三人揃って玉狛支部から外へ出る。用意してあった車の傍では一足先に待っていたのか、あ、と声を上げた和音ちゃんがいた。
「レイジさん、お願いします」
「あぁ。迅は現地合流か?」
「はい」
和音ちゃんは迅さんと防衛任務らしい。短い会話を終えた二人は車へと寄っていく。レイジさんから改めて車に乗り込めと指示があり、和音ちゃんとチカが後部座席に向かった。それならとおれは助手席を選び、お願いしますとレイジさんに声をかける。
発進した車の窓から流れる光を眺めていると、後ろから和音ちゃんとチカの話し声。
「三雲君はあれからどう?」
「荒船隊への作戦が決まらなくて」
「あぁ、全員狙撃手って厄介だよねぇ」
隣にいる分話やすいのか、和音ちゃんとチカの会話が弾んでいて、おれはぼんやりとガラスの向こうの光景を眺めながらそれを聞き流す。
「一人に寄ったら二人に狙撃されるってことだもんね」
「どうしても相手の戦略に乗せられちゃうからって……」
「全員狙撃手ってランク戦じゃほんと厄介そう」
そうだ、しかもその一人一人はレーダーに映らない。そういうトリガーが狙撃手の基本装備だと、栞ちゃんとチカに教わった。闇雲に狙撃手の位置を予測して飛び込めば、相手部隊の思う壺。
「まとまっててくれたらいいけど、なかなかそうならないからねぇ」
「……そうなる時ってあるんですか?」
「普通はないけど、でも狙撃しやすいポイントってあるでしょ?」
多分居場所の検討がつくってことだろう。そう和音ちゃんの言葉の先を想像する。しかし何かを言いかけた和音ちゃんをレイジさんが遮った。
「水沢。あんまり教えるな。考えさせろ」
「え? は、はい」
昨日データを見るように言われた時も思ったけど、レイジさんはおれ達に作戦を考える練習をさせてるらしい。まぁそれも当たり前か。
そう考えていると、ふとチカが黙りこんでいるのに気づく。チカにとっては和音ちゃんの言葉に何か思うところがあったらしい。後ろを見れば何か考えている様子のチカが見えて、それならとおれも声をかける。
「チカ、明日また昼休み屋上でな」
「え?」
「オサムも一緒だし、何か思いついたなら相談してみよう」
だけど、と声を濁らせるチカ。その躊躇いもしょうがないかもしれない。囮だの砲台だの危ない作戦ばかりを提案するものだから、おれ達が片っ端から却下したんだ。そうなるとチカとしても、今更新しい作戦は言い出しにくいんだろう。それでも。
「おれ達は狙撃手とは考え方が違うから、チカの考えは参考になるぞ」
「……うん。明日までにもうちょっと考えてみるね」
ありがとう、と言われたからおうと返せばチカの顔に笑顔が戻った。今度は和音ちゃんのフォローのお陰だなと視線をうつす。
ふと目があったハズなのに、それは自然に逸らされたような気が、した。タイミングが悪かっただけだろうか。少しだけ引っかかる感覚。だけど車が止まったから、視線を前へ戻した。やっぱりチカの家だ。
「レイジさん、ありがとうございました」
「あぁ」
「またな、チカ」
「うん。水沢先輩も、任務頑張ってください」
和音ちゃんのありがとうの言葉を最後に車のドアが閉まる。手を振るチカに手を振り返していると車はゆっくりと動き出し、今度は任務の担当区域の方角へと向かっていく。
「水沢、お前の方はどうなんだ」
「……え、私ですか?」
「毎回迅と組んでるみたいだが、大丈夫なのか?」
大丈夫、の意味することはなんだろうと思わずレイジさんの方を向く。おれの視線に気付いたかどうかはわからなかったけど、宇佐美と小南が心配していたぞ、と続けられた言葉がまた引っかかる。
「二人が心配するようなことは、今の所ないですよ」
「ならいいが、あんまり無理はするな」
「……気をつけます」
