頬に濡れた跡を幾筋も残す涙が、冬風にあたって冷たい。
その冷たさにまた涙が溢れてくるのだから、もうどうしようもなかった。どうにか家に帰りついて、泣きながら眠って迎えた朝。目が腫れぼったくて瞼が重かったけど、学校へ。
私の顔を見た米屋君や出水君は少し驚いた様子だったけど、何も聞かないでくれた。出水君は午後から防衛任務だからといつものようにノートを頼んできたし、米屋君は今日の夜、ランク戦見に行くけどどうするかと誘ってくれた。前者は快く引き受けて、後者は遠慮することにしたけど、二人ともそれに何も言わなかった。
何事もなく今日一日が終わって、私は寄り道もせずに帰宅する。今日のランク戦がどうなるか気にならないわけではなかったけど、空閑君が平然と活躍していても、万が一調子が悪くても見ていられないと思ったから。
相反する感情を持て余して、ただただベッドに沈む。
すると唐突に通知音が聞こえたから、怯えながらもそれを手に取った。
『玉狛6、諏訪隊2、荒船隊1で玉狛が勝ったぞ〜』
差出人は米屋君で、何も言わなくても結果を教えてくれたことに驚いた。
ぼうっとそのスコアを眺めていると、返信してもいないのに再び受信音。
『これから白チビ達の激励に行くけど、伝言なら聞くぜ』
……まさか米屋君、泣いた理由気づいているのかな。
栞が敏いのは知っていたけど、米屋君も変なところで鋭い時がある。この前手を引かれた時も米屋君は見ているしもしかして。察されていたとしても不思議ではないんだけど、どうしよう。
私は少しだけ悩んでから返信せずにベッドに伏せた。何も無いと言うことも、何かを米屋君から伝えてもらうことも違う気がして。
とりあえず、無事に勝てたのなら良かった。一つ肩の荷が降りたような感覚がして安堵の溜息をつくと、静かな部屋にはやけにその音が響いて、空しくなる。
「今更だけど私、結局どうしたら良いんだろうなぁ」
思い出すのも辛くて昨晩は散々に泣いてしまった。だけど、冷静に考え直してみると随分困った状況になっているんじゃないか。
私が空閑君にお願いしたのは、選んで欲しいというただ一つ。だけど、その後私は涙を堪えてパニックになるあまり、選びたくないならそれでもいい、とまで言ってしまった。
だって、空閑君が何かを選ぶことが辛いなら。何も選ばず、無かったことにしたっていいってあの時は思った。そう思う空閑君の気持ちだって大切にしたいと、そう思う。
だけど、そうなったら私はどうしたらいいんだろうか。
次に会う時、私はどんな顔をしてればいいのかわからない。これまでどおりに玉狛支部に遊びにいけるのだろうかということも疑問だ。平気な顔が、出来ないといけない。できれば嘘もなく。
そうするにはこのごちゃごちゃの気持ちをどうにか整理しないといけないのだ。
「……あーもう、なるようになれーってやりたい……」
ごろごろと寝返りをうって、再び布団に顔を埋める。
明日で今週も一段落。さらには久々に午後からの防衛任務だ。それが少しは気晴らしになればいいと思いながらまどろみに身を任せる。とりあえず、気持ちが定まるまでは玉狛には行けないなぁ、なんて考えながら。
そうして迎えた金曜日、午後の防衛任務。久々の任務に気合を入れなおして担当地区へと向かった。既に到着したていたらしい迅さんを見て、一瞬だけ考える。
どうしてあの時迅さんは、私の手をとっていたのだろうか。
聞こうか、そう思ったけどそれでどうなったかを尋ねられると、ちょっと辛い。だから私はそれには触れないようにしようと決めて、普通を意識して駆け寄った。
「おう、和音」
「今日もよろしくお願いします」
そう言って頭を下げればへぇ、と感心したような声が頭上から降って来る。何かと思って迅さんを見上げれば、にこにこしたままこっちの話とかわされてしまった。私は追及する事が出来ないままとりあえずは指示に従って換装を済ませる。それを検知したのかすぐさま鬼怒田さんから通信が入った。
『迅には言ってあるが、途中で本部に帰還してもらう』
「え、はい」
『声をかけるまでは普段どおり任務にあたるように』
「水沢了解」
なるほど、任務の後半はブラックトリガーのメンテナンスになりそうだ。今回の不調は大事じゃ無いといいなぁと考えていると、迅さんはうーん、とどこか気の抜けたような声を出す。
「ま、前半までは頑張ってもらうかな。それなりに数も多そうだし」
「はい」
「よし、じゃあ行くぞー」
迅さんはゴーグルを装着すると地を蹴って飛び立つ。それをアシストすべく私も後に続いて地を蹴った。
本当に任務時間の半分を越えた辺りで、鬼怒田さんから通信が入った。本部へと帰還して早速メンテナンスと計測を行った結果、やはり内部トリオンを集中して消費することは不可能だとの結論がでる。
「今日のデータだと、トリオン効率は以前程度まで回復している」
「は、はい」
「つまり連続的に使用すればするほど、トリオン放出が制御される仕組みだ」
この結果を予想していたらしい鬼怒田さんは、軽い溜息をつくだけに留めた。機器の片付けをするように指示を受け、説明を聞きながら大人しくそれに従う。
「最低ラインは三日に一度。理想は一週間に一度だな」
「そ、そんなにですか」
「お前がランク戦をする時の強制起動も関係してくるかもしれん。それも追ってデータを取る」
鬼怒田さんは計測結果を手早く記録すると、今日はもう休めといって私を追い出した。
時刻は夜十時を過ぎた頃で、外はすっかり暗くなってしまっている。さぁ帰ろうと足を踏み出して違和感を感じるのは、きっと一人で帰路を歩くのが久々だからなんだろう。
――さみしいな、なんて欲張りな私だな。
考えても仕方ないし、帰ろう。
そう思って足を踏み出したのと同時に視界で瞬く何か。なんだろうと意識をそちらに向ければ鈍く光る銀色。いや、白。ゆったりとその人の顔がこちらに向いて、見えたのは紅。
私は歩む足を止めて、ただ呆然と、そこに立ち尽くす空閑君を眺めていた。