カーテン越しでも眩しい日差しに、渋々と目を開けた。多分もう昼に近いんだろう。このままじゃ午後の授業に遅れてしまう。起きようとした視界の端で、ちかちかと点滅する光。迅さんから、今日の夜はオムライスだぞとメッセージを受信している。
「あぁそうだ、空閑君もそんなこと言ってたっけ」
危ない。寝てそのまま忘れかけてた。今日は烏丸君のオムライスか、と思い出して少し気分が浮上する感覚。あれ、私、落ち込んでたんだっけ。
「……まぁ、いっか」
独り言で頭を切り替えて支度を始める。午後の授業だけ顔を出して、暇を持て余した放課後。うっかり鬼怒田さんのところに顔を出したら、今朝の話を忘れたかと怒られてしまった。
そんなこんなで時間を浪費して、ようやくいい時間に玉狛支部へと到着する。顔を出した食堂では、既に烏丸君が調理に取りかかっていた。
「こんばんは」
「ちす」
「お誘いありがとう」
柔らかい表情を見せた烏丸君。その向かいから調理台を覗きこむ。軽快な音をたてるボウルには溶き卵が踊っていて、どうやら仕上げの段階らしい。
烏丸君は早速と言わんばかりに、じゅうと音を立てるフライパンへ卵を流し込んだ。とろとろ卵のオムライスは、普通じゃ難しいと思うんだけどな。それを手早く上手に作ってしまう烏丸君は本当に凄い。あっという間にまとめられたオムレツが、チキンライスの上に落ちて、とろり。
「……おなか空くねぇ」
「まぁ、だから作ってるんですけど」
コンロへフライパンを戻した烏丸君は、キッチンペーパーで汚れを軽く拭く。そうしてまた油を注いで熱しながら、ボウルに卵を割り落としていく。再び菜箸がボウルを叩く軽快な音。手際が良いから見ていて気持ちいい。
「いいねぇ。夕飯作ってくれる旦那さんとか理想だよ」
「へぇ」
じゅう、とフライパンの音も気にせずだらりと眺める。帰ってきて旦那さんがこうやって料理作ってたらいいだろうなぁ。しかもそれが、自他共に認めるイケメンの烏丸君ならなおさら。
「烏丸君はこれ以上モテ要素増やしてどうするの?」
「どうもしませんよ。つうか増やしてるつもりもないです」
話している間に、あっという間に出来た二人目の分。私は何度その調理過程を見ても、自分じゃできる気がしない。少なくとも私はこんなにテキパキとは調理できないかなぁ。気づけばもうすでに次の分の卵がボウルで踊っている。
「今日、何人いるの?」
「五人っす。迅さん、小南先輩、水沢さん、オレ、遊真」
そう言いながら、烏丸君は三人目分のオムレツ作りに。烏丸君がオムライスを作る時は、この手間から少人数の時が多い。だからその少人数のなかに、空閑君が混ざっていたことに少しだけ驚く。
「水沢さん、なんかありました?」
「……え?」
そんな私のひっかかりを、烏丸君は気づいてしまったらしい。三人目の盛りつけをしながら、何があったか聞きたいわけじゃないですけどと続ける烏丸君。私が何も言わないからか、再び手際よく調理が進み、溶き卵が熱いフライパンへと注がれる。
「……変、かな?」
「何となく。まぁ迅さんも小南先輩も詮索はしないと思いますけど」
意図的なのか、無意識なのか空閑君の名前は挙がらなかった。言わなかったのをわざわざ空閑君は、と言及するのは変だろうか。そう考えている間に四人前が出来上がってしまったオムライス。烏丸君が最後の一人分に取りかかろうとした時、唐突に食堂の扉が開く。
「そろそろ出来るか? どうだ京介?」
「オムライスはまだなの! とりまる!」
賑やかな声。温かい雰囲気に少しだけ緊張が和らいだ。お疲れ様、と声をかけている私をひらりとかわして、迅さんはオムライス美味そうだなぁと暢気な声をあげる。
「和音、誘ってやったおれに感謝しろよ?」
「作ってくれた烏丸君には感謝してますよ」
「そうすね。とりあえず運んでください」
「……お前ら、おれの扱い酷いね?」
忘れなかったのは迅さんのお陰。だけど手柄みたいにされるのは癪だ。その辺は烏丸君も同意見なのか、私に調子を合わせてくれるから笑ってしまう。
結局迅さんは、ぶつくさ言いながらもお皿を運び始めた。自然に小南も配膳へと来て、何故かまじまじと見つめられる。
「なんで和音は、とりまるのオムライス好きなの?」
「このとろとろ感はお店の味でしょ。家じゃ作れないもん」
まぁそれは確かに、と納得する小南。自宅で作ると、どうしても薄焼き卵をかぶせるだけになっちゃうからなぁ。それに烏丸君のは卵がとろとろってだけじゃなくて、味付けもちょっと違う。
「烏丸君のは全体的にしつこくなくて、美味しいんだよね」
「手を抜いてるだけっすよ」
唐突に会話に参加した烏丸君に、最後のお皿をぐいと差し出された。配膳しようとすれば、それは水沢さんの分ですよと指名される。どうしてかと首を傾げれば小さな声で、卵一個分多いですとのこと。
「ちょうどそれでキリがよかったんで、おまけです」
「やったー! ありがとう烏丸君」
「ちょっと! なんで和音には甘いのよ!」
後輩の態度の違いにブーイングをあげる小南だけど、先輩の分も実は多いですよ、え? 本当?、ウソです、とまた様式美。ぎゃあぎゃあ怒りはじめる小南をおいて私はほくほくで自分の分を運ぶ。
「よーしじゃあ食うぞー」
いただきます、と声を合わせて両手も合わせた。明日は玉狛第二の第二戦ということもあって、話題はそれでもちきりだ。
「修、きちんと帰って寝るといいんだがな」
「あいつ、どーせ家でも作戦資料とにらめっこしてるわよ」
「でも栞ちゃんとチカに絶対寝ろって怒られてたぞ」
「メガネ君のお母さんも厳しそうだからなぁ、夜更かしはできないだろ」
三雲君への心配はわかるけど、なんだか皆の言い分がおかしい。それを目ざとく見つけた小南には笑い事じゃないのよ! と怒鳴られてしまった。
あいつはいくら言っても休まないし寝やしないし、とぶつぶつ文句を言い始めた小南。同調する烏丸君も心配からか口数が多くて、愛されてるなぁと口を挟む。
「あれだけ頑張ってるの見ると、応援したくなるよね」
そう返せば小南は口を噤ませて大人しくなってしまった。あげく、まぁ別に玉狛に所属しているからには、なんて話題を無理矢理逸らされる。そんな小南の照れ隠しにつられて、結局三雲君の話はそこで終わってしまった。
私は適度に相槌を打ちながらも、夕飯を堪能する。たっぷり卵のオムライスと、烏丸君特製チキンライス。おいしいものは心も満たしてくれるからと、私はすっかり元気を取り戻していた。
――元気をなくしていた理由を、忘れかけたまま。