誰もが知ってるその日の為に
「遊真、まだ悩んでるのか?」

 木曜の夜もそろそろ終わる。そんな時間に屋上に現れたのは迅さんだった。
 二人でこうして顔を合わせるのはこの前の夜ぶりだ。その割りに平然としているな、と思いながらも頷いて肯定を返す。

「隣いいか」
「いいよ」

 遠慮なくおれの隣に腰を下ろした迅さんは小さく息をついた。白い霧がふわりと現れて消えていくのを見届けて、おれはもう一度視線を夜の街並みへと戻す。

「……お前、どうするんだ?」
「とりあえず浮かんだ手は全部試すよ、むらかみ先輩を止めるのはおれの仕事だ」

 今日実際に試していくつか目ぼしい手は絞った。ただこの手数だと心もとないからもう少し何か浮かべばいいんだけど。
 そう考えていると、隣の迅さんが堪え切れないように肩を揺らして笑う。

「……おれが最初にそっちを心配すると思ったのか?」

 言いたい事はなんとなくわかったけど、なんだか癪に障るな。憮然としていれば迅さんはそれを悟ったのかやれやれと息をつく。そして、和音とのことを心配してるんだよとハッキリ言われてしまった。瞳にも声にもウソはなくて、ずっと燻っていたことを聞くなら今だと思い立つ。

「迅さんは、和音ちゃんが好きなのか?」
「お前の好きと意味は違うけど、好きだよ」

 じっと待ってみるけどサイドエフェクトが反応する気配はない。表情を伺っていると、自分が疑われていることもわかったらしい迅さん。肩を揺らして笑ったと思ったら、迅さんはおれにぼんち揚げを差し出した。

「お前、意外と独占欲強いんだな」
「そうか?」
「たった今、思いっきり牽制したばかりでよく言うよ」

 迅さんはずっと楽しそうに笑いながらおれを見ている。その視線は何だか居心地が悪くて、答えにも困ったから黙った。すると痺れを切らしたらしい迅さんがわざわざもう一度、同じ問いを繰り返す。

「……おまえ、和音のことどうするんだ?」
「迅さんはそれをおれに聞いてどうするの」
「どうもできないよ。人の気持ちに関わることは難しいからな」

 はぁ、と大袈裟に溜息をついてみせる迅さん。それならなんで聞くんだろうと思うけど、単純な興味だろうか。少し考えてみるけど黙っている必要もないかとおれは渋々口を開く。

「……まだ、決められない」

 正直に告げれば予想外だったのか、迅さんはまじまじとおれを見た。そうか、と小さく落とされた言葉が屋上に静かに響く。迅さんはおれにもう一つぼんち揚げを押しつけると、よいしょと小さく声をあげて立ち上がる。

「じゃあ一つだけ言わせてもらうけど」
「うん」
「明日は午後の防衛任務なんだけど、おれ、その後すぐに用事があるんだよなぁ」

 和音一人で夜道を帰るのはさぞ危ないだろうなぁ、と大袈裟に独り言を落とした迅さん。ひらりと手を振るとそのまま屋上から去っていってしまった。
 結局迅さんの目的は何だったんだろう。明日迎えに行けってことなんだろうか。そう迅さんなりの激励だと解釈して、おれは静かな屋上でもう一度空を見る。

 どれくらいまたそうして夜を過ごしていたんだろうか。
 屋上に再び、誰かが扉を開ける音が響く。

「寝ないのか? 遊真」

 そう言って湯気の立つマグカップを二つもって現れたボス。おれはありがたくそれを受け取って飲みながら、ボスの動向を見守る。自然に隣に腰を落ち着けたボスはどうやらおれの様子を見に来たらしい。
 昨日のむらかみ先輩のことでオサムに心配をかけているようで、素直な気持ちを伝えればボスは、はっはっはと軽快に笑った。世間話の流れでランク戦の死なない仕組みは便利だと話せば、ボスは長く息を吐いてから静かに言葉を落とした。

「――システムを考えたのはおまえの親父さんだ」

 ボスはいつもと変わらない笑顔で思い出話を始める。ご機嫌で未来を語っていたという言葉から、その光景は簡単に想像出来た。自然に顔が綻ぶことに気づきながら息をつくと、ボスは言葉を続ける。

「遊べよ遊真。楽しいことはまだまだたくさんある」

 言われるように、ニホンに来てから楽しいと思うことは増えた。強い奴もいて戦い甲斐があるし、簡単に攻略できないのが楽しい。死なないから何度でも強い奴と戦えるのが、面白い。
 そう出来るようになったことの発端が親父だと聞いて、ふと頭を過ぎったことは、それを実現したのは他の奴だろうということ。

「なぁボス。一個聞いてもいいか」
「お、どしたどした? いくらでも聞いてみろ」

 興味津々といった様子でおれを伺うボス。

「親父がいて、よかったか?」

 聞けば一瞬、面食らったような表情に変わった。
 だけど次の瞬間にはとびきりの笑顔でそれに頷く。

「もちろんだ。あの人にはたくさんのものを遺してもらったよ」

 ぽふりと親父みたいに大きな手の平がおれの頭へと乗っかった。それは、まるでおれもその遺されたものだとでも言うように。ぽふぽふと撫でるような、叩くような手つきに懐かしさを覚えて、気づく。
 おいていくとわかっていること。
 それは親父もそうだったんだと、今更ながらに思い出したんだ。

「ありがとうボス。おれ、ひとつ答え見つかった」
「お? そうかそうか。それなら何よりだ」

 じゃあ俺は寝るかな、といって立ち上がったボスは軽く伸びをした。それから軽快な足取りで屋上から去って行く。
 あと数時間で日が昇るだろう。そうしたらまた学校だ。それまでにもう少しむらかみ先輩に対応できる手を考えよう。朝になって学校に行ったら、また支部にきて最終調整だ。
 そして今日の最後には、と考えがその先へと駆けてゆく。すっきりした今ならもう一つくらいは何か手が浮かぶかもしれない。おれは飲み干したマグカップを屋上の床にそっと片付ける。
 それから縁に寝そべって、再びレプリカとの作戦会議に集中することにした。

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サヨナラの引力

 

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