こっちの水は甘いだろう
 朝日が道を照らす中、和音ちゃんの手を引いて歩く。昔の事を思い返していたら、すっかり黙りこんでしまった。
 そう思って隣を見るけど、どうしてかおれの隣の一歩後ろを歩く和音ちゃん。うつむいて表情も見えないから、気になって声をかけてみる。

「和音ちゃん?」

 小さく、唇が開いてすぐに閉じられた。結局黙ったままついてくるだけだ。今日の防衛任務で砲撃を受けてたのは、やっぱり何かあったからなんだろうか。
 あの時、迅さんは大丈夫って言ってた。だけど今の姿を見ると、おれにはどうもそうは思えない。理由がわかればいいんだけど、この状態の和音ちゃんに聞くのも酷だろうか。
 悩んで、結局おれは何も聞かないことにする。
 本当なら迅さんに言われたこととか、今日の任務で見たこととか。そういうの和音ちゃんに直接聞けば解決するんだとは思う。だけど迅さんの話題を出した、その先のもしかして、を考えると。

「……あの、さ」

 微かな、それでも呼び止めるような和音ちゃんの声。歩きながらだと聞き逃してしまいそうで、思わず立ち止まる。それがプレッシャーになったのか和音ちゃんは驚いたように顔をあげた。見つめて続きを待っていれば、和音ちゃんはおずおずと口を開く。

「……私にも何か、空閑君にできること、ないかな」

 話しながら視線を下げて、再びうつむいてしまった和音ちゃん。なんでだろ、なんでそんなこと聞くんだろうな。自分のことで精一杯みたいに見えるけど、違うんだろうか。
 和音ちゃんならこういう時、ありがとうって言うと思ってたんだ。
 だっておれが和音ちゃんを心配してるってことは、多分わかってるのに。それにごめんって返すのも、ましてや代わりに何かをなんてらしくない。

「……自分をソマツにしない方がいいぞ」

 余裕がない時にまで人のことなんて考えない方がいい。
 そこまで言葉にしたかったけど、それは多分自分にも言えることだ。直前で先を飲みこむが、独り言のような呟きを和音ちゃんは聞いてしまったらしい。一瞬視線が絡んだから取り繕うように、おれは笑顔を浮かべる。

「今はまだ、とっとく」
「……え?」

 おれが和音ちゃんに望むことはなんだろうか。すぐには何も浮かばないくらい、充分に甘やかされているって知っている。今だって和音ちゃんは、繋いだ手の先にいるんだから。

「ほら、行こう。早く帰って寝た方がいい」

 少しだけ強く手を引けば、躓くように半歩前へ進んだ和音ちゃん。人は疲れていたりすると考え事が後ろ向きになりやすい。そう思って和音ちゃんの家へと足を急がせる。

「……疲れた」
「そうだろうな。眠そうだ」
「……うん」

 小さく弱音を吐く和音ちゃんの声を拾っては、相槌を返す。珍しいそれは声色も弱々しいし、空気が落ち込んだように沈んでいる。何か他に話題はないだろうかと考えて、ようやく切り札を使うことにする。

「そうだ、今日の夕飯はオムライスだってとりまる先輩が」
「……いいなぁ」
「呼べって言われてたんだ。和音ちゃんオムライス好きなのか?」

 おむらいす、とふにゃふにゃした口調でおれの言葉を繰り返す和音ちゃん。なるほど本当に好きらしい。ちょっと表情が和らいだ。けど逆に緩みすぎているように見える。これはこれで大丈夫なんだろうか。

「和音ちゃん、眠いと危なっかしいな」
「んー……?」
「おれの話聞いてるか?」

 きいてる、と舌足らずな声で反論はされるけど、説得力がない。家まであともう少しだから、そこまでは起きててもらわないと困るな。というか普段はどうしてたんだろう。迅さんが送ってたのか。
 ふぅ、と小さく溜息。本当におれも、人のことは言えない。和音ちゃんのことを考えて迅さんがちらつくなんて。
 変に勘ぐるようなことはしたくないけど、聞くこともできない。何度も聞いたら、この手に下心があると気づかれてしまう。

「和音ちゃん。ほら、もう着くぞ」

 どうにか和音ちゃんを家の前まで引っ張ってくる。じゃあまた夜に、と手を振ればぼんやりとした顔で振り返された手。よほど眠かったのか今日は見送りもなく早めに扉が閉められた。

「……今まで、よく悪い奴に付け込まれなかったな」

 とりあえず、今日は無事に送ることができたし良しとしよう。
 おれは冷たくなった手の平を握りしめながら学校へと急ぐことにした。

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サヨナラの引力

 

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