「空閑、戻ったのか」
「おう。ただいま」
地下におりるとすぐに、オサムがおれに気づいた。そのまま訓練場の管理をしているらしい栞ちゃんに声をかけるオサム。少しすると訓練室からチカが出てきて、すぐに作戦会議が始められる。
「……どうでしょう、宇佐美先輩」
「いいと思うよ。修くん、よくここまで詰められたね!」
凄いと笑顔を浮かべる栞ちゃんは誇らしげだ。おれとチカを見て何も言わないことを確認したオサムは、最後の確認をする。
「後は、戦況に応じて都度指示を出す。いいか?」
組む時はあんなに色々言ってた癖に随分と様になったもんだ。おれとチカで了解と答えれば、オサムはふぅと一息ついて肩の力を抜いた。そこで会議はおしまいと判断したのか、栞ちゃんは広げられた資料を片付け始める。
「本当にお疲れ様。今日は皆で帰ってちゃんと休もうか」
「……あ、ですが」
その提案を渋るオサムだけど、栞ちゃんはきらりとメガネを光らせる。今日やるべきは休むことだよと力説する栞ちゃんに、心配そうなチカまでおずおずと帰ろうと言うものだから、最終的にオサムが根負けした。解散の声に各自帰り支度を始めたから、帰る前にと栞ちゃんに声をかける。
「栞ちゃん、トリガーの設定変えてくれないか」
「ん? どうするの?」
「おれのにグラスホッパーいれてくれ」
「おぉ? よく知ってるね。すぐ終わるから待っててね」
トリガーホルダーを手渡せばデスクに腰を下ろした栞ちゃん。何かの機械に繋げて操作を済ませたらあっという間に作業が終わる。すぐさま戻ってきたトリガーを手に、どうするかとしばし考える。
「どうする? 訓練室開けようか?」
「それはおれが代わるよ」
おれと栞ちゃんに割って入った迅さん。その後ろにこなみ先輩。どうして二人が、と眺めていると一足先に事情を察したらしいこなみ先輩が頷いた。そして迅さんがこなみ先輩を指差しながらおれに笑顔を向ける。
「遊真の練習相手は小南が一番いいだろう」
「じゃあ迅さんはなんで来たの?」
「宇佐美を帰らせる為さ。訓練システムはおれが見るよ」
昨日は宇佐美も泊まってたろう、今日は家でゆっくり休むといいと笑う迅さん。栞ちゃんは素直にお言葉に甘えますといって帰り支度へと戻る。
三人を見送ると、こなみ先輩は待ちきれないと言わんばかりにおれを訓練室へ押し込んだ。
「夕飯までに十本。終わらすわよ」
「おう」
頭上から、いつ始めてもいいぞ〜と迅さんの間延びした声が響く。
おれも先輩もそろって換装を済ませてさっそく切り結んだ。
夕食前、こなみ先輩と仮想戦闘モードで戦いながら、トリガーの最終調整だ。合間でグラスホッパーを出して踏んでみると、使い心地は申し分ない。ただ、複数出した時の出力は、感覚が掴みきれてない感じがするな。こっちはまだ練習が必要そうけど、一枚でも足場が出せると動きやすい。
「思ったよりはやるじゃない」
「おう。感覚は掴んだ」
これなら明日にも使えそうだ。手札が一つ増えたのは心強い。するとおれが満足したのがわかったのか、こなみ先輩はさっさと換装を解いた。そして訓練室を出るなり、ご飯! と叫びながら、迅さんを急かしてひっつかむ。ついでにおれもひっつかまれて、こなみ先輩は意気揚々と食堂へと向かっていく。
そういえば、和音ちゃんは来ているんだろうか。
考えながら食堂に足を踏み入れると、ふわりと漂う美味しそうな匂い。見れば台所のとりまる先輩が忙しそうに手を動かしていて、向かいにいる和音ちゃんは、おれ達に気づいてふわりと笑う。
「お疲れさま」
こなみ先輩がおつかれと笑顔を返した。おれも続こうとした瞬間、ひらりと目の前にはためく青。迅さんが朗らかに二人に声をかけていて、楽しそうに会話を始めるのを眺める。
今朝とは違って、どうやら和音ちゃんの調子は戻ったみたいだ。
「遊真も運ぶの手伝いなさいよ」
「お? うむ」
さておき。こなみ先輩に押しつけられたお皿をあらためて観察する。目につくのは、鮮やかな黄色のとろりしたもの。どんな味がするんだろうか。そう期待しつつ自分の席におく。
瞬間、食堂に和音ちゃんの歓喜の声とこなみ先輩の怒声が響いた。
「やったー! ありがとう烏丸君」
「ちょっと! なんで和音には甘いのよ!」
女子の声とはよく通る。声の調子が高いからだろうか。釣られて見れば、声色の通り楽しそうに笑っている和音ちゃん。それでいいはずなのに、何かが燻る感じがするのはなぜだろう。
「よーしじゃあ食うぞー」
いつの間にか自分の分を持って席に着いた迅さんが、手を合わせて声をかけた。その声に反応した和音ちゃん達が、ばたばたとお皿を持って席につく。皆で手を合わせていただきますと挨拶をすれば、スプーンが皿を叩く音が一斉に響き始めた。
