「オサム、大丈夫か?」
「……あ、あぁ……」
学校では、朝一番なのにくたびれた様子のオサムが席についていた。多分ほとんど寝てないんだろうというのは想像できるけど、それにしても授業が始まるまで戦術指南書を広げるのは、さすがというべきか。
「もう、今日しかないんだな」
オサムの視線の先には教室の黒板がある。隅に書かれた二月四日火曜日の文字を見て、深々と溜息をついたと思ったら再び視線を指南書へ戻したオサム。邪魔をするのは悪いけど、確認したいこともあるからとその横顔に声をかける。
「夜は家に帰れって言われてるんだろ?」
「……あぁ、前日はきちんと休めって」
「おれ、用事があるから一旦本部に行くな」
わかった、とあっさり了承したオサムは、すぐに指南書を睨み始める。不安みたいだけど、寝ないでいるのもよくないとわかっているんだろう。時間がないことに急かされるように、オサムは今日既に何度目かの溜息をついた。
そのまま気だるい午前の授業を終えて、ようやく迎えた昼休み。おれとオサムとチカ、ついでにチカの友達の四人で広げた資料を囲って、昼を食べながらも昨日の続きだと、向かいのチカに声をかける。
「そんでチカ。何を思いついたんだ?」
「う、うん。あのね」
聞けばチカは意見を述べ始め、おれ達はそれに耳を傾けた。
前提として、狙撃手にとって狙撃しやすいポイントというのがある。見晴らしが良いかどうか、障害物が少ないかなど理由は色々あるだろう。斜線が通らなければ狙撃できないし、障害物を盾にして近づかれるのも困る。
そしてこの狙撃しやすいポイント、というのがあらふね隊の場合は厄介なんだ。味方狙撃手に近寄る奴は、他の狙撃手が狙撃で援護する。だから寄るのが難しい。
「なら、狙撃ポイントがまとまってたら、近づきやすいんじゃないかって……」
そう話すチカの声は段々としぼんでいき、最後には俯いてしまった。多分、話していて提案に自信がなくなってしまったんだろう。一方のオサムは、その提案に何か思うところがあったらしい。広げていた中からステージの資料を一枚ひっぱり出して、チカに見せる。
「千佳。ここならお前はどうする」
「……えっと、高台の方が下が見えて狙撃しやすいと思う、けど」
オサムの手にある資料が示すのは、市街地Cのマップ。斜面に住宅地が並ぶ高低差の激しいこのステージは、今のチカの話をふまえると、狙撃手にとっては上をとれれば有利だという評価らしい。
「空閑。ここで狙撃手に狙われたらどう対応する?」
「高台を取られたら近づくのは厳しいから、斜線に出ないようにして無視する」
「……それは、確かに……」
オサムはまたはぁと大きな溜息をついてしまった。
その場合なら相手にしないか、味方の狙撃手に牽制してもらうのが安全策だろう。放っておけば、痺れを切らした狙撃手が寄ってくる可能性もあるからチャンスはある。
ただ、あらふね隊全員を無視するというのは確かに現実的な策ではない。だけどチカに牽制を頼めば逆に、チカの居場所が割れて狙われてしまうだろう。どちらにせよあらふね隊を相手にするなら正直選びたくないステージだ。
「誰か囮が居ると楽なんだけどな。狙撃手は待つ奴が多いから」
狙撃手はその仕事柄、あちらこちらに標的を移すことはあまりしない。もちろん隙があれば撃つべきだけど、やたらめったらに撃てば自分の居場所を知らせることになるからだ。だから出来るだけ決定的な瞬間に引き金を引くのが妥当な判断で、狙撃手の基本のはず。
「ただなぁ。すわ隊じゃ囮にならないだろうし」
「なんでだ?」
「あらふね隊に狙ってもらわなきゃいけないだろ」
ぺらりと広げた資料の中からすわ隊の資料を引っ張りだす。銃手二人に攻撃手一人。典型的な近距離向きの編成だ。
「すわ隊も多分同じだ。届かないなら手は出せない」
手を出したところで、射程のある狙撃手が圧倒的に有利だから。近づくまでに他の狙撃手の援護があるなら、なおさら。そうなると射程のない、つまるところ攻撃手段がないなら無視するのが一番。自ら狙撃手の餌場に飛び込むような無鉄砲は、するだけ無駄だ。
「……千佳なら、届くか?」
だが、オサムはどうにも考えていることが違ったらしい。おれは自分達の為にすわ隊を囮にするには、と考えていたけど、オサムは逆にすわ隊の為に自分達を囮にするパターンを考えたようだ。
「ぼく達が囮になれたとして、諏訪隊が動かない可能性はあるか?」
「……普通はないな。そうするメリットがない」
「諏訪隊が荒船隊を捕まえてくれれば、こっちも動く隙が出できるんじゃないか?」
なるほど、とそれに素直に頷けばオサムは再び資料に目を通し始める。少なくとも市街地Cを選ぶなら、すわ隊とおれ達の利害は一致している。そうなれば結果的に共闘の形をとることも、それほど難しくないだろう。
自分が囮になって敵を生かすっていうのは盲点だったなぁ。
戦争では大抵自分達味方と敵国、敵軍勢との戦いが基本だった。三つ巴の戦いも経験がないわけではなかったけど、もう一度復習しておかないと。そう考えているうちに、オサムの意識はすっかりと新しい作戦へと向いてしまったらしい。資料との睨み合いが始まったから、おれは邪魔しないよう残っていた昼飯を口へ運ぶ。
「はー、作戦ってすっごいわー。メガネ先輩のメガネは伊達じゃない!」
「出穂ちゃん、今日も見に来てくれるの?」
「もっちろん! チカ子の活躍楽しみだわー」
チカの影で、おれ達の作戦会議を見ていたチカの友達が声をあげた。作戦の方向が決まってチカも安心したんだろう。チカとその友達の空気はすっかりと緩んで、ずいぶんと楽しそうにしている。
それと見比べると、緊張に胃を痛めてそうなオサムがより一層くたびれて見えるな。しかし、作戦の方向性もまとまって形になりそうだからもう大丈夫だろう。これならおれも安心して本部に行ける、と一息ついて空を見上げる。
真っ青な空。本番は明日。
だから胸がざわつくのだろうと、おれは最後の昼飯を飲み込んだ。