「というわけで、報告したいんだけど……」
伺うような栞と小南の視線が真っ直ぐ私に突き刺さる。この前あれだけ強く否定しまったんだ。今更かと自分でも思う。でも、だからこそきちんと伝えたくて私は口を開いた。
「空閑君と、恋人同士になりました」
一拍置いて、おめでとう! と叫んだ栞の声が響く。
同時に、なんですって! と叫ぶ小南の声が重なった。
「やったじゃんやっとだね和音!」
「本当に遊真と付き合ったの!? ちょっと、手出されてないでしょうね!?」
「ねぇ順番! 順番に喋って、とりあえず落ち着いて!!」
三者三様に叫ぶように声を荒げる。どうにか私の声は二人に届いた様で、一旦は三人揃って息をついた。落ち着こうと私がココアを啜っている間に睨みあう栞と小南。
二人の間で協定が結ばれたらしく、まずはと言って栞の視線が私へ向く。
「ねぇ、いつから?」
「それが実は、昨日の話で……」
「何て言って告白されたの?!」
「……ごめん、それはまだ恥ずかしくて言えない……」
昨日の甘く優しい空閑君の声を思い出して、じわじわと身体が火照ってくる。意味がないとは思いつつも手で扇いでいると栞の肩を小南が掴んだ。そろそろ代わりなさい、といって今度はずいと小南が身を乗り出してくる。
「あいつ、手が早そうだけど無事でしょうね」
「ぶ、無事ってそんな」
「まさかもうキスされたの!? ちょっとぶん殴ってくるわ!!」
一方的に叫んだと思ったら、今にも飛び出しそうに立ち上がった小南。まだだから! と叫べばじとりと小南に睨まれる。早とちりは勘弁して欲しい。疑うような視線をたっぷり浴びた上で本当でしょうね、の言葉に頷けば小南は溜息をついた。額に手をあてて天を仰ぐ小南の隣で、満足そうに頷く栞の笑顔。
「まさか和音がほだされるなんて……」
「いーじゃん。良かったねぇ和音」
良かった、のだろうか。わからないけど、嬉しいのは本当。気がかりとして、公私はわきまえるつもりだけど何かあったら言ってほしいと頭を下げる。間髪入れず、だけど緩んだ雰囲気でりょーかいと返されて。
かと思えばにんまりと企み顔を見せる栞と、遠い目をした小南。
「別にいちゃついてくれてもいいけどねぇ」
「そしたらあたしが遊真をぶちのめすけどねぇ」
「……気をつけます」
あまり浮ついた雰囲気にならないようにしなければ。さっきの迅さんのこともあるし、改めて自分を戒める。けれど途端に小南が表情を和らげて口を開いた。
「大丈夫よ。むかつくけどあいつも少しはわきまえるでしょ」
「……う、うん」
「ウチは人数少ないから和音が心配するのもわかるけど、大丈夫」
いつでもぶちのめす準備は出来てるから、と何度目かの握りこぶしを見せる小南。結局そこに落ち着くんだね。まぁでも、その方が安心かもしれない。これで少し肩の荷がおりたと寛いでいると、栞がふと時計を見上げて声をあげる。
「ごめん。今日はもう帰らなきゃ」
報告ごちそうさま、なんて笑顔を見せた栞はテキパキと帰り支度を済ませる。
小南と二人でそれを見送って、前触れなく途切れた会話。その間に再びココアを飲んでいると、小南の鋭い視線が私を射抜く。
「ついでにあたしも言っておきたいことがあるんだけど」
「……え? な、何?」
緊張した面持ちで口を開いた小南。深刻な内容なんだろうか。私が身構えたからか、大袈裟な話じゃ無いわと一蹴されたので改めて腰を落ち着ける。聞く体制になったのを見届けた小南は一度深呼吸をして、それから私を見つめて切り出した。
「和音のブラックトリガーの話聞いた時のこと、覚えてる?」
