小さな違和感とひらめき
「遊真、ちょっと頼みがあるんだが」

 とりまる先輩に無表情のまま手招きされて足を止める。訓練メニューを終わらせてこれから夕飯だというこのタイミング。とりまる先輩はこれからバイトの筈なのにおれをご指名らしい。

「今晩もしばらく帰らないだろ?」
「うん。オサム達と作戦会議だ」

 おれの返事を聞いて少し考える仕草をするとりまる先輩。何を考えているんだろうとしばらく待てばよしと頷かれる。

「お前に伝言を頼みたい」
「うむ?」
「ただし、宇佐美先輩とか他の奴らには聞かれないように」

 思わず首を傾げてしまうがとりまる先輩は無言で頷くだけだ。伝言を伝えるだけなのにどうして条件がつくのかわからん。そんな条件の中で、どうしておれが選ばれたんだろうか。

「誰への伝言だ?」
「水沢さんだ」

 と、あげられた名前に納得して頷いた。夜の暇潰しに和音ちゃんを誘うことが多いのをとりまる先輩も知ってるんだ。何を伝えるのかと尋ねれば、明日の夕飯に来いというシンプルな内容。

「メニュー、オムライスにする予定だからな」
「ほう?」
「あの人、オムライス好きなんだ」

 そう話すとりまる先輩の表情だけだと、伝言してまで誘う理由がよくわからん。誘う内容を栞ちゃんとか他の人に聞かれたくない理由も。と、考えていることはとりまる先輩にもわかったらしくて話が続けられる。

「他意はないぞ。ただ恋愛方面に解釈されると困るかと思ってな」
「そういう誘いじゃないってことか?」
「だったらおれが直接言うさ」
「これからバイトだからおれに伝言頼んだんじゃないの?」
「まぁな」

 頼んだぞと最後に告げると、とりまる先輩はそのまま玄関へと消えて行った。結局肝心のところをはぐらかされてしまった感じだ。まぁいいか。
 しかし頼まれたはいいが、今日の夕飯には和音ちゃんが来なかった。毎日きてるわけではないから不思議なことではないんだけど、少し困る。明日本部に行けば会えるだろうか。それとも、何か手段はあるだろうか。
 伝言を伝える方法を考えていたら、今度は突然ようたろうに呼び止められた。

「ゆうま! ランニングに行くぞ!」
「お、なんでおれが?」
「おさむは作戦を立てるのに忙しいと断られたのだ」

 ようたろうは拗ねたように頬を膨らましている。多分ランニング中に野次を飛ばす相手がいないとつまらないんだろう。そういうことなら付き合うかと急いで支度を済ませて玄関に向かう。

「安心しろ、おれが付いてるぞゆうま!」
「はいはい」

 ようたろうの声援を受けながらジャージ姿でチカとレイジさんの元へ向かった。二人とも不思議そうな顔をしていたけど、オサムの代理だと言えば納得される。
 疲れもしない、ただ平坦に走るだけの作業。自分がそうだから余計に、一緒に走るチカの姿に感心した。疲れてるんだろうけど弱音を吐かずに黙々と走るチカは確かに狙撃手向きだ。
 そんなこんなでランニングを終えて、一応シャワーを浴びてからチカと一緒に食堂に戻る。

「あ、遊真君と千佳ちゃん。おつかいお願いしていいかな」

 呼び止められるの、これで今日は何回目だろうか。忙しい日だな。
 栞ちゃんに呼び止められたおれ達にそれぞれ、菓子の入ったカゴが手渡された。おれとチカは一度顔を見合わせてから栞ちゃんに詳細を尋ねる。

「おつかい、ですか?」
「そう! 千佳ちゃんのは修君の分ね」
「じゃあおれのは?」
「和音の分だよ。まだ下にいると思う」

 さっきコーヒー届けてもらったからそのお駄賃、といって笑う栞ちゃん。和音ちゃんが夕飯の後に来るとは珍しい。栞ちゃんは心配そうに、修君を少しでも休憩させてあげてとおれ達の背中を押す。二人でそれに頷いて、さっそくオサムの所へと向かった。
 りん、と音がなってエレベーターの扉が開く。そこにはくたびれた様子ながらも笑顔を浮かべるオサムと、マグカップを片手に優しく笑っている和音ちゃんがいた。