うん、おいしい、と一番に声をあげる和音ちゃん。とりまる先輩は珍しく表情を緩めながら、良かったですと返事をする。美味しそうに食べている和音ちゃん、を眺めるとりまる先輩。
この前の会話が少しだけ気になって、他意はないのかと様子を伺う。すると、とりまる先輩と目があってしまった。きょとりとした顔で感想は、と尋ねられたのでおいしいよと返す。再び満足気にしたとりまる先輩を見届けて、おれも食事の続きを口へと運ぶ。
そうして夕食が終わると、こなみ先輩は帰ると言って食堂を出て行った。続けて、和音ちゃんがとりまる先輩に、今日はバイトかを尋ねる声が聞こえる。その隙にそっと、食堂を抜け出してこなみ先輩を追いかけた。多分とりまる先輩はバイトだから、すぐに帰るだろう。そうなると、残るのは。
「遊真? まだ残ってるんじゃないの?」
「食休みに散歩する。ついでに途中まで送るぞ」
「あら、遊真にしては殊勝な心がけじゃない」
いいわ、と許可が下りたのでこなみ先輩の後に続いて外へ出た。寒いと愚痴りながらもずんずんと進むこなみ先輩。後を追いかけていると、唐突に鋭い視線がこちらへ向く。そして、げんこつ。
「そんな格好で目の前うろつかないでよ」
「何でだ」
「見てるだけであたしまで寒いのよ!」
別に痛くはないから構わない。けど、乱暴な理由だな。つんとしたこなみ先輩は前を向いてつかつかと歩いていく。と、思ったら突然ぴたりと足を止めた。
なんだろうと思っていると不満気に睨まれ、間があってから何故か頭を撫でられる。
「和音と喧嘩でもしたの?」
「……なんでだ?」
「いつもだったら、しっぽ振った犬みたいに和音のトコ行くじゃない」
「そうだったか?」
「そうよ」
例えは不本意だし、あからさまに見せていたつもりはなかった。
撫でていた手を引っ込めたこなみ先輩は、大げさに溜息をつく。
「まさか、あたし達が見てないとでも思ってたの?」
「こなみ先輩以外も?」
「あたしも、栞も、多分迅も」
なんとなく予想はしてたけど、やっぱりあがった迅さんの名前。こなみ先輩と栞ちゃんは友達だからわかるけど、なんで迅さんも。そう思って聞こうとするより先に、こなみ先輩が前へと歩き始めてしまった。仕方なく追いかければ、こなみ先輩はおれを見ずに淡々と話を始める。
「和音を最初に連れてきたのは迅なのよ」
「……ほう、そうだったのか」
「ブラックトリガーのことを知って、和音を心配してたのね」
迅さんは前から、和音ちゃんのブラックトリガーのことを知っていたはず。それが心配に繋がる理由は、迅さんの過去に関係してるのだろうか。だからこなみ先輩が珍しい表情をしているのかと思うと、唐突に眉根を寄せて鋭い視線をおれに向ける。
「和音に懐くのはいいけど、たぶらかさないでよね」
「なんだそれ」
「和音が優しいからって、甘えすぎないの」
その言葉に、すこしだけどきりとしたのは図星だからだろうか。甘やかされているんだろうとは、一応自覚しているつもりだ。それを見通されているのか、こなみ先輩は刺々しい声色のままおれをたしなめる。
「あの子、あんまり人を突っぱねるようなこと言えないんだから」
「……こなみ先輩は、なんでだと思う?」
「何よ」
「和音ちゃんが、はっきり嫌って言えない理由」
こなみ先輩もやっぱり友達だから、和音ちゃんのそういうところに気づいているんだ。躊躇って、戸惑って、悩んで、だけど結局嫌だとはいわない和音ちゃん。試しにその理由をこなみ先輩に尋ねれば、そうねぇと呟いてから続けられた言葉。
「傷つけるのが怖いんでしょ」
「……我慢したら、和音ちゃんが傷つくのにか」
「だから、そうさせないでってさっきから言ってるの」
唐突に、話の矛先が自分へと変わっていたことに驚く。つまりこなみ先輩が言いたかったのは、そうやって甘えすぎて、和音ちゃんに我慢させるようなことはするなと、言いたかったのか。
こなみ先輩は難しい顔のまま、何かしたら承知しないと言って話を終わらせた。続けて目の前の大通りを指差して、ここまででいいわと告げられる。
「明日本番なんだから、油断するんじゃないわよ」
「そこは任せてもらって大丈夫だぞ」
「生意気ね。じゃあおやすみ、遊真」
ひらひらと手をふったこなみ先輩は、颯爽と人混みの中に消えていった。
見届けて、おれも背中を向けて元きた道を歩き出す。
「……そうか」
和音ちゃんがおれを拒絶できない理由は、もしかして。嫌だといえばおれが傷つくと思っているからなんだろうか。どうしてそう思うんだろうと、考え付いたのはとても単純な感情。
――おれが、かわいそうだってことか。
「……潮時、だな」
ぞわりと湧き立つ不快感に、そう確信した。和音ちゃんの見ないフリには、もう付き合えない。それならば終わらせるしかないだろうと改めて顔を上げる。
目指すは、いつもの場所。
和音ちゃんに、会いにいこう。