「それは、もちろん」
「……いい? あたしは気休めで言ったつもりはないからね」
小南は具体的にどの部分を指して言ってるんだろうか。
きやすめ、と問い返せば小南の瞳が鋭く光る。
「和音に何かあれば、あたしがブラックトリガーをぶちのめす」
そう言いきった小南は途端に眼差しを緩めて。
「……だから、安心して戦いなさい」
いつもの強気な小南のまま、だけど優しく響く言葉が胸を打つ。意地っ張りな小南からこんな風に宣言されるとは思ってもいなかった。自然と頬が緩んで、ありがとうと告げれば小南も笑顔に変わる。
「いくら和音のことでも、これは遊真に譲る気はないからね」
「さっすが小南。頼もしい」
「当然でしょ。師匠のあたしを越えようなんて十年早いのよ」
「空閑君、さすがにまだ小南には勝ち越せてないんだ」
当然、と鼻高々に返す小南に思わず笑う。やっぱり負けず嫌いだなぁ。そう思っていると突然固まった小南が呆けた後に、私をじいっと見つめてきた。それにしては言いたくなさそうな雰囲気で、今度は何だろうと首を傾げる。うーんとたっぷり悩んだ末、結局おずおずと口を開く小南。
「……遊真のこと、なんで苗字で呼んでるの?」
「へ?」
「べ、別にあいつの応援するわけじゃないけど! なんかあたしが遊真って呼びにくくなるじゃない!」
さっきの複雑な表情の理由はそれか。だけど今の私にはまだ難しい話だ。別に小南が空閑君のことを名前で呼ぶのは今更だし。かといって小南の言い分もわからなくはない。
「えーと、それはいずれ……どうにかするよ」
「嫌じゃないの?」
「嫌じゃないよ。そもそも今更でしょ」
気にしてくれてありがとう、と笑えば小南は安堵したように頷いた。それでも、やっぱり付き合っているって知られてしまうと気を遣うこともあるよなぁ。小南はその辺さっぱりしてる方だとは思うけど、念には念を入れて言葉を重ねる。
「その、全然ヤキモチ妬かないってのは難しいとは思ってるんだ」
話しながら、つい最近までもやもやとしていた感覚を思い出す。今は空閑君の気持ちも聞けたし、恋人になれたから落ち着いてはいる。だけどこれからもまた、あんな風にやきもきすることが無いとは言いきれない。
「だから、気になることがあったら教えて」
「……今みたいに?」
「うん。小南にそういうので気を遣ってほしくないからさ」
「べ、別にあたしは…」
「空閑君の目標には小南の力だって必要だし、私も足を引っ張りたくないの」
だからお願い。そう重ねれば、小南は何故か驚いたようにぱちぱちと瞬きをする。だけどしばらくして伝わったのか、柔らかく笑ってわかったわと頷いてくれた。
「悔しいけど、ずいぶんと遊真に骨抜きにされてるみたいね」
「……え、そう見える?」
「見えるも何も事実そうなんでしょ。ちょっと妬ける」
まったく、と言うや否や突然立ち上がった小南。トイレかなとその姿を見守ってると小南はマグカップを手にとった。そのまま私の隣に来たと思ったら、どかりとソファーに腰を落とす小南。ぽすりと肩に寄りかかってくるものだから、真似て私も体を小南に預ける。
「……和音も何かあったら言ってよね。遊真に女の扱いを叩きこんでやらなきゃ」
「それはありがたいなぁ。ありがと、小南」
段々と茶化しあいの雰囲気に変わって互いにくすくすと笑いあう。空閑君にはちょっと居心地が悪いかもしれないけれど、何かあったら小南を頼らせてもらおう。
恋人同士の報告をするべきか迷っていたけど、今日は来て良かったな。良い友達を持ったものだと幸せに浸りながら、私はもう最後のココアを呷った。