「ねぇ、ユーマは寂しくないの?」
何年くらい前の記憶だったろうか。少なくとも親父が死んだ後の話だ。
目の前のあいつは、唐突にそんなことを聞いてきた。
「何でだ?」
「だってお父さんが亡くなったのに……」
幼い子供でも、事態は容易に理解できたはずだ。父親が死んで子供ひとり残されたおれが、他者の目にどう映るか。
親父という戦力が失われたことに、国の偉い奴らは酷くうろたえた。そして自分達の為にあの手この手でおれを戦いへと導こうとした。ウソが並べられた中に残されたホントウ。勝たなければ。生きたい。
奴らのその思惑に素直に乗るのは、あまり気分の良いもんじゃなかった。それでもやることのなかったおれはそこに意味を見出したんだ。親父代わりのブラックトリガーで、親父がやり残したことを終わらせることに。
そうして三年間続いた戦いの日々。
勝てばおれをはやしたて、苦戦すればおれを激励する兵士達。その中で戦い続けるおれを、きっとあいつは心配したんだろうと思う。だけど昔のおれはそう解釈出来る余裕は持っていなかった。日々、耳に入るウソとホントウがごちゃまぜの音に嫌気がさしていたから。
「ねぇだから、私と結婚しようよ」
「おれとお前が? 何で?」
「だって、結婚したら私達は家族になるんだよ」
男女が婚姻を結ぶことで、家族になる。家族とはそう他人同士が集まってできるものだと教わった。だから確かにあいつの言うことは間違ってはいない。
だけど、そうする意義を見いだせなくて質問を返す。
「家族になってどうするんだ」
どうせ遠からず死ぬのに。と、そこまでは言わなかった。
けど、おいていくとわかってそんな関係を欲しがる気には到底なれない。そんなおれの気も知らないあいつは満面の笑顔を浮かべた。
「そうしたら皆、ユーマのことを独りぼっちでかわいそうなんて言わないよ」
明るい声で響いたのは、幼くても純粋な一つの想いだった。だけど綺麗過ぎるそれは鋭利な刃物のように、おれの何かを抉ったんだ。
あぁなんだ。ウソも気持ち悪いけど、ホントウもこんなに痛いのか。
「そうか。お前はかわいそうなおれを心配してくれて、優しいな」
じわり、自分の声にサイドエフェクトが反応して気持ちが悪い。あいつがその後なんて答えたのか、おれがどうしたのかも忘れてしまった記憶。それでも忘れられなかったのはきっと鮮明な、不快感。
――おれへの好意は、同情心の裏返しなのか。
しばらく、言葉通り何も考えていなかったんだろう。
気づけば夜とも違う深夜独特の静かさが辺りを包んでいる。耳に痛いその静寂に、おれはゆっくりと意識を現実に戻した。多分、日付を越えてそれなりに時間も経っているんじゃないだろうか。
「……好きって、なんだろうな」
自分で呆けていた頭を叩くように、無理矢理感情を声に出す。耳に届くそれはいつも聞いている自分の声より情けなく感じた。同時に思い出すのは、震えながらも凛とした声。
――選んで、欲しい。
和音ちゃんが答えたのはそれだけだった。決して何を、選んで欲しいというわけじゃない。頭の中で選択肢を告げる和音ちゃんの声が何度も響く。重なって、共鳴した声に昔の記憶がかき消されていく。
おれが好きだと言った和音ちゃん。
だから、おれの気持ちを大切にしたいと言った。
「そこにいてくれれば、良かったんだ」
手を繋いだその先。ふと星空を見上げた後の、視線を下ろした先に。
だから和音ちゃんの理由を聞きたくなかった。暇つぶしでも、気まぐれでも理由はなんでもよくて、ただ、想える人がそこにいてくれるだけで良かった。
あの時自分の話をしたのは、どうしてだったろうか。
単純にその方が楽だと感じたからかもしれないし、もしかしたら、未来の約束が出来ないって知ってほしかったからかもしれない。
だってそうすれば、おれが万が一気持ちを溢れさせたその時。応えられないと、和音ちゃんなら素直に言ってくれると思ったから。万が一応えると言われても、同情なら見抜ける自信だってあった。だから。
「まさか、こうなるとはな」
初めに信じたのはおれだと、笑った顔を思い出す。ただ、サイドエフェクトで聞き分けただけなのに。
おれはいつの間にか、和音ちゃんを試していたんだろう。おれをどこまで信じてくれるのか、その先に何があるのか知らないまま。結果としておれは、そんなとんでもない賭けに勝ってしまった。だから今、こうしてその賭けの清算に頭を抱える羽目になったわけだ。
選んでと和音ちゃんは言った。
多分おれが何を選んでも和音ちゃんは文句を言わないんだろう。だけどおれが和音ちゃんの気持ちを理解してしまった以上、おれが本当に選びたいことはもう最初から決まってる。
「……まぁ、ただ、それは簡単に決めるもんじゃない、な」
そう結論が出たところで、やっと意識が自分の外へと向いた。僅かに白んできた東の空を眺めておれは一つ息をつく。
おれが今やるべきことは、こっちじゃない。
和音ちゃんがいうように、今日のランク戦できちんと自分の役目を果たすことだ。おれは明け方の空の下でひとつ大きな伸びをして、今夜の試合の事へ意識を移した。