夜空をくるりと混ぜ込んで
 日も暮れて暗くなった道をのんびりと歩いて玉狛に向かう。このまま歩いていけば恐らく食休みの頃には着くだろう。もしチカが一人で帰るようならそれを送っていけば今日の任務は終わりだな。
 しかしそうなると今晩も戦術の復習くらいしかやることがない。和音ちゃんもまだいるんだろうか。暇潰しに付き合ってくれないかな。
 そんなことを考えていると、あっという間に支部についてしまった。食堂へと向かい扉を開ければ、一斉に集まる全員の視線。真っ先に口を開いたのは、おれに休みを宣言したこなみ先輩だった。

「遊真? 夕飯はもうないわよ?」
「それは済ませた」
「じゃあ何よ。今日は休みって言ったでしょ?」
「オサムがチカの帰りを心配してたから」

 支部へとやってきた理由を正直に告げれば、途端に全員が納得した顔になった。チカだけが心配性のオサムに照れたようにしていたが、あのね、と何かを言いかける。それを遮ってこなみ先輩が、私達だってぬかりないんだからと声をあげた。
 びしりとおれの背後を指差すから目で追えば、後ろにはレイジさんが立っている。

「そうなると思って帰りはレイジさんに頼んでおいたのよ!」
「車の用意ならできてるぞ」

 表の方を指してそう言うレイジさん。オサムの心配性を見越して、先輩達も色々考えてくれていたらしい。それならよかったと安心していると、今度は栞ちゃんに肩を叩かれる。

「遊真くん、和音送ってってよ」
「おぉ?」
「は?」

 おれと和音ちゃんの声が重なるけど、栞ちゃんは気にせず言葉を続ける。
 全員乗れるんだけど、和音ちゃんは皆とは自宅の方向が違う。そして後輩のチカを優先すると和音ちゃんは一番最後になってしまう。
 だけど明日は早朝からの防衛任務だから、早く帰れるならそうしたいんだとか。そういう事情ならと了承すれば栞ちゃんはほっと息をつく。

「それじゃあ和音をよろしく〜」
「遊真、明日は本部でランク戦しなさいよ」

 確認するなり、栞ちゃんとこなみ先輩がチカを連れてレイジさんの下へ。
 見送って和音ちゃんを見れば、呆然と見つめ返す瞳が瞬いた。

「どうした? 帰らないのか?」
「……ええと」

 困ったように眉を下げる和音ちゃん。何か用事があるのかと思ったけどそうではないらしい。戸惑っている雰囲気だったけど、少ししてふんわりと笑う和音ちゃん。

「……お願いします」
「おう、任された」

 じゃあ行こう、と声をかけて和音ちゃんの手を引く。
 その手が最初は驚いたように固まるのも、そのまま緩く握り返すのにも慣れてしまった。和音ちゃんが何も言わないからおれも何も言わないし、聞かない。
 一度でも“駄目だよ”って言われたら止めようと思ってはいたんだ。だけど和音ちゃんは今日もまた他愛ない話題を切り出す。

「空閑君は、普段の夜は何してるの?」

 尋ねられて少し考えてみる。何をしている、という程のことがないからだ。それよりはどこか適当な場所に腰を落ちつけて考え事ばかりだ。例えば。

「……戦術の復習とか」

 ――だとか。

 その先を今話す必要もないかと言葉を切る。
 和音ちゃんは偉いねぇ、なんて間延びした声で返事した。まるで子供扱いみたいだと面白くて笑うと、きょとりとした顔。今のはおかーさんみたいだな、と茶化してみれば和音ちゃんはまた笑う。

 とろんとした優しく甘ったるい空気が、好きだ。
 何年も休むことなく動き考え続けている脳みそが、ゆっくりとぐずぐずに溶けていって、そのまま止まってしまいそうな感覚。もう眠る感覚も覚えていないけど、きっとそう、眠りに落ちる直前。まどろんでいる時のようにたゆたう意識が心地いい。
 和音ちゃんが自分から手を差し出してくれたあの時。多分あれからずっと、おれはこの手の先にある温かさを何度も確かめているんだろう。気づけば帰り道はあっという間で、和音ちゃんの家の前で揃って立ち止まる。

「それじゃあな、和音ちゃん」
「うん。ありがとうね」

 ばいばい、と小さく振られた手の平を見届けて背を向けた。
 しばらく背中に視線を感じていたけど、少ししてパタンと小さく扉の閉まる音。外は和音ちゃんにとって寒いんだろうし、とっとと自宅に入ればいいのにな。それすらもまたとろんと、何かがたゆたう感覚がある。

 ――だとか、これからのこととか。

 言えなかった言葉が、頭の中でぐるりと一周して戻ってきてしまった。レプリカがいないと他に話題を向けることが難しいとは初めて知った。最近はこうしてかき混ぜるように同じ言葉をくるくると弄んで夜を過ごす。

 ――誰かと付き合ったりするのを咎めるつもりはないからな。

 オサムは多分その“誰か”をぎりぎりで飲み込んだんだろう。面倒見の鬼なオサムだから、きっとおれの視線の先にも気付いている。だけどおれのことも知っているから必要以上に口出しはしない。できない。

「……付き合ってなくても、手は繋げるんだな」

 ぐっぱと手の平を握っては開いて感覚を確かめる。何もない手の平に力を込めても、空を掴んではまた放すだけ。さっきまで確かにあった温かさを思い出すのが難しいのは、身体の感覚が鈍いトリオン体だからなんだろうか。

「……確かに、今のおれじゃダメなんだろうな」

 そしてきっとこの先のおれでも。

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サヨナラの引力

 

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