放課後、おれは一人でグラスホッパー使いを探しに本部へとやってきた。オサムは作戦のまとめ、チカはレイジさんからの訓練メニューがあるからな。
さて、小柄な奴で心当たりのある知り合いは一人しかいない。あいつならランク戦ロビーにいるかと思ったんだけど当てが外れただろうか。見えない姿に、無駄足かと思い踝を返す。同時に、わ! と誰かの声。
目の前に現れたのは、驚かせようとしたらしい笑顔のミドリカワだった。
「やっぱりここにいたか」
「なになに? オレに用事?」
「おまえ、グラスホッパーって知ってるか?」
「うん、オレも使ってるし」
予想通り、体格が小柄なミドリカワはグラスホッパーを使うらしい。自分も機動が欲しいから教えてくれ、と頼めばいいよ〜と軽い返事をされた。とりあえず、どういうものか見ればわかると言うので、各々ブースに入ってランク戦モードで合流する。
「これがグラスホッパーだよ」
そういってミドリカワのすぐ前に現れた踏み台。よっ、と軽い声をあげてミドリカワがそれに飛び乗る。すると弾かれて高く飛び上がり、しばらくしてから重力に任せてどさりと落ちてくる。
「結構出力あるな」
「一個だけだとね」
「ふむ? いくつも出せるのか?」
「うん。その代わり数が増えると威力は小さくなるけど」
そういってミドリカワは付近にグラスホッパーを大量に並べた。試しにおれも飛び乗ってみれば、言われたように威力が弱まっている。しかし跳ぶ感覚は親父のトリガーに近くて、ぴょんぴょん跳ねて確かめる。
「これはメインにもサブにもいれられるから、結構便利だと思うよ」
「なるほどな。帰ったら早速栞ちゃんに入れてもらうか」
話しながら跳ねていたら、ふとミドリカワの瞳の色が変わった。
次の瞬間には、まるで犬がじゃれてくるるように飛びかかってきたミドリカワ。その手にはしっかりとスコーピオンが握られていたから、グラスホッパーを利用して突撃をかわす。
不意打ちにしてはまだ甘いな、とカウンターを決めれば爆発と共に光の筋が空へと駆け抜けた。それによってランク戦のシステムが終了し、ブースの中へと転送されて戻ってくる。
『ちぇー、今ならいけると思ったのに』
「甘いな」
『ね、このまま個人ランク戦しようよ』
「明日はランク戦だから今日は駄目だ」
帰ると言えばミドリカワにブーイングされるけど、しょうがない。オサムが昼休みにまとめていた作戦だと乱戦になりそうだったからな。調整するために早く帰って栞ちゃんにトリガーの設定をしてもらわないと。
「あ、ねぇ待ってよ。休憩くらい付き合って」
「うん? 奢ってくれるならいいぞ」
「……後輩にたかるの? まぁいいけどさー」
だけど、ランク戦をしないのにミドリカワがおれを引き止めるのは予想外だった。理由が気になったから頷いて、一緒に自動販売機の前に並ぶ。本当にジュースを奢ってくれたミドリカワに甘んじて喉を潤していると、体を硬くしたミドリカワがあのさ、とおれに声をかける。
「……水沢と付き合ってるの?」
「いや? 付き合ってないぞ」
意を決してと言わんばかりのミドリカワが告げたのはそんな質問だった。なんでそんなことを聞かれるんだろうかと思いつつ、それを否定する。え、そうなの? なんて拍子抜けしたらしいミドリカワはぽかりと固まった。
「えーと、あれ、でもこの前、あれ……?」
この前ってことはそうか、あの日おれが和音ちゃんと手を繋いでたからか。だけど直接それを口にして聞く勇気はないらしくてあたふたするミドリカワ。どうしてミドリカワがそれを気にするのがが気になって、今度はおれが質問を返す。
「ミドリカワは和音ちゃんが好きなのか?」
「好きじゃない。絶対にそういうのはない」
はっきりと、むしろ嫌悪感すら滲ませて言いきったミドリカワの言葉に嘘はない。
ならどうしてそんなことを気にするんだろうか。不思議で首を傾げる。ミドリカワはしばらく唸った後に実はさ、と少しだけ声の調子を落として話し始めた。
「訓練生? の間でオレと水沢が付き合ってるって噂があるらしいんだよ」
「ほう? 何かしたのか?」
「ランク戦付き合ってって言っただけ!」
本当に迷惑してるんだからと眉間に皺を寄せてそう吐き捨てるミドリカワ。少なくともこの雰囲気なら、その噂はまるっきりのでたらめなんだろう。しかしそんな噂になるほどミドリカワと和音ちゃんの接点ってあるんだろうか。
おれが知ってる限りでは、二人はそんなに仲良さそうには見えなかったけどな。というか迅さん大好きなミドリカワにとって、和音ちゃんは目の敵みたいだったし。
そんな二人のどこを見て、付き合ってるなんて噂が流れたんだろうか。しかし、そうなると。
「和音ちゃんも知ってるのか?」
「知ってるよ。噂を消えるのが待つしかないかなってさぁー」
のんきなこと言っちゃって、と呆れたように話すミドリカワ。聞けばほんの数日前の話のようだし、もしかして。今朝、和音ちゃんの様子が変だった原因はそれなのかもしれない。
「なぁ、それ迅さんは知ってるのか?」
「え? わかんない。話はしてないけど……」
確定出来るような情報はないものの、ある程度つじつまはあう。いずれにせよ、和音ちゃんは今困っているんだろうってことはわかった。だけどこの推測が当たってしまうということは、それが意味する先は。
「あーあ。勝手にはやし立てられるオレの身にもなって欲しいよ」
思考を振り切って、いよいよ愚痴り始めたミドリカワを眺める。恋愛ごとの話題は他人事だと面白がってどんどん広げる奴がいるからな。ミドリカワもそれがわかるのか、大きなため息をつくと八つ当たりらしく喚き始める。
「もー、グラスホッパー教えたんだからオレになんかちょうだい!」
「じゃあ次はお前の気がすむまで個人ランク戦付き合うよ」
「本当!? 約束だからね!」
おう、と頷いて飲み終わったコップをごみ箱にいれた。少し話し過ぎてしまったからと早々に別れを告げて、本部を後にする。
「さて、今度は栞ちゃんだな」
考えてしまわないように、独り言で脳内を誤魔化して歩く。とりあえずはおれもグラスホッパーを使えるようにしてもらわないと。便利だし、メインとサブの両方にいれようかなと考えながら玉狛へ。
――和音ちゃんは、誰に誤解されたら、困るんだろうな。
しょうもない考えを、息と一緒に冬の空気に吐き捨てた。