ブラックトリガーのことを栞ちゃんとこなみ先輩に話したとは聞いていたけど、この様子だと記憶がなくなるのとかそういう話も知っているんだろうか。もしかして、迅さんと防衛任務につくのはボーダーなりの安全策なんだろうか。そう考えながらレイジさんと和音ちゃんのぽつぽつとした会話を聞き流す。
「水沢、京介に何か言ったか?」
とりまる先輩の名前が耳に届いて、そういえばと思い直した。明日の夕飯の話、まだ和音ちゃんにしてないな。今もレイジさんがいるし、駄目だろうか。わからん。
だがそうなると、いつ和音ちゃんに声をかけようか。考えているうちに現場に着いてしまったようで、再び車が止まる。
「それじゃあな」
「送っていただいてありがとうございました」
「じゃあな、和音ちゃん」
「うん。空閑君も頑張って」
今日はもう諦めて、明日にしよう。そう思って素直に手を振る。軽い挨拶を交わしてようやく今晩の担当する地区へと向かう車。
基本的に学生の隊員は、深夜帯の防衛任務はなるべく避けて組まれるらしい。だからレイジさんは深夜にシフトが組まれることが多いと聞いた。完璧万能手だからか、普段は一人で一部隊として任務をこなしているらしい。
「基本的にはお前に任せる」
「お? いいのか?」
「破天荒のフォローは小南で慣れてる」
やけに説得力のある言葉に頷いてみせれば換装したレイジさん。がしゃりと銃を構えたからおれも換装してスコーピオンを両手に持つ。
「よし、行くぞ」
「了解」
こなみ先輩をフォローしてるなら、どんなに暴れても大丈夫そうだ。そう思って辺りを警戒しながら闊歩して、ゲートが開けば駆け寄って切る。大抵は問題なく切り殺せるし、多少逸れてもレイジさんのフォローが入る。
ありがたく支援を受けるものの、担当区域はそれなりに広い。そうなると任務が長く続くうち段々と、移動が億劫になってきた。
「レイジさん。なんかこう……踏み台みたいなトリガーってないの?」
レイジさんはおれのブラックトリガーを知らないから説明が難しい。だけどバウンドみたいなトリガーは便利だしボーダーにもあるんじゃないか。そう思ってレイジさんに聞いて見ればふむ、と思案する声が聞こえる。
「多分グラスホッパーがそれにあたるな」
「あるのか?」
「あぁ。ただ俺は専門外だ」
確かに。レイジさんはそういう細々して動くタイプじゃない。飛んで跳ねる機動系のトリガーは重ければ重いほど不利だし、おれみたいな小柄な奴の方がそういうトリガーは好きだろう。
「本部なら使ってる奴も多い。見に行ってみたらどうだ」
「うん。そうする」
小柄でふと心当たりのある奴も浮かんだし、明日は学校が終わり次第本部のランク戦に顔を出してみるとするか。
そう考えているとゲートに誘導されて大分地区の端へと寄ってしまっていた。レイジさんから反対側の防衛に向かうように指示を受けて、了承する。
振り返ろうとした瞬間、向こう側でちかりと瞬く光。
「あ」
「何だ?」
「……いや、問題はない」
バムスターの砲撃の光に視線が釣られたけど、その先にいた人影に一瞬息をのんだ。放たれた砲撃とその爆煙はその人影を瞬時に飲み込んだけど、ベイルアウトの光が見えず、眺めていれば今度は現れたトリオン弾がバムスターを貫く。
煙が消えた中から現れたのは傷一つない和音ちゃんの姿だ。
『遊真』
突然入った通信。耳の向こうから迅さんの声。
聞いているという確信があるのか、返事もしない内に言葉が続けられる。
『和音なら本部に行くだけ。大丈夫だから、任務に戻りな』
そう言って通信は一方的に切れた。違和感がどんどんと募っていく。
わざわざ大丈夫だと、おれに教える理由はなんだろう。おれが和音ちゃんを追いかける未来でも見えたのか。
「遊真。早くしろ」
「……了解」
レイジさんの声に我にかえる。防衛任務の途中だった。
おれは和音ちゃんが消えるのを見届けて、レイジさんの背中を追いかけた。