「修くん、お菓子も持ってきたよ」

 そう言ってチカが心配そうにオサムの元へ駆けていく。おれも持ってきたカゴを和音ちゃんの分だと言って差し出した。すると、笑顔で受け取った和音ちゃんは躊躇いなくその場で一つ包みを開ける。オサムもその雰囲気に合わせたのかおずおずと菓子を摘み始めた。
 これで任務は完了だな。同じことを考えたんだろうチカと笑顔をかわす。さて、おれもお菓子をわけてもらおうと和音ちゃんを見れば、いつだったか、ごめんと言った時によく似た顔をしていた。

「部隊の打ち合わせとかあるかな」

 そう言いながら腰を上げた和音ちゃんは戻るつもりなんだろう。だけど、三人になったらまたオサムは一人で悩み始める気がする。だから断られる前に無理矢理和音ちゃんの腕を掴んで、少し強く引けば和音ちゃんは再びソファーへと座った。

「もう少しいてよ。でないとオサムが休憩しないから」

 そのまま伝えたら、オサムには少し怒られてしまった。だけど和音ちゃんは暇だからといってそれを宥めてくれる。その顔はいつも通りで、さっきのは見間違いだったのだろうか。
 とりあえずは許可も出たことだし、隣に座ってお菓子を一つわけてもらう。オサムの眉間のしわが一つ増えた気がしたのは気づかないフリ。

「千佳ちゃんもこれ食べる?」
「あ、えっと、いただきます」

 和音ちゃんがおれ達にお菓子をくれるものだから、オサムの眉間の皺がさらに増えた。耐えかねたのか自分のを分けようとするオサムとやんわり拒否する和音ちゃん。気を逸らすついでに、今のうちに和音ちゃんにもアドバイスをもらおうかな。

「なぁ、和音ちゃんは何かない?」
「何?」
「次の対戦相手、あらふね隊と、すわ隊なんだ」

 おれ達より相手を知っているんじゃないかと思って聞いてみる。すると和音ちゃんは眉間に皺を寄せて唸りはじめてしまった。少ししてから思い当たりがなかったのか和音ちゃんは申し訳なさそうな顔。

「……ごめんね、それは力になれそうにないや」

 やっぱり、またこの顔だ。困ったように笑う、寂しそうな表情。
 聞いたのはおれだけど、そこまで申し訳なさそうにしなくてもいいのに。それがチカも気にかかったのか、でもと和音ちゃんに声をかける。

「栞さん、和音先輩の勘はよく当たるって言ってましたよ」
「あー……いや、どうだろうね……」
「すわ隊って前の大規模侵攻で共闘したんだろ?どんな感じ?」
「えっと……諏訪さんの破天荒をサポートする堤さんと使われる笹森君って感じかな」

 そう和音ちゃんの言葉で端的に現された感想は何だか独特だ。
 するとオサムが何かひらめいたようで、カップを脇に置くと再びペンを手にとった。パソコンへと向かい始めたオサムに和音ちゃんはひっそりとおれに声をかける。

「……私何かまずいこと言った?」
「いや、むしろ助かった」

 ひたすらにガリガリと何かを書きこんでいくオサム。休憩時間だったけどこうなったら煮詰まるまでは止まらないだろう。
 すると和音ちゃんもほっとした様子でチカのフォローにお礼を言っていて、やっぱり、ありがとうなんだなとそれを眺める。その方が、らしい。

「こうなったら相談もしたりするでしょ? 今度こそ上にいくね」
「おう、またな和音ちゃん」

 オサムには、気を遣ったのか声をかけないようだ。
 和音ちゃんはおれ達にそう挨拶をしてからエレベーターへと消えていった。

「さて、おれ達も手伝うか」

 黙々とし始めたオサムをフォローすべく、おれ達は揃ってオサムの傍へ。見ればなるほど、和音ちゃんの言葉を借りるならおれが使われる作戦らしい。
 改めてしばらく作戦を詰めていると、レイジさんが降りてきて作業を中断した。そろそろおれは防衛任務の時間で、行く前にチカを送っていくと言われる。だからオサムにも帰るように声をかけるが、あらふね隊への作戦がまとまっていない。
 そのまま残っていくというオサムを見送っておれ達はエレベーターに乗り込んだ。

「こりゃなんとしても勝たにゃいかんな」
「うん」

 そのためには。おれの仕事は点を取ることだ。
 他にも何か突破口はないだろうかと考えながら、チカと一緒にレイジさんの車の元へ向かった。

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サヨナラの引力

 

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