたのかと空閑君を見る。真っ直ぐな紅い瞳がうっすらと朝日を反射して輝くのが眩しい。
その目で、見られることが少し、恐い。
「……私にも何か、空閑君にできること、ないかな」
何か一つでも、それが見つけられたのなら。なんて、それも自分のためだ。
結局私は、自分の“好き”という感情に溺れて振り回されるばかり。そして嫉妬を覚えてしまうくらいには、自分本位になってしまっている。だって、頼られるのが、任されているのが、信じられていることが、羨ましい。だから。
「……自分をソマツにしない方がいいぞ」
微かに聞こえた声に顔を上げると、空閑君は憮然として息をついた。だけど視線が絡んだ途端に緩やかな笑顔に変わったから、見間違いなのかもしれない。
いつもの顔でそうだな、と考えるような仕草をした空閑君は、一度だけ手の平に力を込めてから口を開いた。
「今はまだ、とっとく」
「……え?」
「ほら、行こう。疲れてるなら帰って休んだ方がいいぞ」
ぐいと少し強く引っ張られて、そのままに足を踏み出せば空閑君もまた歩き始めた。さっきより半歩縮まった距離で、空閑君は私の家へと向かい歩く。疲れてるって言われたからだろうか、自覚したそれに体が重くなってゆく。
「……疲れた」
「そうだろうな。眠そうだ」
「……うん」
「そうだ、今日の夕飯はオムライスだってとりまる先輩が」
「……いいなぁ」
「呼べって言われてたんだ。和音ちゃんオムライス好きなのか?」
ぽやぽやとした頭で空閑君の話を聞いてゆったりと思考を回す。呼べって、誰が言ったんだろう。烏丸君かな。私の好物覚えててくれたのかな。呼んでくれるってことは今晩は人少ないのかも、と段々思考が散り散りになっていく。
「じゃあまた夜にな」
気付いた時には家の前についていて、空閑君が手を振るから振りかえす。夜ってなんだろう。あぁ、オムライスなんだっけ。心も体もくたびれた私はそれ以上考えることも出来ず、帰宅してすぐにベッドへと沈みこんだのだった。